第90話 大阪市浪速区日本橋の辛口肉ソバ『味噌』大盛り、辛さLV4、しびれLV4、ニンニクLV4
三連休の中日。
タイミング良く映画館のポイントが貯まっていたこともあり、朝から映画を観に難波へと足を運んでいた。
幼い頃、その独創的な造形に恐怖したクリーチャーが登場する作品の、正統な続編である。
人類居住可能とされる惑星、オリガエ6を目指す移民船コヴェナント号。
だが、幾つかの偶然で人類が居住可能な惑星をより近くに発見する。
オリガエ6に代わる新天地の可能性に賭け、乗組員らはその惑星へと降り立つのだが……
そんないかにもな導入で繰り広げられる、未知の生物の脅威と、裏に蠢く思惑。
かつて怖れたモンスターの出自を興味深く感じる反面、出自を知ってしまうことでかつての得体の知れなさが薄れて恐怖が薄らいでしまったようにも感じる、なんとももどかしい想いを抱かされる映画だった。
そうして鑑賞を終えた頃。
「腹が、減ったな」
腹の虫が遠慮なく鳴き始めるのであった。
映画館の場所は、難波から少し南に外れた位置。
中心に戻れば幾らでも店はあるが、
「せっかくだし、この辺で探すか」
南海電車の線路を難波ではなく新今宮側へと歩き、店を物色する。
高架下の大衆向けイタリアンのランチに気が惹かれたりもしたのだが、どうも腹の虫のお気に召さなかったらしい。
気難しい腹の虫のお眼鏡に叶う店を求め、更に南へ移動するが、このまま線路沿いに行くよりは、堺筋方面に向かった方が店はあるだろう。
途中で東に折れ、堺筋方面へと向かう。
定番の中華チェーンや地名を冠する大衆食堂と色々食事処には事欠かないのだが、そこでふと、思い出す。
「そういや、あの店営業再開していたな」
こちらが本店ながらしばらく休業しており、鶴橋の支店だけが営業していたあの店だ。
想い出した途端、腹の虫が歓喜したのを感じる。どうやら、お眼鏡に叶ったらしい。
「そうだな。こっちは仕事帰りにはあまり来ない以前に、営業時間が夕方まで仕事帰りに寄れなしな。これは、行くしかない」
かくして私は、堺筋の少し手前の道を南に折れ、真っ赤な目立つ看板な店へとやってくれば、『営業中』の札が掛かっていた。
「おお、再開、したんだなぁ……」
大阪は食い倒れの街。飲食店には容赦がない。大人気店舗が鳴り物入りで支店を開いても半年も持たず閉店するなど、珍しくない。
そんな中、休業を経て同じ場所で営業再開したというのは、感慨深い。
とはいえ、感慨ではお腹は膨れない。
カウンターだけのこじんまりした店内へと、足を踏み入れる。
幸い、席は空いており、
「こちらへどうぞ」
奥側の空いたカウンター席へとすぐに案内された。
この店は刺激を売りにした麺を提供する店だ。
何を、どれぐらいのレベルで食べようかとメニューを開けば、
「メニューにないですが、今はそちらに掲示しているように限定でコショウそばもありますよ」
と、愛想良く店員が教えてくれる。
醤油ベースのものに、これでもかとコショウが掛かったものらしい。
唐辛子以外の刺激に少し心が揺らぐが、今はどちらかというとカプサイシンが欲しい。
とはいえ、休業前には醤油ばかりだったので、違うものには挑戦したい。
となれば。
「辛口肉ソバ『味噌』大盛りで、あと……」
辛さ(唐辛子)、しびれ(山椒)、ニンニクの量をレベル指定選択になっているので、メニューを確認しつつ、
「辛さ、しびれ、ニンニク、全部 Lv4 で」
とオーダーする。
因みに、辛さは Lv5 からハバネロが入り、少々チャレンジメニュー染みるのは何年も前に確認している。 Lv7 だと、更に辛い、トリニダード・スコーピオンが入ってくる。
今日は、チャレンジするよりも、無理なく美味しく腹を満たしたい。
だからこそ、追加料金なしの辛味 Lv4 の選択である。
そこに、しびれとニンニクのレベルを合わせた形である。まぁ、しびれとニンニクは Lv2 まで無料で追加料金になるが、それぞれ数十円なのでまぁ、いいだろう。
後はできあがるのを待つばかり。
