第83話 大阪市中央区南本町のラーメン(並)+もやキャベ

「ふぅ、なんとかなったな」


 金曜の仕事明け。


 何かと忙しい時期であり最悪休出まであり得た。だが、華麗に問題を解決して事なきを得、週末の休みをもぎ取ることに成功したのである。


「気分がいいから、少し歩くか」


 電車に乗らず、オフィス街を南下してしばし。


 本町に到達した辺りで、


「腹が……減ったな」


 腹の虫が騒ぎ出すのを感じ始めた。


 思いの外、早めの退社に成功したのだ。その時間を少しでも有効活用するなら外食で家事をスキップするというのはたった一つじゃない冴えたやり方であろう。


 ならば、喰うしかあるまい。


「この辺り、麺が充実しているしな」


 まぁ、単純に飲食店が充実しているから相対的に充実しているだけかもしれないが、


「いや、これは充実していると言っていいだろう」


 四つ辻の北東、南東、南西の全てに麺屋があるではないか。


 これは、もう、どれかにいくべきじゃないか?


「煮干し……つけ麺……いや、今はもっとガッツリだ」

 

 そんな訳で、残る一つの店に行ってみることにした。早速、店頭の食券を付近の掲示を観て何にしたモノかと思案を巡らせ始める。


「ごはん無料は18時までか……まぁ、地球との好感度調整のためにも、これは終わっていてよかったと前向きに考えよう」

 

 なら、ライスを別に頼むより、いっそ麺を大盛りにしようか……と魔が差したところで。


「お、野菜盛りがあるのか」


 もやキャベというのがワンコインである。大盛りの追加料金と同じだ。


 ここは麺を増やすより、野菜を増した方がいいだろう。


 塩、坦々と幾つか種類があるが、ここは初めて訪れる店。


 なら、基本のラーメンだろう。


「よし、決まりだな」


 こうして、ラーメン(並)ともやキャベの食券を購入し、厨房をL字に囲むカウンター席のみのオーソドックスな店内へと足を踏み入れる。


 一番奥の席に案内され、食券を出せば好みの調整をきかれる。


「麺は硬め、味は濃いめ、あと、油は普通で」


 ついつい油を減らすのを回避してしまったが、まぁ、いいだろう。


 セルフの水を飲みながら、『ゴシックは魔法乙女~さっさと契約しなさい!~』に興じようかと思ったが、端末の起動に時間が掛かって中々始まらない。


 現状は限定使い魔復刻祭りでドロップが楽しい時期だが、何より、毎日半額十連を一回引ける【氷看】リリーが出てくる『乙女の秘薬ナースガチャ』を回すのが楽しみだ。だから、今、無理にプレイする必要はない。


 その分、今晩こそ【氷看】リリーが引けることを祈りながら、読みかけの小説を読んで過ごすことにする。


 北海道が独立国家となって、そこから青森以南に行った者は『脱北者』として監視されるという中々ロックな設定が楽しい物語だ。まだまだ序盤であるが、めがねっ娘も出てくるようだから要チェックなのである。


 そうして、少しページを進んだところで、早速注文の品の一つがやってくる。


「お先にもやキャベです。ラーメンはもう少しお待ちください」


 告げておかれたのは、丼一杯のもやしとキャベツ。


「え?」


 正直、侮っていた。


 サイドメニューでよくある小皿に盛られた蒸し野菜を想像していたのだが、完全にラーメンと同じかそれ以上の体積がありやがるぞ、これ。


 端的に言えば、マシ程度の量はある。


 微かにごまの香りがするのは、ゴマ油を少々と醤油で味が付けられているからだろう。


「うん、麺を増さずに野菜を増して正解だったな」


 一口食って見たが、結構しっかり味が付いていて、これだけでも充分に楽しめる味わいだ。


 とはいえ、メインはまだだ。


 水を飲んで一息入れて待てば、すぐにラーメンもやってきた。


「うーん、こっちは定番だな」


 丼の一旦に豪快に乗せられた大ぶりの焼き海苔三枚。


 麺の上に乗るのは、ほどよいサイズのチャーシュー、うずら卵、ほうれん草、メンマ少々。


 そして、茶色く濁ったクリーミーな豚骨醤油のスープに、所々覗く太い黄色い麺。


 所謂、家系ラーメンである。


 ほんの数年前までは関西ではほとんど見なかったのに、最近ではそこら中でみかけるようになった家系である。


 『ごはんと共に食す』という文化が馴染んだのだろうな、と個人的には思っている。何せ、大阪ミナミには、ごはんキムチ食い放題のあの店があるしな。


 米と麺は共に食すのである。地方の人はギャグと思うかもしれないが、お好み焼きセット、味噌汁をうどんチェンジとかいうメニューが普通に存在するのが大阪という土地なのである。


