第82話 東大阪市長堂のラーメン定食(塩味 野菜大盛り 辛め)

 長かった夏休みも最終日。いや、明日明後日も休みだが、それは土日。平日の休みが今日までだということである。


 私は昼飯を求めて街へ繰り出していた。


 日射しの中、布施の繁華街まで足を伸ばせばランチタイムを主張する店が沢山並んでいる。とはいえ、多くの店が付け合わせにアレが入っていて私の入れる店は限られているのだが。


 何を喰いたいかを己に問い掛けながら、幾つもの店の前を通り過ぎたところで、天啓のように閃いた。


「そうだ、ラーメン喰おう」


 かくして私は、近辺の定番のラーメン屋へと向かうことにした。


 昼時には少し早い時間であり、開店直後の時間でもある。


 駅前の黄色い目立つテントの店に辿り着けば、流石に空いていてすぐに入ることができた。


 カウンター席の隅に陣取り、メニューを眺める。


「何を頼んだものか……」


 比較的安価な町のラーメン屋さんといった風情なので、焼飯定食でも千円でお釣りがくる。


 だが、夏休みで少しばかり不摂生が過ぎた気もするので、少々健康のことも考えてもいいかもしれない。


 なら、焼飯は控えて、


「ラーメン定食を」


 白飯で我慢しておこう。あ、ラーメン定食というのは、要するにラーメンとライスのセットである。


 尚、麺だけという選択肢はないので悪しからず。


「あと、味は……」


 この店は、醤油・味噌・塩から味が選べるのである。


 定番の醤油に行こうかと思ったが、せっかくだ。頼んだことのないものに行ってみよう。


「塩で」


 更に、この店は特にどこにも表示はないがある程度のカスタマイズも可能である。


「野菜大盛り、カラメで」


 ゆえに、どこかの呪文的なモノを唱えることもできるのだ。


 最後に、定食の付け合わせをキムチかメンマか尋ねられるので、


「キムチで」


 と答える。


 これでオーダーは通った。後は待つだけである。


 現在絶賛総選挙開催中の『ゴシックは魔法乙女~さっさと契約しなさい!~』をプレイしたいところだが、出撃している時間があるかは微妙だ。おでかけだけ仕込んで終了し、未だ読み終わらないサキュバスに転生した思春期少年の物語を1ページぐらい読んだところで、もう注文の品がやってきた。


「おお、食欲をそそる匂いだ」


 視角より先に、ふわっとごまの香りが鼻腔を刺激した。どうやら、塩ラーメンはごまが塗してあるようだ。


 改めて出てきた麺を見れば、大盛りにした野菜=ネギとモヤシで表面が覆われて中々の絵面だった。


 その隙間から覗くスープは、出汁の色そのままといった感じのやや濁りのある白。


 そして、白飯。


 今日は白い昼食だ。


 丼の表面はネギで緑だが、付け合わせのキムチは赤いが、ノリで言っただけだから、そのツッコミは無粋というモノだ。


「いただきます」


 あれこれ考えても腹は膨れない。


 早速、塩のスープをレンゲで掬って頂いてみると。


「おお、なんというか、どこまでも豚骨だ」


 塩でベースの豚骨の風味をシャキッとさせたような、そんなシャープな味わいが口内に広がっていた。


 うん、想像以上に旨いぞ。これは、当たりだ。


 一口目からもう、勝利が約束された。脂肪フラグも立っているが、気にしてはいけない。


「ネギとモヤシも合うし、いつもの中細ストレート麺にもいい感じに絡んでくるスープ」


 タレを変えて三種の味を提供しているが、その根底にあるのは同じ豚骨出汁である。ゆえに、麺は共通でどれとも合うようだ。


「それに、このごまがいい仕事をしている」


 結構強めの塩味だが、ごま風味のお陰でさっぱりした印象になっているのだ。騙されているだけかもしれないが、より美味しく食べられるのであれば、それはいい仕事なのだ。


 塩分過多??? 水飲んで薄めりゃいいんですよ、そういうのは。


「ごはんも進むなぁ」


 自家製キムチの味と、このスープの味で変化を楽しめば、当然茶碗の中身もドカドカ減っていく。


 派手さはなくとも確かな旨みに溢れた、夏休み最後を飾るに相応しい食の体験である。朝五時までやってるんで、平日でもいつでも来れる店だが。


 野菜をモリモリ食べ、麺をモリモリ食べ、ごはんをモリモリ食べる。


 健康的な夏の昼食。


 そうして、気がつけば、


「ありゃ? 麺も御飯も無くなったか」


 炭水化物が胃の中に隠れてしまい、スープの中には疎らに具材が残るのみ。


 そこで、


「あ、今日は辛味噌入れてないな……」


 ということに気付く。


 この店の唐辛子にニンニクを練り込んだ特製味噌が席においてあるのだが、それを今日は使っていなかった。


 初めての塩の旨みを堪能するために、このまま最後まで入れないのも有りだとは思ったが、やはりあれば使いたくなるのも人情。


 なら。


「ちょっとだけ、入れよう」


 容器の中の小さなスプーンでひと掬いをスープに沈め、レンゲのそこで潰すようにして混ぜていく。


 うっすらと赤身を帯びたスープを口に運べば。


「ああ、うん、そうだ。やはりこの味を体験しておかないとなぁ」


 風味がガラッと変わってしまうのである程度食べた後にしか入れないように気を付けているが、この辛味噌味自体も中々よいのだ。


 ある意味、いつもの旨み、を最後に体験し、丼の中が空になった。


 最後に水を一杯飲んで一息。


「ごちそうさん」


 店を後にする。


「さて、少し腹ごなしに布施の町を歩いてから帰ろう」


 取りあえず、駅前のセガに行ってみるか。


 

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