第86話 大阪市北区曾根崎新地の灼熱まぜそば(2辛)

 暦の上では秋でも、未だ残暑厳しい日々が続く。

 それでも少しずつ、日射しの色合いなどに秋を感じたりしないでもない。


 だが、そんな残暑のお陰だろうか?


 すっかり食べ損ねたと思っていた夏限定メニューが今月末までは食べられることを知ったのだ。


 ならばいかねばなるまい。


「でも、どうせなら、更にレア度の高いものを目指すべきだろう」


 ★4よりは、★5。いや、イベント配布の乙女は★4より魔力が低かったりする……などと、すっかりゴ魔乙脳になっているのはさておいて。


 期間限定の上に、更に店舗限定メニューがあるのだ。


 それも、関西ではたった一店舗のみ。


 いつもいく店舗ではやっていないが、北新地の店舗でやっているらしい。


 勤め先から比較的近い幸運を活かし、私は早速仕事明けに目的の店を目指すことにした。


 大阪市役所前を通って御堂筋を北上すれば、北新地は十分ほど。


 途中にニンニクラーメンやらこってりやら幾つもの誘惑を越え、駅前ビルも近づいたところに、その店舗はあった。


「お、流石にこの時間なら入れるか」


 一般的には夕食にはまだ少し早めの時間というのもあるだろう、広めの店内には充分に余裕があった。


「お好きな席にどうぞ」


 という余裕の案内をされて、奥のカウンターの隅に陣取る。


「さて、メニューは決まっているが、並と大の量が書いてないな……」


 情報収集は大事である。


 店員に確認すれば、並が200g、大が300gということだ。


 なら、大でいけるだろう。


「灼熱まぜそば、大で」


 店員にそう告げる。だが、注文はまだ不十分だ。


 次に、大事なことを決めないといけない。


 メニューの表示を吟味することしばし。


「……辛さは、2辛で」


 1辛、2辛、3辛、極限の四段階の辛さから、無難なものを選ぶ。


 辛いものは好きだが、ここのところロトゼタシアを旅したりして疲れ気味なのだ。身体の負担を考えての選択である。


 注文が確定し、待つだけとなれば『ゴシックは魔法乙女~さっさと契約しなさい!~』の時間である。


 待望の学園編が始まり、裸眼女子ばかりなのが残念ではあるが水属性の先輩にリリーを付けるのは忘れていない。


 また、某生放送で弊社のネーミングというような趣旨で紹介された『ジャラスターモード』も、やってみれば中々楽しく、気がつけばアクティブポイントを使い切ったりしている状況だ。


 そうか、疲れの原因はロトゼタシアだけではなく、ジルバラードにもあったのか。むしろそっちが本命かもしれないなどとは考えず、おでかけをしかけ、サクッと試合をこなし、学園乙女では一番のお気に入りのルベリスに『やったね!』して育てたりしていると、そろそろできそうな気配。


 出撃をする間はないと判断してゴ魔乙を終了すると、ほどなく注文の品がやってきた。


「おお、これは見るからに食欲をそそるな……」


 大ぶりの丼に、ニラ、魚粉、刻み海苔、刻みネギがぐるりと周囲を囲むように並べられ、ニラの上には刻みニンニクが添えられている。


 中央には挽肉が盛られ、その上に卵黄が鎮座し。


 京阪守口市駅前のベンチに降りしきる雪のように、全体に赤い粉末がどっさり振りかけられている。思い出の中を真っ赤な唐辛子が埋め尽くしそうだ。


 丼の横には、紙おしぼりが二つ。口回りようと、顔の汗用ということだ。


 どう考えてもジャンクフードだが、この丁寧な気づかいがなんだか嬉しいぞ。


「では、混ぜよう」


 すぐにでも口に運びたい衝動を堪え、箸とレンゲで底の麺を持ち上げ、零さないように気を付けながら全体を混ぜ合わせていく。


 玉子が入っているのもあるだろうが、粘度の高いタレが麺に絡み、混ぜるのに中々パワーがいる。最初の綺麗な盛りがあっという間に破壊され、赤を基調にした色に染まった麺がぐちゃぐちゃと粘りを感じさせる音を立てて丼の中を舞う。


「そろそろ、いいか」


 あれこれ絡んだ麺に、ようやく箸を付ける。


「思ったよりは、辛くないが……」


 なんだか、味が散漫だ。旨みが弱いというか。


 そうして、次の一口を行けば。


「あれ? 今度は、濃いな」


 更に次は。


「おおぅ……辛いぞ、これは」


 うむ、箸を付ける場所で変わる味のワンダーランドだ……って。


「うん、ちゃんと混ざってないだけだよね、これ」


 まぜそばを喰うときには結構な頻度でやらかしているが、まぁ、ここから更に混ぜるのも無粋というかその手間を腹の虫が黙って待ってはくれない。


 ならば、偶発的に生まれた味のワンダーランドに意図的に迷い込むのもいいだろう。


「ニラが、ニラが来た」


「贅沢に肉の旨みが一口に」


「今度は、ネギだな」


 明らかに偏った具材を開き直って味わえば、これも食の楽しみであろう。


「ふぅ、それなりにボリュームがあったな」


 気がつけば、麺はほぼなくなり、具材が底に少し残っている程度。


 これで終わり、ではなく。


「割めし、お願いします」


 そう、サービスで付いているのだ。辛味をプラスできる専用割めしもあるようだが、通常の割めしでいいだろう。


 すぐに、小ぶりな茶碗に盛られたごはんがやってくる。


「お、麦入りか」


 割めしとしては、風味的にこれは嬉しい。


 迷わず丼に投入し、混ぜ合わせれば。


「ああ、これは、バランスがいいぞ」


 魚介と豚の旨みに唐辛子を中心としたニラ、ネギ、ニンニク、海苔の薬味が美事に調和していた。


 奇しくも底に残ったあれこれを絡め取って、先程まで味わっていたワンダーランドが、犯人を前にした探偵の謎解きのように理路整然とした秩序を保った旨みに昇華されたのだ。


「そうか、本来こういう味なんだな」


 最後の最後に知った味。


 だが、最初からこうだったら、なんて思わない。


 負け惜しみじゃない。


 ミステリで、いきなり謎が解けてしまったら面白くないだろう?


 謎めいたワンダーランドの後に、この味が来たからこその気付き。


 全てが繋がって、辿り着いた食の体験。


 うん、これは、思い立ってきて正解だった。


 丼が空になり、心も腹も満たされた。


「ふぅ」


 最後に水を一杯飲んで口内を清め。


「ごちそうさん」


 会計を済ませて店を後にする。


「さて、ここまで来たら駅前ビルでもよっていくかな」


 未だにシューティングゲームの筐体が幾つも並ぶゲーセンへ、足を向ける。

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