第99話 大阪市中央区日本橋のラーメン(並ヤサイマシマシニンニクマシマシカラメ魚粉)

 忙しかった十一月が終わり、忙しい十二月が始まった。


 週末を有効活用すべく、朝の内に買い物を済ませるべく、私は日本橋のオタロードを訪れていた。


 日本橋のメロンブックスで新刊を購入し、アニメ化決定を機に集めようとしていた作品の続きをソフマップで購入し、目的を果たし駅へと向かう道中。


 清々しい冬晴れの空の下で、ふと吹いた風に震えを覚える。


 気がつけば、すっかり冬めいていた。

 かような時期。

 油断すれば風邪を引いてしまいかねない。

 それは、いけない。

 この時期に風邪でダウンなど、なんとしても避けねばならない。


 昼時が近づき空腹を覚え始めている時間帯。

 ならば、風邪の予防に最適な食事を済ませてから帰るのが合理的であろう。


 理論武装は完璧。


 丁度目の前に、こういうときに最適な店があるではないか。

 しかも、開店まであと数分。先客は一人だけ。


 タイミングも完璧だ。

 私がこの店で昼食を済ませることを妨げる障壁は何もない。


 並ぼう。


 年末の予行演習にもならない列へと入り、『ゴシックは魔法乙女~さっさと契約しなさい!~』を起動する。


 そういえば今日は土曜日だ。スコアタの日でもある。闇属性有利なので、先日入手した海賊ロザリーを育てがてら挑むことにする。


 眼帯をしているのだが、眼帯っ娘をめがねっ娘的にどう扱うかは哲学的な問題へと発展するだろう。視力矯正という観点では性質を異にするが、『目を飾る』という点においては性質を同にすると言えよう。

 

 そんなことに思いを馳せていたのが悪かったのかスコアが振るわないまま二度ほど出撃したところで開店し、店へと入り券売機前に立つ。


「ここは、デフォでいこう」


 つけ麺やまぜそばも魅力的なのだが、今日は基本に忠実に行きたい気分だったのだ。


 右へ折れた狭いL字のカウンターの細い店内を進み、二番手ゆえに奥から二番目の席へと着く。


「ニンニク入れますか?」

「ニンニクはマシマシで。あと、ヤサイマシマシ、魚粉カラメで」


 早々に食券回収に来た店員へとオーダーを済ませ、再びゴ魔乙の世界へと。


 スコアタは入店前に挑んだので、今度はイベントへ。今は、風属性。風のイベントを乗り切って風邪を予防するための食事を待つ。


 三度の出撃を終えたところで、待ちわびた丼がやってくる。


「いつみても身体によさそうな食事だ」


 丼の上に乗ったたっぷりのヤサイ。

 麓に鎮座するボリューミーな肉塊と、降り積もる雪のような刻みニンニク。


 ここには、風邪に抵抗するための要素が、全て揃っているといっても過言では無い。


「いただきます」


 箸とレンゲを手に、まずは野菜を食す。


 今はまだスープに到達できていないが、魚粉の風味で十分に旨みがある。


 まずは麓の一角を突き崩し、スープへの導線を確保。


 そこからは、スープに浸せば、ガツンとくる豚と醤油のコラボレーション。


 これだ、これなのだ。


 身体に悪そうなのに、翻って心が満たされる、なんともいえないジャンク感。


 病は気から。


 心にも作用することで、風邪の予防としての有用性は更に増す。

 我が理論に隙はないのだ。


 ここまでくれば、いよいよ麺と対面だ。


 麓の一角に固まったニンニクを周囲に配分するように散らした後、スープへ沈め。

 豚を巻き込むように野菜をスープへと浸し。

 その反動でスープの底から麺を引っ張り出す。


 しっかりスープと絡んで茶褐色に色づいた極太麺。

 不揃いで、見るからに整っていないのが、また食欲をそそる。

 豪快に箸で掴んで口へ運べば。


「やはり、ここの麺は最高だ」


 バキバキで食べ応えのある麺は、麦の風味を強烈に残しつつスープの味も絡んで完成された味を口内に拡げてくる。


 抗えるはずがない。


 一口。二口。十口。


 モリモリと、食べる。


 あっという間に、半分ほどに減ってしまうが、ここで更なる楽しみを生み出さねばなるまい。


 今日の席は、窮屈だが調味料の目の前。絶好の味変ポイントだ。


「両方行ってしまおう」


 粗挽き黒コショウをバッサバッサと振りまき。

 一味唐辛子をこれでもかと振りかける。


 赤と黒のまだら模様になった表面を、混ぜずに一口大きく頬張れば。


「スパイシー……」


 ジャンク感が増して脳内にガンガン多幸感が広がっていく。

 健康だ。どんどん健康になっていく。心が。


 とはいえ、混ぜずに密度の高いコショウと唐辛子では刺激が強すぎる。


 過ぎたるは猶及ばざるが如し。


 素直に混ぜよう。


「あ、でも混ぜるなら追加してもいいな」


 再びバッサバッサシャカシャカと胡椒を一味を振りまいて。


 豚と醤油とにんにくとキャベツともやしと麦に刺激プラスした健康食品を貪り喰う。


 一口一口、風邪が遠ざかっていくのを実感できる、とても幸せな食の体験である。


 だが、幸せは長く続かないのはいつものこと。


「もう、終わり、か……」


 香辛料とニンニクの粉末でざらつくスープだけが、丼には残っていた。


 仕方ない。


 最後に水を一杯。


 の前に、レンゲで一杯。

 二杯。


 三杯。


 スープを味わって、名残を十分に堪能した後。


 改めてコップの水を一息に飲み干して、


「ごちそうさん」


 丼とコップを付け台の上に戻し、店を後にする。


「さて、帰るか」


 今日は午後からも用事がある。


 健康になったに違いないこの身体で頑張ろう。

 


 

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