第85話 大阪市中央区難波のラーメン(白菜・ニラキムチ、ニンニク入れ放題、ごはん食べ放題)
今日もまた、仕事帰りに映画館に飛び込んでいた。
「なんだか、懐かしい気持ちにさせられる映画だったなぁ」
目の前で相棒を殺され、彼の娘の面倒を見ながら九年を復讐に生きた刑事。
父の仇を独自に追い求めて危機に陥った彼女を救うため、その原因となった詐欺師を捉えるためロシアへ飛ぶ。そして始まる、刑事と詐欺師の珍道中……
子供の頃から親しんだアクションスターが未だ現役で全く変わらぬノリで暴れ回る姿を観ることができる、とても楽しい安心感のある映画だった。
そうして余韻に浸りながら劇場を後にしたのだが。
「心は満たされても腹は膨れないな、うん……」
派手に暴れ始めた腹の虫に、苦笑する。
これは、家まで保たないな。
なら、何か喰って帰ろう。今の気分だと、
「子供の頃から親しんだ味、だな」
それなら決まりだ。
難波の地に五店舗あるあの店しかないだろう。
「すぐそこの道具屋筋の方にもあるけど……ちょっと違うところも行ってみるか」
商店街のアーケードの下を少し北上し、西へ折れれば目立つ看板が見えてくる。
店舗の前に立てば、派手な龍が出迎えてくれた。
「うん、ちょっと混んでるけど入れそうだな」
潔くラーメンとチャーシューメンだけのメニューから、ラーメンの食券を購入し、テーブルと小さな畳がセットになった独特の座席が並ぶ店内へ足を踏み入れる。
厨房前のカウンターへ食券を出し、番号札を受け取って空いていた席を確保する。
「さて、麺ができあがるまでにあれこれ準備しておくか」
セルフの水をまず用意して水分を補給した後、プラスチックの使い捨て容器に大きな丼に盛られた白菜キムチとニラキムチをそれぞれたっぷり確保する。更に、もう一つ容器を確保して、きざみニンニクもマシ程度に確保。
そして、
「糖質……」
やはりここではごはんを食わないと締まらないのだ。
何、茶碗よりは小ぶりな容器だ。量は知れている。
「いや、大丈夫だ、問題ない」
理論武装して保温ジャーからごはんをよそう。
そうして、あれこれ確保して席が賑やかになったところで、番号を呼ばれた。
いいタイミングでメインの登場だ。
丼を手にすれば、漂う獣臭さが鼻を突く。
「うん、これだ」
豚骨だから、仕方ない。むしろ、しっかり出汁が出ていると安心する臭いだ。
席に着いて、靴を脱ぎ、畳にあぐらをかく。
こうやってくつろげるのが、この畳席の良いところだ。
落ち着いたところで改めて丼に向き合う。
鶏ガラ豚骨の茶色がかった白湯スープ、チャーシューが三枚、ネギともやし少々。なんというか『昔ながらのラーメン』とそのまんまの形容が似合うオーソドックスな見た目である。
スープを口に含めば、臭いの割にはこってりではなく、むしろさらりといける適度に旨みの感じられる醤油ダレの味わい。
特別な味わいではなく、昔から馴染んだ安心の味わいだ。
これまた飾り気のない中細のストレート麺も、このスープにはとてもよく合う。
ずるずるとしばらくはそのままで味わったところで、色々確保してあったものに目を向ける。
そう、この意外な食べやすさは、他のアイテムの可能性を内包したものなのだ。
麺を啜ってスープの味が残ったところに、白菜キムチを含む。素材の甘みを感じさせつつ、唐辛子の味が後から来る。更にニラキムチを行けば、ピリッとした風味も楽しめる。
こうやってキムチの味を纏わせることで、好みの刺激が加えられるからこそ、この味なのだと私は思っている。
そうして口内に刺激が満ちたところに、追い討ちのように含む白米の旨さ。
普段糖質を控えめにしている身には口いっぱいに頬張る背徳感もプラスされて更なる旨みに変わるのだ。
とても、食が捗る。
麺スープ白菜ニラごはん麺スープ白菜ニラごはん麺……脂肪フラグなんて丸呑みにする勢いで食を楽しむ。
あっという間に半分を超えたところで、
「いよいよ、こいつの出番だな」
もう一つ確保してあった、きざみニンニクに手を付ける。
最初に入れてしまうと一気に風味が変わるため、半分はそのまま食べるのが自分ルール。
振り向かず、躊躇わず、スープにニンニクをドボンしてレンゲでかき混ぜる。
ほどよく混ざったところで一口レンゲに掬えば、獣臭さを力でねじ伏せるニンニク臭。そのまま口へ運べばガツンとくる。一気に旨みが別のステージへと突入した。
麺を啜る手が早まり、空いたごはんが無くなって復元され、一々器から取るのが面倒になった白菜・ニラ両キムチもスープへと放り込まれ。
食べ始めた頃とはかけ離れた、それでいてより自分好みになった丼の中身をごはんと共に食す。
こうやってカスタマイズするのが、私流のこのラーメンの楽しみ方だ。
学生時代から通うというほどの頻度では来ていないが、ふと、思い出したように無性に味わいたくなる、そんな慣れ親しんだ楽しい食の一時。
そんな貴重な時間を過ごしたのだ。
「戒めは忘れよう」
固形物が姿を消した丼を両手に持ち、そのままゴクゴクと残ったスープを啜る。
完飲。
「ふぅ……満足だ」
水を一杯飲んで一息入れた後。
食器を返却口へ戻し。
「ごちそうさん」
店を後にする。
映画で心を満たした、ラーメンで腹を満たした。
もう、思い残すことはない。
「帰ろう」
寄り道せず、家路を辿ることにした。
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