第95話 大阪市北区梅田のサバ醤油そば+半やきめし
鯖は、身体にいい。
良質なビタミン、ミネラル、タンパク質。
生活習慣病の予防に効果的なDHAにEPA。
感情的なものではなく、科学に裏付けられた身体にいい食材なのだ。
それだけではない。
『鯖』という字。
この字を眺めているだけで、なんだか神々しささえ感じてしまうだろう?
やはり、日本の眼鏡フレームの九割を精算する聖地『鯖江』の一文字であるから、溢れ出す聖性を隠し切れないのである。
『鯖』。
美しき字面にして甘美な響きであることよ。
宗教的に考えれば、
鯖江田島。
フレームの産地とレンズ発祥之地。
この神聖さ、
そんな訳で本日は、ずっと観るタイミングを逸していた『鯖』が関わる映画を観るべく、仕事を速攻で片付け梅田へと出てきていた。
食事時間も考慮に入れた、早めの行動である。
腹拵えに向かう先は、決まっている。
鯖の出汁を売りにした麺を出す店だ。
奇しくも昨日、劇場付近の飯屋を検索していて昨日オープンしたばかりの鯖に関わる店を見付けてしまったのだ。
これはもう、抗えぬ
かくして私は、劇場からほど近い駅前第二ビルの地下二階を訪れていた。
「店の場所は……住所に駅前ビルB2Fとしかないが多分、外周沿いだろう。
当たり付けて、西側の外周を南へ、南の外周を東へ歩いていると、
「お、あった。ここだな」
燦然と『鯖』の文字が掲げられた看板が目に入った。実に、解り易い。
カウンターだけのこじんまりとした店である。客も結構入っている。
まずは店頭の券売機で食券を確保だが。
「オープニングセールで、セットメニューが全品500円、だと……」
なんたる福音。これは、セットを行くしかない。
麺とごはんもののセットが数種。麺は、鯖醤油そばと中華そばがあるが、これは、鯖一択。
セットの方は、是非喰いたいと思って痛鯖寿司が売り切れだった。
他には天津飯と玉子かけご飯のセットがあるが、哀しいかな、諸事情により玉子は控えるべき食材。
だが、大丈夫だ。
残る一つ。それは、定番のセット。
「鯖醤油そば+半やきめしのセット。これしかないな」
千円札を投入して食券とワンコインのお釣りを手に、店内へと。
混み合っているが、ちょうど入ってすぐの席が空く。
「お好きな空いている席へどうぞ」
と声が掛かったので、入り口付近の席へと陣取ることにする。
カスタマイズがあるわけでなし。
食券を出すだけでオーダーが終わったので、『ゴシックは魔法乙女~さっさと契約しなさい!~』を起動する。
今は、アクティブポイントを集めるタイプのイベントだが、裏で走っていた BOX ガチャのリリーは手に入れたので、のんびりしたものだ。
せっかくなので、 35,000 の☆5トレリアが1枚ゲット出来れば御の字か、ぐらいのゆるやかなペースで進める。
一度出撃し、二回目は厳しそうなのでおでかけを仕込んだところで、タイミングよく、やきめしが出てきて、すぐに鯖醤油そばもやってきた。
「こいつは、上手そうだ」
鯖醤油そばは、濃いめの褐色清湯。具材は刻みネギ、メンマ、チャーシューと定番の上に、カイワレ大根のワンポイントがいいアクセントになっている。
やきめしの方は、チャーハンではなくやきめしを名乗るだけあり、見た目からしっとり系。というか、全体的に褐色をしているのは、醤油、だろうか?
