第84話 大阪市中央区日本橋の塩ラーメン(麺160gヤサイマシマシニンニクマシマシカラメ魚粉)

「中々見応えのある映画だったな」


 仕事帰り。


 映画の日を利用して駆け込んだ難波の映画館。


 そうして鑑賞したのは、とある事情で『逃がし屋』として働く青年の物語。


 音楽にノることで発揮される天才的なドライビングテクニックで数多の犯罪者の逃走を成功へと導いていた。

 

 だが、彼は、本来そんな世界にいるべきではない善良な性根の持ち主で……


 音楽と映像のシンクロの演出が美事で、何より久しぶりにドキドキハラハラとベタな形容をしたくなる映画体験だった。


 そう、すごくハラハラしたのだ。


 ゆえに。


「腹が、減ったな……」


 ハラハラすれば、腹が減る。それは、自然の摂理だろう。


 無理矢理上映時間に間に合わせるために、食事を取る間もなかったしな。


「よし、久々にがっつり食おう……となれば、あそこだ」


 オーソドックスにノーマルの醤油にするか、スパイシーにカレーに行くか、いやいや、ここは塩がいいんじゃなかろうか?


 腹の虫が暴れるに任せて約束された食事に妄想を膨らませていれば、目的の店まであっという間だ。


 オタロードの北側の細道にある、狭いカウンターだけの店舗。


 既にホームグラウンドと呼んでもよい気がする馴染みの店へ足を踏み入れれば、込み合いつつも幸運にも一つだけ席が空いていてすぐに入れるようだった。


 早速、先ほどの妄想による議論に従って塩ラーメンの食券を買い、席に着く。


 麵の量を尋ねられたので160gと答え、


「ニンニクはどうしますか?」


 と聞かれたので、


「マシマシで。あと、ヤサイマシマシ、カラメ、魚粉で」


 とサクッとオーダーを済ませる。


 うん、ドキドキハラハラの次は、やっぱりマシマシだよね?


 後は待っていれば、食事にありつける。


 期待に腹を鳴らしながら、『ゴシックは魔法乙女~さっさと契約しなさい!~』を起動する。


 先日の総選挙イベントの結果、【渚SD】リリーを9枚ゲットして持てあましたりしていたが、現在は初音ミクコラボイベントが開催している。


 フェニックスというDDPを超えるとも言われる新ショットのミクは手に入らなかったものの、★5のワイバーンのリン&レンとGODマグナムのカイトは手に入ったから、よしとしよう。なんだかため込んでいた聖霊石がなくなった気がするけど、大丈夫。


 そんなわけで、ゲットしたリン&レンとカイトのボーナスを存分に利用して初音ミクの想いを集めて、ルカをゲットしよう。


 粛々と周回をこなしている間は、空腹も一時忘れることができる。画面を埋め尽くす弾幕は、なんというか、癒しなのだなぁ。


 そのおかげで、腹の虫の暴動を喰い止めていれば、


「塩ラーメンです」


 注文の品がやってきた。


「ああ、これだよ、これ」


 麵を減らしたことで高さは少し物足りないが、それでも十分なボリュームの野菜の山。


 裾野に並ぶ豚の肉塊と、マシマシの刻みニンニク。


 出汁による濁りを称えた余計な色の混ざってないスープ。


 喝采を送る腹の虫たちに促され、箸とレンゲを手にする。


「いただきます」


 レンゲで崩れないように野菜を抑えつつ、箸を強引にスープの中に浸して麺と野菜半々ぐらいを掴んで口に運ぶ。


「はぁ、生き返る……」


 なんというか、ほっこりする。


 やや強めの塩気によってクッキリハッキリ浮き出る豚の旨みと魚粉の風味のコラボレーション。キャベツ多めの野菜のシャッキリした歯ごたえ。麺のモッチリした食感。バッチリだ。


 醤油だと少々くどかったかもしれない。


 カレーは刺激が強かったかもしれない。


 今の私には、これがベストの選択だったと思える。


 仕事と映画鑑賞で溜まった疲れも吹き飛ぶ味わいだ。


 だが、焦っては零してしまう。


 ここは、めがねっ娘を数えて落ち着くんだ!


 リリー、ブライス、メリッサ、ミュゼット、鈴蘭、ネム、リーヴル、ぱふぇ★、アゲハ、フォレット……学生バージョン五乙女は最終進化させると眼鏡を外すバグが未だ修正されていないものの【女教師】カトレアは最後まで眼鏡を外さなかったので、とても安心した。


 よし、落ち着いたな。


 野菜と豚をスープに沈め、逆にゆっくりと麺を持ち上げていく。


 天地を返す、のではなく、ほどほどにした麺と野菜を混ぜ合わせていくのだ。


 見た目は少々雑然とするが、こうなってしまえばスープも全体に絡んで、後は普通に喰えばその混然一体となった旨さを味わえてしまう。


「おお、みるみるHPが回復していくようだ」


 疲れたら、旨いと思えるものをガッツリ喰うに限る。


 それこそが、根源的な快楽としての『食』だ。


 快楽にとらわれれば、人は少々乱暴になる。


 食のペースが上がり、気が付けば、丼の中身は心もとなくなっていた。 

 

「まだだ。まだ、新たな楽しみを見出すぞ」


 卓上の一味と黒胡椒を手に取り、目分量でドカドカと振りかける。


 赤と黒の斑が、濁ったスープに広がっていく。


 すかさず、グチャグチャと混ぜ合わせ、頃合いを見て口へ運べば。


「……いいぞ、この刺激」


 ちょっと痛いぐらいの胡椒と一味のパンチが口内にヒットして、気持ちいい。


 新たな快楽の門が開いた気分だ。


 旨みと刺激に晒されながら、残った丼の中身をバクバクといく。


 ためらっちゃいけない。


 喰いたいから喰う。それだけだ。


「終わった、か」


 丼の中の固形物はほぼなくなり、粉っぽくなったスープをレンゲで一口、もう一口と名残を惜しみ。


 流石にそれ以上はいけない、と思ったところで水を一杯飲んで未練を断ち切り。


「ごちそうさん」

 

 店を後にした。


「ふぅ、喰った喰ったでクタクタだ」


 ぷっくくく……


 食欲の後の眼鏡欲をリリーで満たしながら、家路を辿る。

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