第91話 大阪市中央区日本橋のラーメン(並ヤサイマシマシニンニクマシマシカラメ魚粉)
季節の変わり目というやつか。
冷房をかければ寒く、かけなければ暑い。
ここ数日絶妙な気温を演出する寝室のお陰か、睡眠時間は確保しているのに眠りが浅いのだろう、どうにも疲れが取れた気がしない。
このままでは、風邪を引いてしまうかもしれない。
なら、先手を打つべし。
「マシマシだ」
かくして、本日は仕事帰りに日本橋のオタロードにほど近い、いつもの店にやってきていた。
「ふむ、二番乗りか」
退社して速攻で来た甲斐があった。
開店準備が長引いて未だ準備中の店頭に並ぶ人影は一つだけだったのだ。
『ゴシックは魔法乙女~さっさと契約しなさい!~』を起動しておでかけを仕込むくらいの時間が過ぎれば、準備中の札が外れ、店内へと案内される。
「こういうときは、基本に忠実に」
食券機で迷わず『ラーメン』を確保して、奥のカウンター席へと着く。
一番乗りの客に続いて、すぐにやってきた店員に、
「麺は並で。ニンニクマシマシ。ヤサイもマシマシで。あと、魚粉、カラメも」
とサクッと注文を伝える。基本に忠実に、いつもは減らす麺も今日は並にしたが、何、体調を整えるためには栄養が必要だから、仕方ない。
後は待つばかりとなったので、本日発売のチャンピオンを読む。『あつまれ!ふしぎ研究部』の高浜さんはとてもよいと思うのだ。少しでも姿が観れてよかった。
眼鏡分を少し得たところで、ゴ魔乙のイベントステージを death で一周する頃。
注文の品がやってきた。
「ふむふむ、なるほど」
並用の小ぶりの黒い丼に、こんもりと盛られた野菜。
並だからだろうが、正直、少々物足りなくもあった。
だが、その頂上に無造作にガチャ玉ぐらいのサイズで盛られた刻みニンニクのインパクトで、帳消しだ。こちらは、いつになく豪快だ。
いい。
これこそが求めていたモノ。風邪の予防の最適解だ。
更には、野菜の麓にはゴロゴロとした肉塊も入っている。
どうしてどうして、ボリュームは充分。
「いただきます」
箸とレンゲを手にし、丼へと向かう。
まずは素の味に触れるべくスープを一口啜る。
ガツンとくる醤油に、豚を中心としつつケミカルに整えられた強烈な旨み。
すっかり安定した味わいだ。
野菜とスープも合わせて、人類の叡智による旨みを一通り堪能した後。
「そろそろ、やるか」
頂上のニンニクを崩さぬよう、箸とレンゲで支えながら、スープの中へと溶かし込んでいく。
どんどん、スープにパンチが加えられていく。
ニンニクが沈んだところで、野菜も適度に沈めて麺を引き出し、軽く天地を返す。
「ここからが、本番だ」
露わになった麺を豪快にひっつかんで口へと放り込めば。
「うんうん、これは、元気になるに違いない」
ニンニクのパンチが加わって人類の叡智は次のステージへ移っている。
暴力的な旨みに、思わず頬が緩むのを感じる。
硬めのモチモチした麺を囓る度に、幸福が脳髄を駆け上がってくる。
「ここで、肉だ」
野菜の下敷きになって沈んでいた豚を引っ張り出し、喰らい付けば。
「豚だ」
そのままの感想だが、だからこそいいのだ。
豚以外の何物でもない旨みが、過激なスープの味わいによって引き立てられているのである。
更なる幸せに、目の前がチカチカしてくる。
決して、変な薬をキメているわけではないが、マシマシには同様の効果があるのかもしれない。
そんなよしなしごとを過ぎらせつつも、箸とレンゲは止まらない。
麺豚野菜スープ麺豚野菜スープ。
循環する幸福のローテーション。
沢山の多幸感。
眩むような目眩。
思わず重複表現を重複させるほどに、超福な気分である。
だが、幸せは時を加速させる。
気がつけば、
「ない……ない、ぞ」
丼の中から固形物はほぼ姿を消し、野菜の切れ端とニンニクの細かい破片が残るばかり。
「ああ、私の、幸せは、もう、終わり、なの、か……」
過去にしがみつくように、レンゲでスープを掬ってはドギツイスープで一時の快楽を味わう。
だが、過去に囚われていては、いずれ未来を嘆くことになるかもしれない。
ここは、意志を強く持つとき。
水をコップに一杯注ぎ。
口内をリセットし。
「もう、一口だけ」
スープを啜り。
水をコップに一杯注ぎ。
口内をリセットし。
今度こそ。
丼とコップを付け台に戻し。
「ごちそうさん」
うしろ髪ひかれながら細い店内を身体を横にして通り抜け、どうにかうしろゆびさされることなく店を後にした。
「これで、体調も整うだろう」
心身ともに鋭気を養うことができた。
「さて、新刊チェックにメロンブックスでも寄って帰るか」
黄昏時のオタロードを、南へと進む。
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