第92話 大阪市中央区難波千日前の限定2
季節の変わり目で極端な気温変化に晒されると、人はどうしても弱ってしまう。
更に、連休があった翌週に一週間フルで働いたりしたものだから、どうにも疲れが出てしまうのは否めない。
そういうときは、しっかり喰うに限る。
「というわけで、来てしまったな……」
仕事帰り。
御堂筋線難波駅南側から出て、道具屋筋を通り抜けた隣の通り。
オタロードと交差する道路の手前に、その店はあった。
ボリューム満点で要腹具合と相談な店であるが、今日は腹の虫がいい感じに騒いでいるので、いけるだろう。
「お、空いてるな」
タイミングが良かったのか、コの字のカウンター席に客はまばら。
即座に扉を潜り、
「やっぱりここは、限定だな」
店頭に看板の出ていた限定用の食券『限定2』を確保し、奥のカウンター席へと着く。
食券を取りにきた店員が、
「ニンニクいれますか?」
と聞いてくるが、この店ではマシなどはない。勘違いする客も時々いて紛らわしいのだが、意地でもこれを通すらしい。
その心意気だけは買いつつ、
「いれてください」
とだけ答えればオーダーは完了だ。
後は、できあがりを待つばかり。
「さて、イベントを進めるか」
『ゴシックは魔法乙女~さっさと契約しなさい!~』をおもむろに起動し、まずはおでかけを仕掛ける。
そこから、時間が許す限り出撃してアクティブポイントを稼ぐのだ。
現在開催中のハロウィンイベントでは、アクティブポイントを集めるだけで★5のハロウィンコスしたリリーがいただけるのだ。勿論、衣装付きで着せ替えも楽しめる。
だったら、集めるしかないだろう?
カボチャを探す宝探し系のステージで、全部で六個のカボチャを確保すればアクティブポイントにボーナスも付く。
幸い、水属性のステージの配置は覚えた。
とはいえ、覚えていても、そこでラブマックスしていないとカボチャは出てこない。つまり、ラブマックスするタイミング調整も含めたパターンを構築しないといけないのだ。
これが宝探しステージの面倒であり楽しいところだ。
少々ミスりながらも、三回の出撃で十四個のカボチャを確保することができた。というか、最初にミスって二個しか取れなかったので、気が引き締まって残り二回は全部取ったという感じで。ミスを踏み台にする心掛け、大事。
などとやっていると、注文の品がやってきた。
「赤い、な」
灰褐色のスープの上にこんもり盛られた野菜。
周囲に散らされた細かく切られた煮豚。
その表面全体にこれでもか、と振りかけられた一味の赤。
更に、野菜の頂点に鎮座する唐辛子味噌。
今回の限定が炎の名を冠しているのは、そういうことだった。
「いただきます」
視覚的な期待にざわめきだした腹の虫に急かされるように、レンゲと箸を手に丼へと立ち向かう。
まずは、スープ。
「おお、これはこれは……」
この店の基本は豚骨を主体とした豚出汁に、負けないレベルで濃厚なごまダレの風味がガツンときた。
そう、ゴマダレに唐辛子。
要するにこれは、担々麺の類なのである。
とはいえ、このこってり感は強烈だ。
いかにも身体に悪そうな味わい。
つまり、とても旨い。
旨いものは、身体の疲れだけでなく、心も癒やしてくれるものだ。
手に持った箸で野菜を取れば、どろり濃厚ゴマダレ味。
唐辛子もそれなりに入っているはずだが、それさえも凌ぐゴマ。
スープに溶かされたニンニクとも並び立つゴマ。
ゴマが頑張っていてゴ魔乙である。
太く平たいビロビロのボリュームのある麺も、このスープが絡めばズルズルと勢いを付けていかずにはいられない。
だが、まだ待て。
野菜の上の唐辛子味噌を溶かし込んでからが勝負だ。
スープに赤みが差し、ニンニクと唐辛子とゴマのコラボレーションが始まる。
「これが完成形、か」
とにかく濃い。絶対に身体に悪そうだという背徳感を感じながら頂く糖質の塊のボリュームのある麺を咀嚼していると、なんとも言えない多幸感がこみ上げてくる。
しばらく幸福に浸り、腹の虫も大人しくなってきた。
何気なく丼を見て、ふと、我に帰る。
「あれ? まだ、全然減っていない……」
丼には、どう見ても通常のラーメン大盛り一杯分程度の分量が残っていた。
だが、どう考えても半分は食べた気がする。
どうしてだ?
「……単純なことだ。この店の麺量は300g。一般的に大盛りラーメンは麺量160g程度だからほぼ倍の量があったんだ」
そんなことも忘れるぐらい、この量に慣れてしまっていたのか。
慣れは、油断に繋がる。
油断は、脂肪フラグに繋がっている。
だが、いい。
「今日は体調を整えるために来たんだ。つまりこれは、薬。良薬は口に苦し、というようが、これは心に苦い薬なんだ」
主に、罪悪感や地球の好感度アップによる重力の影響増などの苦みである。
気を取り直し、丼に向かう。
既に腹の虫の加護は失われているが、何、半額弁当を取りに来た訳じゃないんだ。マイペースに楽しめば、それでいい。
再び、箸とレンゲを手に、丼と戯れる。
口内に纏わり付くような食感のスープが。
モチモチした食べ応えのある麺が。
しゃっきりしたもやしの食感が。
それらに紛れてくる細かな煮豚が。
何もかもが、愛おしく、楽しい。
そうだ。
食は楽しむものだ。
今この時。
脂肪フラグだとか無粋なことは忘れ。
ただただ胃袋に喰いたいものを収めていく獣と化せばよい。
ひたすらに、貪るのみ。
「ふぅ……終わり、か」
固形物が失われスープが残るだけの丼は、宴の後の寂しさを湛えていた。
名残を惜しむように、レンゲでスープを少し啜り。
「あ、煮豚があった」
と小さな幸せの残滓を拾ってみたりしてから。
コップの水をグイッと煽って気持ちをリセット。
獣から人へと戻り。
「ごちそうさん」
丼とコップを付け台へ戻し、店を後にする。
「腹ごなしに、オタロードでも散策するか」
夕暮の日本橋を、南へと。
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