第87話 大阪市北区梅田のカレーラーメン(ヤサイ増し増しニンニク増し増しカツオバカ増し)
秋から冬へ向けて、日が短くなるの感じさせる黄昏時。
雨模様の中、御堂筋を北上する。
最近の運動不足を払拭するための仕事帰りのウォーキングのようなものだ。
大阪市役所前を越え、梅田までの十分程度のものだが、無理は禁物。これぐらいがちょうどいいのだ。
実際、年を取ると無理なウォーキングで膝を壊すようなこともある。時の流れは残酷なのだ。
マイペースに歩き、ニンニクやこってりやつけ麺の前を通り過ぎた私は、大通りを潜り抜ける地下道への入り口にぶち当たっていた。
迷わず地下へと降り、JR東西線への支道を横目に進めば、駅前第三ビルの地下一階へと到着だ。
ここから更に北の第四ビルまで地下を通り抜ければ、大阪市営地下鉄谷町線の東梅田駅へとたどり着く。そこまで歩いて後は電車で帰るのが、仕事帰りの運動としてはいい塩梅なのだ。
だが、その前に。
人間、歩けばエネルギーを消費する。
エネルギーを消費すれば、補充せねばならない。
我が肉体は、素直にそれを主張する。
すなわち。
「腹が、減ったな……」
騒ぎ出した腹の虫の声に、自覚する。
幸い、オフィス街でありターミナル駅にも近い駅前ビルには、物理的にも迷うほどの飲食店が入っているのだ。
喰う場所には事欠かない。
「さて、ここからだと、煮干しが近いが……」
どうも今の腹の虫はそれでは満足できないようだ。
もっとジャンクで、ガッツリしたものでないとお気に召さないらしい。
そうなると、もうあの店にいかざるを得ない。
もう一階下へ降り、西側の第二ビル方面へと向かう。
手ごろな価格の大衆イタリアンの店の裏側を通り抜け、第三ビル西端へ到達したところで右折。
すると、目的の店はすぐだ。
「あ、塩は売り切れか……」
真っ先に店頭の看板に張り出されていた掲示が目についた。最近は塩を好んで食べていたのだが、仕方ない。
店内を除けば、先客は少なくすぐに入れそうだ。
入ってすぐの食券機で、メニューを選ぶ。
塩がなかったからと、通常の醤油というのも芸がない気がする。
なら、このチェーンで意外にないカレー、がいいだろう。
直感に従いカレーラーメンの食券を購入した私は、真ん中あたりの席に陣取り食券を出す。
「ニンニク入れますか?」
「増し増しでお願いします。あと、ヤサイ増し増し、カラメ増し増し、カツオはバカ増しで」
定番の注文を果たす。途中、喰い切れるか確認されたが、いつものことだからと問題ないと答えておいた。
こうなれば、後は待つばかり。
そわそわして微かに鳴き声を漏らす腹の虫はさておいて、『ゴシックは魔法乙女~さっさと契約しなさい!~』を起動する。
これまでは『おでかけ』だけだったのが、最近搭載された学園篇のお蔭で、更に学園乙女とのコミュニケーションも必要になる。残念ながら全員裸眼ではあるが、キャラ的には闇属性で何か憑いてそうなルベリスが気に入ったので、粛々と育てたりしている。
とはいえ、全員にランチでテンションを上げ、更にリコにデコピタしてテンションを上げたりとしていれば、中々に時間がかかってしまう。
現在のイベントの水属性ステージでリリーとカトレアを育てたりしていたのだが、出撃は諦めて一試合だけをこなすことにする。
無事に勝利を収めた頃合いに、タイミングよく注文の品がやってきた。
「う~ん、中々の見た目だ」
丼の上に山盛りのもやし。その頂上周辺にはバカ増しにしたカツオが贅沢に乗っかり、そこにカラメが掛かって茶色く染まっている。
麓には、厚切りチャーシュー。
ニンニクは目につかないが、確か、この店はスープに入れているのだったか。
ともかく、ヤサイしか見えない状況の丼をそのままにしていても腹は膨れない。
先ほどから歓喜の声で食欲を喚起する腹の虫に従い、箸とレンゲを手に、
「いただきます」
そっと、ヤサイの山に手を付ける。
「おお、これは旨い」
たっぷりのカラメの掛かったカツオは、ヤサイを幾らでも食べられると思わせてくれるだけのポテンシャルを秘めていた。
これなら、麺付近までの山を一気に削り取れるに違いない。
カツオとカラメをブーストに、それでも焦って崩さないよう気を付けながら、しばしもやしを堪能する。
かなりの量だが、もやしはほぼ九割水分だ。腹に入ればすぐに嵩は減る。
しっかり咀嚼して喰えば、後々楽なので、じっくりと味わいながらもやしを食べ進めていく。
しかし、段々とストレスが溜まってくる。
そう、うすうす気づいていたさ。
確かにカツオが旨い。
野菜が幾らでも食えそうな勢いだ。
実際、醤油カツオ味で山の半分以上をあっという間に平らげたさ。
だが待て。
魚介味を堪能するならさっきの煮干しでよかったんじゃぁないか?
