第81話 大阪市中央区難波千日前の竜巻麺
夏が終わったので大阪に帰ってきた。
次は冬に向けて動き出すのであるが、今はまぁ、のんびりしても悪くあるまい。
ホームグラウンドの日本橋で買い物をして、ちょうど映画の安い日でもあるので映画を観て、と休日を満喫するのが乙というモノだ。
そうして、映画の座席を確保し朝の早めの時間に日本橋へと繰り出し、絶賛コミケ四日目開催中のメロンブックスでサクッと買うべき新刊コミックスをゲットして最初の目的を果たしたところで。
「腹が、減ったな」
そういえば、昨日までの疲れもあって朝は食欲がなかった。それで軽く済ませたのだが、こうして慣れた地の空気を吸って身体が回復し、胃腸も働き出したのだろう。腹の虫は、朝方が嘘のように食い物をよこせと暴れている。
「この暑さ、辛いモノが欲しいが……」
そうして、ぱっと思い付いたメニューはある。この夏の内に一度は食べておきたいメニューだ。しかし、それは辛党の私がそこそこ辛いと認識するメニューである。
「とはいえここで胃腸に無茶をさせるのもなんだなぁ……」
いきなり激辛はその後が大変なことになる恐れがある。
であれば、適度な辛さを……
と思って店を探して歩いていたところ、通りがかった店にちょうどいいメニューの看板が出ているのを見付ける。
「竜巻麺……って、なるほど、要は台湾まぜそば、つまりは名古屋飯風か」
台湾と名古屋の関係が紛らわしすぎて、最近、近くに名古屋の方の台湾ラーメン出す店ができ、しばらくして、気に入っていた本来の台湾ラーメンを出す店が閉店したことを思い出して少々複雑な想いを抱くが、それはさておいて、今の私のニーズにこれは嵌まる。
限定メニューではあるが、開店間際のこの時間なら確実にあるだろう。
席も空いているようだし、何より腹の虫がもう我慢の限界を訴えている。
迷わず店内に入り、目当ての食券を確保して席に着く。
「ニンニクはどうしますか?」
と店員に聞かれるが、この店はマシたりはできない。純粋に入れるかどうかの問いなので、
「入れてください」
とだけ返して出された水で外の暑さで失われた水分を補給する。
そうして、現在総選挙イベント開催中の『ゴシックは魔法乙女~さっさと契約しなさい!~』を起動して、リリーの想いを集める。絶望的な戦いの様相を呈しているが、それでも、躊躇うことなく好きなキャラを応援し続けるのが愛っていうものだ。
ほら、愛は躊躇わないことだと偉大なヒーローの主題歌でも言っていただろう? 振り向かない若さは既に失ったかもしれないが、躊躇わない愛ならいつだってこの胸にあるんだ。
帰りの新幹線では東京~大阪間ずっと応援し続けて人生で最短に感じる新幹線旅立ったぐらいの愛で、今日も応援する。
だが、APが切れてしまった。
消費しきれないこのタイミングで石を割るのも勿体ない。
そうして、応援を切り上げてサキュバスに転生した思春期少年の物語を少し読み進めていると、注文の品がやってきた。
「なるほど『竜巻』か。中々の絵面だな」
中心に甘辛と思しき挽肉が盛り付けられ、丼の周辺部を刻みネギ、きざみニンニク、解し豚、刻み海苔、刻みニラ、フライドオニオンが囲んでいる。その様が『竜巻』なのであろう。
そして、挽肉の頂点に卵黄が乗っていたのだが、
「お、こいつ、生きとるで」
見ていると、すっと滑り落ちて焦ったものの、フライドオニオンの上に着地して丼から零れ出ずに済んでホッとする。
また、盛り付けの隙間からは、基本メニューのモヤシとキャベツが覗いている。
「さて、まぜよう」
壮観ではあるが、眺めていても仕方ない。これをデロデロのぐちゃぐちゃに混ぜてこそのまぜそばである。
レンゲと箸を手に、零さないように気を付けながら、天地返しの要領で底から麺を引っ張り上げて具材を底に押し込んで、グルグルと混ぜ合わせる。
「これも込みで竜巻、か」
失敗しても変なものはできない安心のグルグルをしばし堪能して、ぐちゃぐちゃでジャンクないい感じの見た目になってきたところで、いよいよ麺に齧り付く。
「ん? 魚介?」
意外な味がして、驚かされる。
てっきり、台湾まぜそば特有の旨辛系の味がするかと思えば、魚介系つけ麺の方に近い味がしたのである。
「そういえば、盛り付け時に魚粉も入れていたな」
どうやら、名古屋的台湾まぜそば風でも、かなりアレンジされたもののようだ。
とはいえ、驚かされたとはいえ、これはこれで食欲をそそる味である。モリモリ麺を口にすれば、
「お、豚の風味……まぜそばは挽肉やこうしたほぐしがいいな、うん」
豚がまざり、
「ニラの風味……うん、シャキッとした食感も含めいいアクセントだ」
ニラがまざり、
「刻み海苔と魚粉だと、すっかり和風だな」
海苔がまざり、
「ネギと魚介もまた、いいな」
ネギがまざり、と、喰う場所に寄って色んな具材が麺と絡んできて、その度に、様々な味わいが口に広がるのがとても楽しい。
これがまぜそばの醍醐味か。
また、食べている内に。
「ああ、タレもいい感じに馴染んできた」
段々と挽肉と旨辛のタレも全体に行き渡り、魚介の中に台湾まぜそば的な味が加わってくる。最初魚介が効いてたのは、底に入っていたタレが混ざりきっていなかったのもあるようだ。
「でも、この味のグラデーションもまた、まぜそばの楽しみであろうな」
カップ焼きそばのソースは中々均等に混ざらないものだが、だからこそ食べる場所によって味が変わってくるのを楽しむ、そういうまぜだからこその不均一の楽しみだ。
「しかし、まぜそばはペースが速いな……」
結構なボリュームがあったはずだが、気がつけばもう、無くなりそうだった。
底が見えたところで、タレを掬って口に運んでみれば。
「うん、色々混ざっていい感じにジャンクで旨いな」
明らかに身体に悪そうな味だが、いい味だ。
とはいえ、麺のスープよりまぜそばのタレは濃い。流石に完飲はさけねば。
タレの中に残った具材を救済して、なんとか固形物だけを食い終わったところで箸を留め。
水を一杯飲んで口をリセットして食の世界から現実へと帰還する。
「ごちそうさん」
器とコップを付け台の乗せ、店を後にする。
さて、ビルの谷間の暗闇に怒りの目を光らせていそうなヒーローの映画までは、少し時間がある。もう少しオタロードを散策してから、映画館へ向かうとしよう。
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