 それはさておき。


 食について想いを馳せても腹は膨れない。食を行動に移してこそ、腹は膨れるのだ。


「いただきます」


 先に野菜を腹に入れているので、迷わず麺を啜る。


「ああ、しょっぱい。だが、それがいい」


 濃いめにしたことで容赦ない塩分を感じられるが、その上にクリーミーで麺にガッツリ絡んだスープから豚骨醤油のドギツイ風味を感じられる。


 野菜にも醤油が掛かっていてしょっからいが、夏は塩分摂取大事だからな。気にしないでおこう。


「次は、海苔を楽しむか」


 塩と磯の香りのコラボレーションを楽しむため、海苔で麺を包むようにしていただく。ごはんがあればそちらでやるのだが、今は麺だ。


「ああ、この食い方もありだな」


 おにぎり感覚でいただく麺のなんと心地良いことか。海苔の風味で塩分が少々誤魔化されて少し爽やかに感じられるのがポイント高い。


「うずらは、さっさと行くか」


 海苔で一休みしたところで、一つだけ彩りのように入ったうずらをパクリといけば、甘みのある、君の風味が口内に広がる。そこに追い駆けるようにれんげでスープを口に運べば、家系ならではの味わいを感じられる。


 続いてチャーシューへいけば、柔らかく、スープもしっかり馴染んで豚の旨みが活きていて中々いい塩梅だ。


「そしてほうれん草へ……ほっとするなぁ」


 濃い味の中にあって、ほうれん草の素朴な味わいは癒やしである。


 更に、


「玉葱あるのは嬉しいなぁ」


 刻み玉葱が卓上にあったので入れれば、辛味より甘みが感じられて更なる癒やしとなる。うん、本当、嬉しいぞ、これ。


 そうして、麺を食し、時々野菜を食べ、どちらにしろしょっからいので水も挟み、として半分ほど進めたところで、


「そろそろ、味変の時だな」


 卓上に並ぶ調味料の数々を見る。


 まぁ、最初は決まっているが。


「卓上にすりおろしニンニクがあるのに入れないなどということがあるだろうか? いや、ない」


 スプーン一杯のニンニクを掬い取り、まずは野菜にぶっかける。


「うんうん。ヤサイマシニンニクマシマシって感じだ」


 そのまんまだな。だが、醤油が効いているのもあって、そうとしか言えない味わいである。


「で、当然麺の方にもな」


 次は、クリーミーなスープにクリーミーなすりおろしニンニクを加え、混ぜ合わせる。


「家系は、やっぱりニンニクいれないとなぁ」


 この豚骨醤油にニンニクが加わると、本当、抜群に食が進む味になる。ごはんがあれば、二杯はいける、そんな味だ。


 勿論、それは個人の好みであるが、私はニンニク大好きなのだ。仲間の玉葱も入っていて、そちらとの相性もいい感じだ。


 そうして存分にニンニク祭を楽しんだところで、しっかり醤油を纏って黒みを帯びた残った野菜と、麺の丼を見比べ。


「そろそろ、悪魔合体のときかもしれんな」


 おもむろに野菜の丼を麺の丼の上に翳し。


 中身を全て麺の上にぶちまける。


「おっと、流石に醤油そのものは回避しよう」


 そうして、底に少し醤油が残った丼と、野菜が入ってまた嵩の増えた麺の丼が私の目の前に現れた。


 ならば、喰わねばなるまい。


「殴り合いのような味わいの激突……これは中々楽しいぞ」


 ただでさえしょっからかった麺にしょっからい野菜を足したのだ。薄まるどころかもっとしょっからくなった。


 これはこれで刺激的な食の体験ではあるが。


「流石に、キツいな……何か、ないか?」


 改めて卓上の調味料を見る。


 豆板醤で辛味を足すのもいいが、今はなんだかそれは違う、という気がしていた。唐辛子の味わいは日常的に味わっているのもあるが、そういう刺激ではない。


 なら。


「これだ!」


 豆板醤と共に卓上にあった、細切り生姜である。


「これなら、きっと行ける」


 そう信じてスープにひと掬いぶち込み、レンゲで一口味見すれば。


「そうだ。このさっぱりさが今の私には必要だったんだ!」


 生姜の風味でしょっからさが中和され、ほのかに感じる甘みと相まってどことなくひやしあめを想い出す味わいだ、というのは少し言い過ぎか。とはいえ、生姜味の飲物はやはりひやしあめであろう。


 これなら、スープの最後の一滴まで行けそうだ。


 と思ったときには。


「完まくで~す」


 背後を通り過ぎて丼を見た店員が、そう声を掛ける。


 家系では、スープを飲み干すと「まくり」として何かしら特典が付くことがある。


 この店では、


「このカードをお持ちですか? スタンプが十個たまると一杯無料になります」


 ということらしい。


「ありがとう」


 礼を言ってカードを受け取り。


 最後に水を一杯飲んで一息吐いてから。


「ごちそうさん」


 店を後にする。


「中々いい感じの家系だったな……」


 半ば勢いだったが、いい食の体験となった。


「それはさておき。摂りすぎた塩分を排出するために、もう少し歩くか」


 最低限次の駅までは歩こうと、進路を南へと取る。

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