あの時、腹の虫が希ったものは、違うだろう。
もっとジャンクに、ガッツリと、だったろう?
で、目の前にあるのはなんだ?
そう、カレーラーメンじゃないか!
まさにジャンクでガッツリなメニューじゃないか!
なのに、なんでここまで一切のカレーを感じずに喰ってるんだ?
こんなの絶対おかしいよ!
「ふぅ」
中ジョッキで提供される水をぐいっと一飲みし、気持ちを切り替える。
今一度、丼に目を向ける。
野菜の山は大幅に縮小され、今なら、箸とレンゲを駆使すれば、いける。
野菜の隙間から箸を入れ、麺を引き出しつつ、反対側の野菜はレンゲでスープの中へと押し込んでいく。
さすれば、カレーの色を纏って茶色く染まった麺が姿を現し。
野菜がスープの中に姿を消す。
天地が返り、否応なくカレー味が表面へとやってきた。
早速、麺を啜れば。
「ああ、これだ。このジャンク感こそ今の腹の虫にジャストフィットだ」
こうなれば、塩が売り切れていたのも天啓だったのだろう。
カレー味。本格的なスパイス風味と言うよりは、露骨にカレー粉風味。
だが、それがいい。
飾らない味わいにニンニクでパンチを加えられて、ジャンクで家庭的なカレー味とも言えよう。
とてつもなく、満たされた気分になってくる。
だが、気分が満たされても腹は満たされない。
「もっと、もっとだ」
ここまで来れば、零す心配もさほどない。
スープが跳ねるのだけ気を付けながら、麺を啜り、野菜を頬張る。
ここぞとばかりにチャーシューにも手を付ければ、こういう系統の店としては小ぶりながらタレをまとったしっかりした豚の味わいが口内に広がり、更なる幸福を感じさせてくれる。
喰えば喰うほど、心も腹も満たされる好循環。
だが、やはり幸せはつれない。
気がつけば、丼の中はほとんど空になっていた。
「そ、そんな。まだ、まだ喰いたいんだ」
レンゲで底を探って固形物を見付けては口に運ぶが、それもすぐに終わり。
残るはカレースープのみ。
名残を惜しみながらも、戒めが頭に浮かび、完飲は避けようと手を止める。
最後。
本当に最後と、絶妙にジャンクな旨みを感じさせるスープをレンゲ一杯のみ。
リセットするようにジョッキの水をグビリと飲み。
丼とジョッキを付け台に戻し、
「ごちそうさま」
潔く、店を後にした。
ここは駅前第三ビル。
レトロゲームの、とりわけシューティングゲームの充実したゲーセンもある地。
「腹ごなしに『怒首領蜂』でもやって帰るか」
ゴ魔乙の先祖の息吹を感じるため、地下一階のゲーセンへと足を向ける。
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