第98話 大阪市浪速区日本橋の豚骨醤油(野菜マシマシニンニクマシマシ)

 ここしばらくはやるべきことに追い立てられてのんびり映画を観れなかったものの、それも昨日で終わった。

 そうして迎えた映画の日である。

 仕事帰りに映画を観に行かずにどうするというのか?

 そんな訳で、難波の劇場でずっと気になっていたホラー映画を観ることにした。


 消えないバグ。

 起動しないサービス。

 通らないビルド。

 止まらない顧客からの仕様変更要求。

 飛び交う怒号。 

 現れる幻覚。

 一人、また一人と消えていくプログラマ。

 だが、時は無情に過ぎ。

 遂に、”それ”がやって来る……


 ~IT ”それ納期”を越えたら終わり~


 これは怖い……が、違う、そのITじゃない。


 どうにもおかしな方向に脳みそが回っているな。


 という訳で、スティーブン・キングの名作『IT』のリメイク『IT/イット “それ”が見えたら終わり』を観てきたのである。


 一人、また一人と消えて行く子供たち。

 街を襲い続ける“IT《それ》”へと立ち向かう子供達の冒険譚。


 原作はその内読もうと思って二十年以上経っているが、この機会に読んでみるのもいいかもしれない。


 そんなことを考えながら劇場を出たのだが。


「腹が、減ったな」


 仕事が微妙に長引いて映画前に食事を済ませられなかったのだ。

 長丁場の映画だっただけに、腹の虫のウォーミングアップは万端。

 今なら、ガッツリいける。


「なら、最近オープンした店へ行ってみるか」


 進路を南へ向け、南海の線路に差し掛かったあたりで左折。

 オタロードにぶつかったところで南へ向かい、少し先へ。

 そうして、左手に少し入ったところにその店はあった。

 なぜか中原中也の詩が頭に浮かぶ勢いのある店名が書かれた看板が目立っている。

 

「お、まだやってるな」


 遅めの時間だったので少々不安だったが、まだ大丈夫なようだ。

 ラストオーダーも近い時間なので、空いていてすぐ入れそうだ。


 まずは、店の前の券売機で食券購入だ。


「メニューは、豚骨醤油ラーメンと醤油まぜそば、か」


 ここは、オーソドックスにラーメンだな。 

 

 では、入ろう。


 まっすぐのカウンターだけの小さな店舗の最奥の席に着き、食券を出す。


 トッピングを聞かれるが、ここはどうしたものか?


 腹の虫の要求に従ってガッツリいくべき?

 地球の好感度対策で少し控えめにするべきか?


 すると、「欲しいものは欲しいと云え」と天の声が聞こえてきた。そうだな、地球の重力ナンボのもんじゃい。


「野菜マシマシニンニクマシマシで」


 うむ、マシマシだ。

 腹の虫の喝采が聞こえてくる。


 さぁ、後は待つばかり。

 『ゴシックは魔法乙女~さっさと契約しなさい!~』を起動しておでかけを仕込み、進行中のハードな本編イベント『血戒の楔 第三章』に出撃する。闇、光、ときて今回は風。ルチカとスフレのターンである。前回が前回だけに、大変なことが起きそうだとハラハラしつつ、何より次は恐らく水でリリーとカトレアのターンだろうというのを感じてドキドキする。なんだかんだ、ストーリーもガッツリ楽しんでいるのである。


 そうして、一回出撃を終えたあたりで仕上がりの気配。


 注文の品が現れた。


「おお、これは写真に偽りないな」


 大盛りの野菜の側面に這うように二枚の厚切りチャーシューが立て掛けられた見た目。ノーマルにしたのでそこそこの量が乗っている脂。裾野に広がるマシマシの刻みニンニク。


 そして、溢れんばかりのスープ。


「しまった……」


 付け台から下ろす際に、少し零してしまった。ギリギリ服に掛からなかったのでセーフであるが、本当に危なかった。


 とはいえ、それはギリギリまでのしっかり盛りの証拠。

 望むところである。


 備え付けの割り箸とレンゲを手に取り。


「いただきます」


 いざ、尋常に勝負。


「って、久々にやばいな、これ」


 わずかでも失敗するとガラガラと崩れてしまいそうな野菜の山。

 焦ってはいけない。


 一口ずつ、シャキシャキしたもやしを箸で口へと運ぶ。

 そこにレンゲで表面張力ギリギリのスープを掬って味わうと。


「なるほど、こういう系統のスープか」


 見た目の割には角の無いやさしめの味だった。以前、オタロードの先にあった店のスープに近い味か。もやしと合わせてもいい感じだ。


 だが、味はいい感じでもそれを味わうのが中々手強い。

 これは、しばらく麺に辿り着けないぞ。

 なんだか懐かしい感覚だな。

 マシマシの食し方など慣れたつもりだったが、慢心はいけないということか。


 慎重に、慎重に。


 野菜の山を崩して、どうにかスープの見える場所を増やし。


「そろそろ、行けるな」


 スープの底から麺を引っ張り出し、野菜と、未だ手つかずのチャーシューをスープへと沈める。


「ようし、ここからが本番だ」


 麺は、食べ応えはあるがゴツゴツしておらずツルッとして食べやすい。スープもしっかりと孕んでガツガツいけるな。


 ニンニクもガッツリ混ざり刺激的になって更に箸の動きを加速させてくれる。


「ここで、肉だ」


 スープに沈めておいたチャーシューへかじりつけば。


「意外にチャーシューだ……」


 同語反復トートロジーチックだが、この手の店だと『チャーシュー』と云うよりガッツリ味の付いた煮豚の肉塊の場合が多いので、『厚切りチャーシュー』という感覚が一周回って新鮮なのである。これは、いいぞ。


 肉で変化を付けたところで、麺と野菜へと戻る。


 ここで、優しいスープの弱点が露呈する。


「野菜の水分で薄まったか……」


 浸透圧だ。野菜の水分は塩分濃度の高いスープへと向かって抜けて行くのが道理。

 時間と共にスープが薄まるのは必然。

 だが、まだ焦る時じゃない。


「ちゃんとラーメン醤油あるじゃないか!」


 これはありがたい。


 迷わず、丼の上から回し掛けて混ぜれば。


「うむ、復活」


 醤油の風味が戻って、いい塩梅だ。


「ついでに、これも云ってしまうか」


 隣にあったゴマも行ってみる。


「これは少し新鮮だが、合うな」


 香ばしさが、中々面白い。


「となると、これもいかねば」


 赤い粉を適度に振りかける。


「カプサイシンプラスで燃焼促進だ」


 辛味も加わって、楽しくなってきた。


 腹の虫が騒ぐに任せ箸とレンゲを駆使して肉野菜麺野菜野菜麺と腹にぶち込んでいくと。


「もう、終わりか」


 丼の中身は、腹の中へとイリュージョン。

 スープが残る飲みとなっていた。


 とはいえ、満足感はある。


 最後に水、の前にレンゲでスープをしばし啜って名残を惜しみ。


 コップ一杯の水でフィニッシュ。


「ごちそうさん」


 店を後にする。


「さて、帰るか」


 駅へ向かい、北上する。

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