第101話 大阪市浪速区日本橋の横浜家系豚骨醤油らーめん

「遂に、手に入れた……」


 昨年、あと一歩でポイント期限を迎えて届かなかった某映画館のフリーパス。

 それが、今年はギリギリで手に入ったのである。


 これから一ヶ月間映画見放題という特権を手にしてほくほくしながら、難波の街をを歩く。


 フリーパスの手続き時にチケットを確保をした中華でインドな映画の上映時間まではまだ間がある。この隙に昼飯を済ませてしまおうという算段だ。


 だが、昼時に被ってしまいどこもかしこも並んでいる。


 千日前から道具屋筋を抜け、オタロードへ。


 ごく自然に歩みを進めても、めぼしい店には列ができていた。流石に、並んでいては映画に間に合わないかもしれない。


 リスクを回避すべくオタロードの外れまで歩いたところで。


「お、ちょうど空いたところか……」


 客の入れ替わりのタイミングにはまったようで、すぐに入れそうな店があった。  比較的最近オープンして、気になっていた店でもある。


「ならば、行くしかあるまい」


 どのみち、迷っている時間はないのである。


 サクッと入り、食券機の前に立つが。


「中々面白いバリエーションだな」


 大きな選択肢としては、横浜家系、濃厚つけ麺、まぜそば、鶏白湯の四種類。


 あれこれ吟味したいところではあるがその余裕もない。ここはオーソドックスに。


「家系でいこう」


 という訳で、豚骨醤油らーめんの食券を確保し、空いていたテーブル席へと。


 食券を出せば、


「ライス無料ですがどうしますか?」

 

 と問われる。


「ください」


 即答だった。


 家系ラーメンにはライス。基本だろう。

 私は基本を大切にする人間なのである。


「さて、後は待つばかり」


 『ゴシックは魔法乙女~さっさと契約しなさい!~』を起動して、おでかけと試合をこなす。尚、現在開催中の『デススマイルズ』コラボステージはクリア出来る気がしないレベルで難しくてとても楽しいのだが、待ち時間では集中できないので控えておく。


 そうして、ほどなく注文の品がやってくる。


「基本に忠実だなぁ」


 褐色のスープに、太麺。具材は周囲に焦げ目のついた大ぶりのチャーシューに、ほうれん草、そして、丼の縁にそって並べられた三枚の海苔。


 家系、であるな。


 茶碗のご飯との組み合わせもいい感じだ。


「いただきます」


 レンゲを手に、まずはスープを一口。


「お、飲みやすい」


 家系だと塩分が強めでガツンとしょっからさを感じるタイプが多いが、ここは比較的まろやかだ。そういえば、家系でよくある味のカスタマイズがなかったが、家系だけを売りにしている訳ではないようなので、食べやすい味をデフォルトにしているのだろう。元々醤油辛い出汁に馴染みのない、関西向けの味ともいえるかもしれない。


 チャーシューも、炙りなのか豚の旨みに香ばしさも感られていい感じだ。


「ここで、ご飯」


 合わないわけがない。


 幾らでも入りそうだが、麺も食べないと。


 麺を喰らい、その味が残る口内に追い飯。


「麺で米を食う背徳感、いい」


 だが、このまま最後まで行っては芸がない。


 席には幾つも薬味があるのだ。


 少しずつ試して行こう。


「まずはにんにくだ」


 おろしにんにくを、容器備え付けのスプーンでひと掬い麺に加えれば。


「元気になれそうな味だ……」


 豚骨醤油にニンニクは、そこにあって当然とも言える相性を示す。心も体も満たされていく。旨い。


「次に、唐辛子だ」


 辛味噌を置いている店は幾つかあったが、この店は轢き唐辛子なのだ。


「まぁ、これぐらいは大丈夫だろう」


 備え付けの小さじに山盛りの唐辛子を振りかけて混ぜれば。


「おお、余計な味がなくて唐辛子の風味だけプラス……むしろこっちの方が好きだな」


 辛味噌はそれ自体の味が強く、どうしても『辛味噌味』に鳴ってしまうが、純粋に唐辛子だけだと元の豚骨醤油にカプサイシンプラス。これは、いいぞ。


 そんな風に薬味でブーストを掛けていると、


「あ、ご飯が、ない……」


 無料サービスのご飯が尽きていた。一応、一杯だけはおかわりできるようだが。


「駄目だ。ここで食い過ぎて万が一にでも映画中に腹の調子が悪くなってはいけない」


 映画中にトイレに行くミスを数度繰り返し、『映画中には飲み食いしない』というスタンスを取っている私には、映画前の食事から映画鑑賞は始まっているのである。


 万全の態勢で映画に向き合うためならば、おかわりぐらい、我慢しようではないか。


「と、そうなると、後は僅かな麺とスープだけだが……」


 最後に残った薬味。


 流石にこれを最初に入れると味が変わりすぎるので避けていたが、ここからなら大丈夫だろう。


「よし、入れよう」


 最後の薬味は、『魚粉』。それをスプーン一杯入れて混ぜれば。


「ああ、完全に豚骨魚介になった……」


 予想通りの味になる。なんというか、つけ麺で定番の味に近い。


「これはこれで旨いが、やはり、元の味も楽しみたいからな」


 このタイミングまで入れなくて正解だろう。


 最後の最後に大幅な味変を経て。


 麺を食い尽くし、スープも飲み干し。


 水を一杯飲んで口内を清め。


「ごちそうさま」


 店を後にする。


「お、今から劇場に向かえば、ちょうど良さそうだな」


 映画館へ向かうべく、オタロードを北上する。

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