腹の虫が一声、泣く。
御託はいいからさっさと喰わせろ、ということだ。
割り箸とレンゲを手に取り、
「いただきます」
まずはそばへと向かう。
褐色のスープを掬って一口味わえば。
「この強烈で深い魚介の風味……これが、サバ出汁か」
以前、鯖節のつけ麺を食べたことがある。この出汁にも、観れば恐らく鯖節と思われる魚粉が散らされている。
健康的な旨みの塊が醤油でしっかりまとめられた、ガツンとくる味わい深いスープである。
「この中太麺もいい感じにスープに絡む」
麺を啜れば、実に幸せな気持ちになれる。
ネギとメンマも、食感の変化に寄与し、カイワレの軽い辛味がピリリとくるのが、定番の具材に対するよい差別化になっている。
チャーシューも柔らかく、しっとりとスープを孕んで豚と鯖のハーモニーが口内で奏でられる。
これは、大当たりだ。やはり、『鯖』の聖性に導かれて間違いはなかったのだ。
それもこれも、眼鏡の導きに違いあるまい。
「さて、ここで『やきめし』だ」
レンゲで一口。
「こいつは……中々に濃いな」
麺と合わせるとかいうものではなく、独立した濃い味わいだ。
具材は、定番の刻みチャーシュー、ネギ、玉子であろうか? コレステロールが気になるが、何、サバのDHAがどうにかしてくれるに違いあるまい。
メインの米には、恐らく麺と同様の醤油だれがしっかりと染みこんでしっとりしている。だからこそ「チャーハン」でなく「やきめし」とする当たり、解っているではないか。
麺と喰うと少々喧嘩しそうではあるが、単品として、とても旨いやきめしだ。
「と、麺もそろそろ半分を超えたな……」
元の味は、存分に楽しんだ、ということ。
ここからは、先へと向かうべき時だ。
卓上の、ずっと気になっていたものに目を向ける。
プラスチックの容器に収められた、ニラキムチと、刻みニンニクである。
「果たして、この魚介風味と溶け合うのだろうか?」
入れてしまうと、ニラの味ばかり、ニンニクの味ばかり、になっては味変の大失敗としかいいようがない。それはもう、サバ醤油そばではなくニラニンニクそばでしかない。
だが、こうして準備されている、ということは店が『合う』と宣言しているとも言える。
なら。
「少しだけ、行ってみよう」
備え付けのスプーンで、まずはニラキムチを半匙ほど投入し、一口味わえば。
「……鯖、負けていないじゃないか」
ニラの風味をしっかりと鯖醤油が受け止め、更に深みを増す。唐辛子がまた、気持ちいい味わいとなっている。
「これなら、もう少し、いけるな」
ニラをもう一匙足し、更なる進化を遂げた鯖醤油そばを堪能する。
時折、やきめしを口に運んで互いの味を楽しんでいれば、あっという間にやきめしは姿を消し、麺も残り四分の一を切っていた。
「ここまで、くれば、もう悔いはない」
ニラ以上に味を変えてしまう、刻みニンニクの容器を手に取り、一匙、投入する。
「ぐぅ……これは素晴らしい。ニンニク、最高」
ニラだけでなくニンニクの風味までどっしり受け止める鯖醤油の懐の深さに感銘を受けながら、残った麺をあっという間に食い切ってしまう。
丼の中には、鯖と醤油とニラキムチとニンニクの混合物(旨い)が残っている。
「いや、まだだ。まだ終わらんよ」
レンゲを手に、せっせとスープを口へと運び、幸せな味で口内を満たし続ける。
「ええい、まどろっこしい」
レンゲを手放し、丼を両手でホールドし。
持ち上げ。
ぐびぐびと、行く。
最高の多幸感に脳内を痺れさせながら、最後の一滴まで飲み干す。
「ふぅ」
席に備え付けのティッシュで口回りを拭き。
水を一杯飲んで口内を清め。
「ごちそうさん」
店を後にする。
鯖を堪能して愉悦に浸ったところだが、今宵はまだ違った形で鯖を楽しむ時間が残っている。
かくして。
七匹の鯖の節を削る……もとい、七騎のサーヴァントが鎬を削る物語を観に、駅前第四ビル経由で劇場へと向かう。
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