第80話 東京都千代田区神田駿河台のマシライス(ライスを麺に変更300g)
夏が明日に迫っていた。
上京している私は、せっかくなので夏の準備をすべく国際展示場で汗を流してきた。万単位の机と椅子が、仕事でも訪れることのあるこの展示会会場に人海戦術で並んでいく光景は圧巻である。
その光景の一部となれるのは、自己満足であれど嬉しいものだ。
設営が終わった後の反省会という名のスクワット大会にも参加し、当たりは引けなかったものの勝利を収めて退出する栄誉に与かり満足して会場を後にすれば、もう夕刻だ。
「腹が、減ったな」
年相応の負荷ではあれど、日ごろやらない肉体労働をして、体を心地よい疲れた包んでいる。
今なら、少々がっつり食ってもいいかもしれない。
「なら、気になってるアレに行ってしまおう」
旅先での食は一期一会。同じ店に何度も行くことなどそうそうないのだ。
だからこそ、私は東京に来ると必ず食べに行く店に行くことにした。
りんかい線乗り入れで大井町までいき、そこから京浜東北線で秋葉へと。
「……開店まで微妙な時間だし、歩くか」
時々眼鏡を掛けたイラストが出てきてどうしていつも掛けていないのか問い詰めたくなる牧瀬紅莉栖が、秋葉のラボと御茶ノ水のホテルを気軽に行き来していたが、それができるぐらいに御茶ノ水と秋葉は近いのだ。
そういえば、萌郁が活躍するシーンがいくつも登場する『 Steins;Gate 0』もアニメ化するのだったな。彼女と真帆のコンビはとてもいい。
そんなことを考えている間に、目当ての店にやってきた。
ちょうど、開店時間。一番乗りだ。
さっさと店に入り、『マシライス』の食券を購入する。
もしもこの現実が、麺を喰らうたびに何かを書き記すという企画の世界であればルール違反と思われるごはんメニューだが、そうではない。
「お好きな席にどうぞ」
と案内されて適当な席について食券を出した私は告げる。
「ライスを麺に変更。300gで」
そう。ここは米の銘柄や炊飯器にも妥協しないぐらいにご飯ものも充実している店である。だが、麺屋だ。多分。恐らく。
だからこそ、このような芸当が通用するのである。
次に入った客も同じ注文をしていたので、別に通を気取ったわけではなく、この店ではライスを麺に変更するなど、当たり前のことなのだ。
「さて、応援だ」
注文を通したところで、『ゴシックは魔法乙女~さっさと契約しなさい!~』を起動して、リリーステージに出撃する。
現在、ゴ魔乙では総選挙イベント開催中。五乙女、五悪魔の中でトップになったコンビで新曲を収録するという豪気な企画である。
もちろん私は、リリーを応援している。
だが、彼女は現在五悪魔最下位。相当の差が四位のジギタリスとの間に開いているが、それでも私は応援するのだ。脇目も降らず。
金の力で手に入れた宝箱ボーナス付きのリリーのカオスウィングで敵を蹴散らしながら、ステージを巡回してポイントを稼ぐのだ。
すべては素敵めがねっ娘ダジャレ女子、リリーのために。
そうして、運よくすべて金の宝箱をゲットして大量の応援ポイントを獲得したところで、注文の品がやってきた。
丼に盛られた麺の上に、しっかり味のついたオイリーな豚そぼろ。しかも適度に脂身を含んでいるのが心憎い。その上に、燦然と輝く卵黄。
更に、もともとライスメニューだからと刻み玉ねぎの入ったスープ付きなのも嬉しい。
「これは……旨くないわけがないオーラがあるな」
これは、明らかに体によさそうじゃないオーラとも言うが、そこは気にしてはいけない。脂肪フラグを回収しても死亡フラグにつなげない不断の努力があればいい。
覚悟を決めて、箸を手に麺を啜れば、その時点で心をつかまれ腹の虫が歓声を上げ始める。
「麺にあらかじめタレがなじませてある……だと」
そう、麺の時点ですでに旨い。そこに、この脂身入りそぼろを絡めたらどうなるんだ?
こうなってしまえば、まぜそばのようなものだ。
もったいつけず、まぜてしまおう。
麺を引っ張り上げて卵黄ごとそぼろを巻き込むようにしてぐちゃぐちゃぬちゃぬちゃびちゃびちゃとまぜる。こんなところで上品さなど不要だ。
そうして、すべてが混ざり合ったところで、再び啜れば。
「……こ、これは、ヤバい」
思わず、口から光を吐いて大阪城を着てしまいそうな勢いで脳に旨みが叩き込まれてくる。流石に、店でそれをやっては出禁になる。そうなると二度とこれが食えなくなる、そんなのは嫌だ。
そんな理論で己を抑え込んで、どうにか踏みとどまったが、これはヤバい食い物だ。
「まさか、ライスを麺にしただけで、これほど化けるとは……」
ライスもまた旨かったが、麺との相性も抜群だ。正直、一口喰った時点でレギュラーのまぜそばより、こちらの方が好みだと直感する。
「箸が、箸が止まらない……」
勢いよくずるずると啜れば、豚の風味をベースとした殴りつけるような旨みのラッシュが脳髄に直撃してくる。
ときどき、中華スープをベースにしたと思しき付け合わせの玉ねぎスープで脳をクールダウンしながら、そのラッシュを甘んじて受け続ける。
だが、それだけで終わりにしたくない。
「この味に、更に、パンチを足すんだ」
卓上の刻みニンニクをたっぷり振りかけ、まぜれば。
「あの量のニンニクに負けていない。いや、むしろ旨みが際立つとは……」
拳のラッシュに蹴りが織り交ぜられたような旨みのコンボ。何ヒットになったのか、もうわからない。
むさぼるように麺を啜り続けるが、まだだ。まだ終わらんよ。
「これだ。これを足すのだ」
卓上のマリーシェイプス……は流石に量を間違えると味をぶち壊す危険があるので数滴にとどめ、足りない分を唐辛子を振りまいて更なる刺激を加えてしまう。
「ああ、幸せとは、こういうことなんだ」
拳と蹴りで痛めつけられ、最後に
すでに、脳を休めるためのスープはなくなってしまった。
打ちのめされて多幸感を感じて。
そうしているうちに、丼は空になってしまっていた。
「もう、ない、のか……」
意地汚く丼の底に残ったタレの残滓をこそいで口に運ぶ程度に名残を感じながらも。
水を一杯飲んで脳をリセット。
どうにか現実世界に己を引き戻し。
「ごちそうさん」
店を後にする。
しかし今回は、なんとも激しい食の体験だった。これもまた、旅の楽しみかもしれない。
そうそう来ることのない店に別れを告げ、腹ごなしがてら秋葉へと足を向ける。
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