第96話 大阪市中央区日本橋のカレーラーメン(並ヤサイマシマシニンニクマシマシカラメ)

 今日の私の身体は、カレーを求めていた。


 一口に『カレー』といっても、色んな食べ方がある。


 基本のライスやナン。手軽なカレーパン。更には、麺類と合わせてうどん、そば、ラーメン、パスタなんでもござれだ。


 炭水化物と幅広いお付き合いをしている料理、それが、カレーなのである。


 ゆえに、朝は仕事の帰り道にずっと気になるカレー屋があったので、そこへ行こうと考えていた。


 だが、仕事の疲れが加わった帰りには、別の欲望がわき上がっていた。


 野菜をしっかり食べたい。


 週末だし、疲れを癒やすために、ニンニクもガッツリいきたい。


 その上に、カレーか。


 つまり、マシマシできるカレー。


 こいつは難題……と思うまでもなく、謎は全て解けた。


「もう、あそこしかないな」


 かくして、難波の地に降り立ち、日本橋オタロード方面へ向かった、その手前。


 目的の店へとやってきた。


 開店間際に数人並んでいるが、これならすぐに入れるだろう。


 列に入り、『ゴシックは魔法乙女~さっさと契約しなさい!~』を起動する……が、残念ながらメンテ中だった。今日から『干物妹うまるちゃんR』とのコラボだから、その準備なのである。


 メンテ明けも、それなりの容量のダウンロードが入るだろうから、家の固定回線でやるのが吉だろう。


 いいだろう、リリーは帰ってから存分に愛でることにしよう。


 などと考えている間に、店が開き店内へと。


「これだ」


 迷わず、つけ麺の食券を買う。


 間違えたのではない。


 この店では、つけ麺の食券は、魚介豚骨つけ麺、カレーつけ麺、カレーラーメン共用なのである。


 L時カウンターの内側の角席に着き、食券を出す。


「カレーラーメン。麺量は並で。ニンニクマシマシ、ヤサイマシマシ、カラメで」


 淀みなく店員へ注文を済ませれば、後は待つばかり。


 ゴ魔乙はできないので、読みかけの本を読むことにする。


 本来評価される能力が欠落しているが、別の能力が超一流という、少し前に流行ったムーブメントに載ったライトノベルの一つ。テレビアニメ化もされた人気作である。


 現在はスケールが大きくなり、国家間の戦争にまで発展していく流れだが、果たしてどうなるのか……


 と、読みふけっていれば、すぐに注文の品がやってきた。


 丼表面を覆うようにこんもり盛られた野菜。頂上には、カラメとしてのカレー粉。裾野に並ぶ豚と、豪快に一角を占有する刻みニンニク。


 見た目にも食欲をそそるが、何より、香り、だ。


「カレー、だ」


 丼から漂う渇望していた香りが、腹の虫を酔わせる。


「いただきます」


 箸とレンゲを手に取りつつも、迷わずレンゲを野菜の裾野にツッコミ、強引にスープを一掬い。


 そのまま、口へと運べば。


「ああ、これだ、求めていたものは、これなんだ……」


 豚の出汁をしっかりと孕んだ、スパイシーでありつつ庶民的な味わいのカレー。


 ジャンクフード的な意味でこの上ない完成度のカレースープの味わいが口内に広がる。


 来てよかった。


 カレーライスではなくこちらを選んだのは、正しかったのだ。

 

「この味わい、全てに行き渡らせねば」


 野菜をスープに浸して少し消費し、ある程度のスペースができたところで麺を引っ張り出し、野菜と肉を沈めていく。


 そのまま、軽く混ぜ合わせる。


 カレースープと、ニンニクが全体へと行き渡るように。


「そろそろ、だな」


 野菜と麺が絡み合った状態の部分を引っ張り上げ、いただく。


「旨い」


 余計な装飾は不要だ。ただただ脳が感じる幸せを、端的に言葉にするだけでいい。


「脂」


 肉を行こうとすると、一つは脂身だった。


 普段は喰わないように気を付けているが、今は気にしないカレー時間。


 ぷるぷるとした食感を楽しみつつ、カレースープと合わせて口内で咀嚼すれば、自然と口元が緩むのを抑えきれない。


 そのまま、気の向くままに麺野菜豚スープを胃の腑へ落として幸せを持続させる。


「さて、もう少し、刺激を足すか」


 半分以上がなくなったところで、備え付けのコショウと一味唐辛子を、豪快にぶっかける。何、カレーはスパイス料理だ。ひと味ふた味足したところで、手を取り合える鷹揚さを持っているのだ。


「正解だ」


 口内に馴染んだ味に、パンチが加わり、またまた食欲が加速する。


 箸とレンゲが止まらない。


 止まらない。


 止まらな……


「もう、ない」


 既に麺も具材もつき、ニンニクやスパイスの欠片が沈むスープが残るのみだった。


「まだ、いける」


 レンゲで一口、二口、未練がましく味わい。


「もう、一口、だけ」


 決別の一口を最後にゆっくりと飲み込み。


 箸とレンゲを置く。


 コップに水を注ぐ。


 一気に飲み干して気持ちを切り替え、


「ごちそうさん」


 店を後にした。


「さて、腹ごなしに少しオタロードを歩いてから帰るか」


 南へと、進路を取る。

 



 

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