第103話 東京都千代田区神田神保町の焼き肉重+タルタル層(麺変更300g)

 冬がやってきた。

 だから私は、早めに上京してきたのである。

 年に二度の上京が、生き甲斐であり、癒やしなのだ。


 かくして、乗り物に弱いために新幹線でもそこそこ酔う私は、酔い止めに角ハイボールをチェイサーにカップ酒2杯を呑みつつ上京してきた。


 なんだか、既にとても気持ちいいが、まだまだ旅は始まったばかり。


 ホテルに荷物を預け、奇しくも本日オープンの店舗を目指して神保町を目指す。


「いつ来ても、心地いい街だ」


 様々なジャンルの古書店が並ぶ、本の街。

 紙に愛された至上のめがねっ娘(※アラサー)が居を構える街。

 

 最終巻は、まぁ、十年以内にはきっと読めるだろう。


 そんなことを考えながら、古書センターの対面の道を進み、右に折れる。


 するとすぐに、目的の店のマスコットキャラがワンポイントで描かれた黄色いテントが目に入る。 


「結構並んでるなぁ」


 だが、そんなことは関係ない。

 今日は、私はこの店で昼食を食べると決めているのだ。


 『ゴシックは魔法乙女~さっさと契約しなさい!』をプレイして待とうと思ったが、生憎、新幹線でAPを使い果たしてしまっていた。


 代わりに、持参したゲーム内での幼馴染みとの再会を切っ掛けに、かつて伝説と呼ばれたパーティーが復活していく物語を読み進める。現在五巻だが、前の巻の展開が少々哀しかったので、ここからに期待なのである。やはり、眼鏡を外してはいけない。


 しばらく読みふけっていると、列はどんどん短くなり、ようやく順番が回ってくる。


 L字型のカウンターのこじんまりした店内に入れば、焼き肉の匂いが漂っていた。


 まずは、食券の購入。


 今日はメニューも決めていたので早い。


 『焼き肉重+タルタル層』である。


 重箱に入ったご飯の上にタルタルを敷き詰めて層を創り、その上に焼き肉と薬味の紅生姜、卵黄が乗せられた旨みしか感じられないメニューだ。


 だが、今日はそのままではない。


 L字の角席に着いて、食券を出し。


「麺変更、300gでお願いします」


 とオーダーする。

 そう、この店舗では、ご飯を麺に変更可能なのだ。


 米も麺も炭水化物。

 オブジェクト指向的に考えれば、炭水化物クラスを継承した子クラスなのだ。

 さすれば。


 『焼き肉重+タルタル層』というメニューは、


○炭水化物に焼き肉とタルタル層を乗せた食物


 と定義することが可能である。


 そして、定義中の『炭水化物』には、米のオブジェクトも麺のオブジェクトも代入可能。


 麺変更という文化は、炭水化物クラスが見せる多態性ポリモーフィズムなのだ。


 もしも、ラーメンを食べるために何かを書く企画があったならば、この『焼き肉重+タルタル層』を米の状態で食べたとしても参加資格を有するに違いない。


 今日は、麺変更なので何も迷いはないが、なんだか念を押しておかねばならない気がしたのだ。


 そうして、肉の焼ける匂いに包まれながら待つことしばし。


 注文の品の丼がやってきた。


 麺変更すると、重箱ではなく丼で出てくるのもありがたい。食べやすさ重視ということだろう。


「これはまた、見るからに旨そうだ」


 タレを纏った焼き肉。

 中央に乗った卵黄。

 薬味の紅生姜の赤がいいアクセントだ。

 そして、それらの下には、麺との間で層を成す、タルタルソース。


「いただきます」


 まずは、混ぜずに焼き肉と麺を絡めて喰えば。


「これはこれは……」


 甘辛いタレの味で喰う麺はなんだか新鮮でもあり、馴染みのある味わいでもある。


 炭水化物の互換性が存分に発揮されている。


 更に、タルタルソースを絡めれば。


「こいつは、ヘビーだ」


 ねっとりと麺に絡んで物理的にもヘビーであり、口内に入ってからのまったりとした食感もまた、ヘビーだ。


「さて、では、混ぜればどうなるか?」


 卵黄を含め、卓上のにんにくもマシマシで放り込み、タルタルと肉と麺をぐっちゃぐっちゃとかき混ぜる。

 やはり、物理的に重いが、焼き肉が白く染まるぐらいに全体を混ぜ合わせる。


 そうして徐に一口喰えば。


「ぐっ……こいつは危険だ」


 やつらが会いすりゃ土壇場だった。


 タレとタルタルソースのコンボは肉に重が加わり、ニンニクの刺激まで乗せてくる。なんてパンチを腹に叩き込んで来やがるんだ、こいつは。


 食感的にはカルボナーラだが、肉々しさとニンニクとのコラボレーションで独自の領域に到達している。


 旨い。だが、重い。


 幸い、付け合わせのスープがインターバルにはなるが、それでも、重い。


 この状況をどうしたものか?


 このまま食べきってもよいが、何かありそうなんだ……


 卓上の調味料を眺め、ピンとくるものがあった。


 卵白をメインにした自家製タルタルソース。

 卵黄は別途加わって混ざっている。

 そこに、加えるべきは……


「酢だ!」


 閃きに従い、酢を回し掛けすれば。


「これだ!」


 先ほどまでの重みを酸味が緩和し、心地良い風味が乗ってくる。


 そう。


 マヨネーズだ。


 いや、広義の『マヨネーズ』は油と卵と酢で作ったベースのソースの意味で、そこにあれこれ加えたものが『タルタルソース』である。


 とはいえ、この店のタルタルソースは卵白主体のクリーミーなモノで、酸味も少ない。


 そこに卵白と酢を加えることで、圧倒的なマヨネーズ感が降臨したのだ。


 別にマヨラーというわけではないが、麺にマヨネーズを絡めて旨くないはずがない、程度にはマヨネーズの可能性を信じている。パスタ茹でてマヨネーズを絡める、具材がないときにパンに塗りたくって焼く、マヨネーズ自体が炭水化物に合うことはそういった経験で知っていたのだ。


 勿論、単なるマヨネーズではこの味にはならない。


 重々しく積み重なった味の中に、最後に酢を投入したことで到達した味わいなのだ。


 これだ。

 この味が、今の私が到達できる、このメニューの一番旨い食い方だという確信があった。勿論、味の好みは人それぞれ。あくまで、私の味覚での話ではあるが。


 満たされた気持ちで、気付けば丼の周囲にこびりついたタルタルソースをレンゲでこそいで口へと運んでいた。


 麺も肉も何もかも、とっくに食い切っていたのだ。


 全ては、本能が赴くままに。


 最後に、お茶を一杯飲んで理性を取り戻し。


 綺麗に浚えた丼をはじめとした食器を付け台に乗せ。


「ごちそうさん」


 店を後にする。


「さて、旅の安全祈願に上野公園のめがね之碑を目指さねば」


 腹ごなしも兼ね、神保町から比較的近い、JR水道橋駅へと足を向ける。

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