第88話 大阪市東成区深江南のチャーハンセット(辛麺レディースこんにゃく麺5辛)

「なんだか無性に辛麺の気分だ」


 久々にのんびりできる日曜の午前が終わろうとした頃。

 前日に宮崎出身の友人とそんな話をしたからか、空腹を覚えた私の舌は辛麺を求めていた。


 別に、我慢する理由などなかろう。


「よし、喰いに行くぞ」


 幸い、大阪市内に宮崎辛麺の店は幾つかある。

 中でも、宮崎発祥のチェーン店へと、私は向かうことにした。


 大阪市営地下鉄の新深江駅から東。閑静な住宅地というか下町の風情の残る地ながら、文房具の有名企業やペット関係商品の本社ビルがあったりもする界隈を抜け、内環状線沿いに少し北上した場所に、目当ての店はあった。


「お、入れるか」


 昼時だけあって結構な人入りだが、カウンターにはまだ空きがあった。


 その中の一席に案内され、メニューを眺める。


「さて、単品にするか、セットにするか、それが問題だ」


 単品ならレギュラーサイズ(通常の大盛り相当)、セットならレディースサイズ(通常の並相当)+セット品である。


 ここは、セットに行こうか。


 セットは三種類。餃子、チャーハン、からあげのセットがある。


 餃子はそもそも苦手なので除外。からあげも他に食う機会があるし、ここは、チャーハンだな。


 論理的に結論を出し、チャーハンセットを注文。


 そこから、この辛麺のシステムだ。


 まず、麺の選択。


 こんにゃく麺(こんにゃく芋では無くそば粉をこんにゃく状にした麺)、中華麺、うどん、ごはんと選択肢がある。最後の選択肢が麺でないのは気にしてはいけない。


 ここは、辛麺の基本に忠実にこんにゃく麺を選択。


 次に、辛さの選択。


 1~5辛は追加料金なし。そこから先は順繰りに少しずつ追加料金となる。因みに、この辛さのシステムは1辛=スプーン1杯の唐辛子、というとても解り易いシステム。5辛ならスプーン5杯の唐辛子が投入される仕組みだ。


 当然のように5辛を選択。


 最後に、ニンニクとニラを入れてもよいか確認されるので、当然両方を入れて貰う。


「さて、注文も済ましたし……」


 待ち時間を『ゴシックは魔法乙女~さっさと契約しなさい!~』をプレイして過ごす。学園篇が始まっても根底は変わらず、イベントステージへ出撃してマイペースにアクティブポイントを稼ぐ。属性のため、リリーの出番がないのが残念だが、アバターにしているのでいつでもその姿を拝むことはできるから、問題ない。


 中華鍋を振り回す軽快な音をBGMに二度の出撃を終えたところで、まずはチャーハンがやってきた。


 お椀で硬めで半球状に盛られた湯気を立てるチャーハンは、否応なく食欲をそそる。


 セットは一緒に食べたいところだが、この状態でも味わっておかねばなるまい。


 レンゲで一口食せば、塩気が濃いめながら、なんというかチャーハンらしい旨みに溢れた味わいが広がっていく。


 正直、一気にがっつきたいところではあるが、グッと堪える。


 やはりセットは揃った状態で共に食したいのだ。


 水を挟みながら、ゆっくりと少しずつ口にして凌ぐことしばし。


 待ち望んだ辛麺がやってきた。


「独特の見た目だよなぁ」


 唐辛子の浮く赤黒いスープの中に、溶き卵、ニラ、黒ずんだこんにゃく麺が見える。ニンニクと挽肉は沈んでいるのだろう。


 更には、


「味も、辛麺の味だ」


 旨辛、と行ってしまえばそれまでだが、醤油ベースにあっさり目ながらしっかりした出汁の風味によって味が構成されている。5辛程度であれば辛味が勝ってしまうこともなく、バランスがいい味わいだ。


 あまり他の麺類では感じない味わい。


 ともあれ、食が進む味であるのは確か。


 スープをしっかり絡め取った弾力に富んで噛み切りにくいこんにゃく麺を頬張れば、一時の幸福を味わえる。


 中々喰えないからこそ、口内にその旨みが否応なく広まるのである。


 さて、麺が来れば、遠慮は要らない。


 チャーハンをがっつくことに躊躇いもない。


 レンゲでチャーハンを口に運び、そこに辛麺の玉子やニラや、底からすくい取ったニンニクを合わせて頂く。


 次第に汗が滲むのは、唐辛子のカプサイシンの働きであろう。


 カプサイシンまた、食欲増進の効果もある。


 チャーハンが来た時点から、腹の虫を抑え込んでいたのだ。そこにカプサイシンが加わってしまえば、手を止める要素はどこにもない。


 ときおりこんにゃく麺を噛み切るのに手間取るのを小休止にしつつも、ハイペースで辛麺とチャーハンを胃の腑へと収めていく。


 体温が上がるのを感じる。


 腹の虫の歓喜も。


「あれ?」


 気がつけば、辛麺の中はスープだけになり、チャーハンの更には米粒一つ残っていない。


 勢いに任せて、一気に喰ってしまっていた。


 だが、いいだろう。


 無為な早食いをした訳ではない。


 ちゃんと味わったからこそ、勢いが付いて結果的に早食いになったのだ。


「でもまだ、もう少しは楽しめる……」


 残ったスープをレンゲで口に運ぶ。


 一口一口、味わいながら。


 じっくりと、楽しむ。


 そうして。


「遂に、終わったか……」


 スープも飲み干してしまう。


 もう、腹の虫のために今の私ができることはない。


 未練を断ち切るべく、最後に水を一杯飲んで口内をリセットして。


「ごちそうさん」


 会計を済ませて店を後にする。


「さて、帰るか」


 休日は、まだまだこれからだ。

 


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る