『ゴシックは魔法乙女~さっさと契約しなさい!~』を起動して風紀委員リリーと女教師カトレアの組み合わせを愛でたりして、出撃している時間は無さそうなので連休で土曜発売になっていたジャンプを少し読み進めたりしていると、注文の品がやってきた。
「あ、紙エプロンをお使いください」
私が白いシャツを着ていたのを見ての心地良い店員の気づかいに応じ、紙エプロンを装着して麺へと向き合う。
「おお、これはこれは……」
赤みがかった褐色のスープ。中央には、薬味の細切りネギがどっさり。
周囲には、肉ソバというだけあって、薄切りの豚バラ肉と角煮に使うようなブロック肉がぐるりと並んでいる。
その上に。
右上には、真っ赤な唐辛子の粉末が。
右下には、黄色い刻みニンニクが。
左下には、褐色の山椒の粉末が。
どっさりと、乗っかっているのである。
見るからに、刺激的と言わざるを得まい。
「まずは、何も混ぜないスープから」
何もない左上の一角から、やや粘性のあるスープを掬えば。
「いい感じの味噌味だ」
甘みも含んだ濃厚な味噌だれの旨みが口内に広がった。
その一角から中太ストレート麺を引き上げて軽く二口ほどいただけば、なるほど。味噌ラーメンンとしてのベースの味も、それなりに個性のあるいい味だと伝わってくる。
「とはいえ、この味で最後までいく、なんてことはありえないからな」
辛さ、しびれ、ニンニク。
個別に頂いてみるのもいいのだが、そんな悠長なことを許す腹の虫ではなかった。
ならば。
「混ぜるしか、あるまい」
箸で、麺を引っ張り出しつつ、唐辛子ニンニク山椒が全体に行き渡るようにかき混ぜる。行儀が悪いかも知れないが、この麺を味わうには、正統な行為だと思う。
全てを渾然一体にしてこそ、完成する味なのだろうから。
そうして、いい感じに混ざったところで麺を啜れば、
「旨辛!」
シンプルに、そうとしか言えない味わいが広がる。
辛く痺れ匂いもキツい。だが、旨みも負けていない。
普段から辛味に親しんでいる身でも、そこそこの辛さは感じる。なのに、旨みもガッツリ感じるのだ。
これぞ、旨辛だ。
やはり、チャレンジしなくて正解だ。いくら辛党でも、辛ければよいというものではない。
オール Lv4 のバランス、絶妙だ。
味噌というのもあるかもしれないが、休業前に何度か喰った中でも、ここまでの旨辛バランスはなかった。
歓喜する腹の虫の声に従い、汗が滲むというか流れ始めるのも構わず、ねっとりしたあれこれの混ざったスープを纏う麺を口にする。
時折、細切りにしたネギが絡んでくると、違った刺激で口内がサッパリする。正に薬味の王道の働きだな。
更に、このスープを纏った肉も旨い。薄切りはあっさりと。角切りはぷるぷるした甘みのある脂身が、この旨辛スープと相性抜群で脳に多幸感を叩き込んでくる。
いいぞ。
これは、いい旨辛だ。
「から……うま……」
思わず脳みそがおかしくなりそうだったが、ウィルスに感染した訳ではないので安心して欲しい。
箸とレンゲの動きが留まることを知らず、間断なく口を通して胃の腑へと丼の中身が輸送されていく。
そうして、あっという間に。
「終わり、か」
固形物所か、粘性が高いのもあって、スープもレンゲ数杯程度を残すばかりの丼が目の前に現れた。
水を飲んで、一息吐いて……はまだ早い。
「この量なら、完飲したところで違いはない」
何かに言い訳するように小さく口にし。
レンゲを丼に突っ込んで残ったスープを口へ運ぶ。
旨辛。
幸福な味わい。
その残滓を、最後まで味わう。
「今度こそ、終わり、か」
もう、スープさえない。これ以上は、丼を舐めるレベルだが、流石にそこまで己を捨てることはできない。
今度こそ水を一杯飲んで口内をリセットして名残を断ち切り。
「ごちそうさん」
勘定を済ませて店を後にする。
休日の午後は、まだまだ始まったばかり。
「さて、腹ごなしにオタロードでもぶらつくか」
最寄りのメロンブックスへと、足を向ける。
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