第102話 大阪市浪速区日本橋の汁なし(野菜マシマシニンニクマシマシフライドオニオンマシマシ)

 冬が近づいていた。

 そう、特別な意味を持つ『冬』だ。


 本日、無事に年内の仕事を終わらせることに成功した私は、夕食を済ませるべく日本橋を歩いていた。


 明日からは『冬』に向けて動き始めることになる。ここはガッツリと食べて力を蓄えておくべきだろう。


 ならば。


「行ってしまうか」

 

 オタロードの半ばを少し折れたところにできた新しい店を目指す。


 幸い、すぐに入れそうなので店頭の食券機の前に立つが。


「なんだか、色々増えているな……」


 開店当初は豚骨醤油のラーメンと汁なしだけだった気がするが、味噌とカレー、更には釜玉、四川風、ネギなどまで追加されている。


「ふむ……」


 しばしメニューとにらめっこ。


「まぁ、まずは基本に忠実に豚骨醤油で。しばらく喰ってないし汁なしにしよう」


 という訳で、オーソドックスな汁なしの食券を買って店内へと足へ踏み入れた。


 厨房と二分する真っ直ぐのカウンターだけの狭い店内の中程の席が空いていたのでそこへ着き、食券を出す。


 トッピングを尋ねられるので、


「背脂はそのままで……野菜は……マシマシ、ニンニクもマシマシ、あと、フライドオニオンもマシマシで」


 とオーダーを通す。少々の迷いはあったが、結局背脂以外マシマシだ。


 そうして、『ゴシックは魔法乙女~さっさと契約しなさい!~』のおでかけを仕込んで試合を済ませていると、ほどなく注文のブツがやってきた。


 褐色のフライドオニオンに彩られた山盛りのモヤシに大ぶりのチャーシューが二枚。麓のニンニクの白がいいアクセントになっている。


 いかにも、体によさそうな見た目ではないか。


「いただきます」


 割り箸とレンゲを手に、丼へと向かうが。


「こいつは、手強いな……」


 不用意に触れると雪崩を起こしそうなバランス。

 

 レンゲを隅に差し込んで崩れないように支えながら、箸で慎重に野菜の奥から麺を引き出す地道な作業を続ける。


 中々、口に運べないが、ここで焦って零してしまっては元も子もない。


 急いてはことを仕損じる。


 腹の虫の抗議の声を無視し、一つ一つ、手順を積み重ね。


 フライドオニオンとニンニクを全体に馴染ませながら、少しずつ野菜を底へ押し込み、麺を底から引っ張り上げ。


 ようやく、半分ほどをひっくり返したところで、タレに馴染んだ野菜を箸で掴む。


 そう、先に喰ってしまってはタレの味のない状態になるため、どうしても食べ始めるにはある程度混ぜねばならないのだ。そこが汁なしの難しいところである。


「おお、思ったより濃くない」


 ガツンとくるかと思った醤油辛さはなく、じんわりと豚骨醤油の風味が染みだしてくる。所々香ばしさを感じるのは、フライドオニオンか。


 次に、麺へ。


「ふむ、なんだか優しい味だな」


 こういう系統にしては、という枕がいるのはともかくとして。


 そうして、ある程度減らしたところで、


「ここからが、本番だ」


 汁なしは、つまりはまぜそばだ。


 しっかり混ぜて全体に馴染ませねばならない。


 グルグルとニケニケとククリククリと混ぜ合わせる。


「これぐらいで、いいだろう」


 麺と野菜が渾然一体となったものを箸で掴んで口へと運ぶ。


「嗚呼、生き返る……」


 ようやく、本格的に食べるターンがやってきて腹の虫が歓喜の声を上げる。


 ここからは、思うままに喰えるのだ。


 バクバクと喰えば、唐突に豚の旨みにぶち当たる。崩れたチャーシューが絡んできたのだ。グチャグチャだからこその味の邂逅が楽しい。


 だが。


「いかん……薄まっているな」


 野菜を時間を掛けて混ぜたせいで、食べている間に水分が出てきたのだろう。


 とはいえ、そこは店も考えている。


「これがあるから、大丈夫だ」


 席に備え付けのかえしの容器を手に取り、ドバドバと回し掛け、混ぜる。


「よし、復活!」


 再度、醤油のパワーを取り戻した麺と野菜と豚の渾然一体となった物体を胃の腑へぶち込む作業へと戻る。


 しかし、


「また、薄まったか……」


 どうにも、いたちごっこだ。


「いや、ここまで来たら色々入れよう」


 醤油を少々、一味をドバッと、そして、


「なんだろう、これ?」


 よく解らない容器の中身をパラパラと。


 とにかく混ぜ合わせて食べてみれば、


「あ、カレー粉か……これはいいぞ」


 醤油のパンチが薄れたところに唐辛子で辛味ブーストされたカレー風味が再び腹の虫の闘志を甦らせる。


 箸の動きが加速する。


 ニンニクとフライドオニオンを纏った麺野菜豚を味わい食道へと送り込み胃がそれらを受け止めていく。


 体も心も満たされていく。


 心地いい食の時間を満喫していると。


「ありゃりゃ、終わってしまったか」


 丼の中にはタレが僅かに残るのみ。


 名残を惜しむようにレンゲで啜り。


 啜り。


 そろそろ終わろうとかと思いつつ。


 また、啜り。


 流石に完飲は止めておこうと、水を一杯飲んで強制リセット。


 食器を付け台の上に戻し。


「ごちそうさん」


 店を後にする。


「さて、帰ったら荷造りして明日の旅立ちに備えねばな」


 駅へと向かうべく、オタロードを北上する。

 

 



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