第79話 東京都千代田区神田駿河台のすごい冷やし中華(麵300g)+豚マシ
夏が間近に迫っている。
だから私は、東京へやってきた。夏に備えて。
「そうして東京に来たなら、あの店に行ってしまうんだよなぁ」
とはいえ、これは仕方ないだろう。旅先のお気に入りの店は、近所のお気に入りの店よりも結果的に足繁く通ってしまうものだ。
「●●へ旅行にいったら、お昼は必ず××で食べるの」
みたいなことを語る人は、結構いるだろう?
私にとっては、●●に東京を代入し、××にこの店を代入することで上記命題が成立するのである。
ゆえに、足繁く通った結果、夢のカリカリ肉麺重はいつの間にかレギュラーから姿を消してしまって食えずじまいではあるが、その他は大体喰った気がする。
とはいえ、アレンジメニューでまだ挑戦していないものもある。
それにいくべきか、とも思ったのだが。
「夏だけに、冷麺……冷やし中華に行くか」
この決断は、私にとっては相当に重いものなのである。
夏になると、数多の麺屋が冷やし中華を出すが、私にはその映像が冒涜的なグロ画像に見えているのだ。なぜか必ずのように乗っている、あの緑の物体のせいで。
残念ながら、私の感じているグロさを理解してもらえず、抜いてくれと言っても平気で忘れてそのまま入れられることも多い。
ゆえに学習し、毒物が入ったメニューは信頼できる店でしか頼まないことにしている。一見の店では、店頭のサンプルの付け合わせにあれがあったらアウトで入らない。
ちなみに、どのぐらいグロく感じているかといえば、あの緑の物体をその辺にいる虫に置き換えてそれがうぞうぞ乗っている映像を想像してもらえればと。私には、それと変わらないレベルの嫌悪感というか、昆虫食は平気なので芋虫とかだったらそっちの方が平気なレベルである。
そして、この店は元々カスタマイズありきの店なのである。場合によれば、ご飯を麺に変更ということまでやってくれるのだ。
だからこそ、あgほぺあjtpへわjぱえ@がsdpgじょspq:抜きも安心して頼めるのだ。名状しがたい植物が入ってくる心配は限りなくゼロ。
基本的に冷麺は好きなのだ。だが、あれのせいで外では食えない。
その制限を確実に取り払ってくれるこの店は、本当、関西進出が待ち望まれる。
道すがらそのようなことを考えつつ、目当ての店にたどり着けば。
「お、昼時ながら、これならすぐいけそうだな」
少々並んでいるが、空席もある。片付けなどが終われば、列もはけてそう待たなくて済みそうだった。
僥倖だ。
「なら、さっそくすごい冷やし中華の食券を確保して……」
そこで、誘惑があった。
この店の売りは豚だ。だからこそ、どのメニューでも、トッピングを追加できる。優良ながら、マシできるのだ。
「いっちゃおう」
少しでも新しいことには挑戦すべきであろう。
そうして、待合席に通されてすごい冷やし中華と豚マシの食券を店員に出しつつ、
「麺は300gで、あgほぺあjtpへわjぱえ@がsdpgじょspq:抜きで」
とカスタマイズを示す。もちろん、『あgほぺあjtpへわjぱえ@がsdpgじょspq:』は店員に通じる言葉で絞り出したが、私個人の中では言葉にならない未定義の動作なのである。
「さて、待つか」
ここで、『ゴシックは魔法乙女~さっさと契約しなさい~』をプレイしたいところなのだが、メンテ前ということで東京までの道中で AP を使い切ってしまっていた。なので、出撃はできず。おでかけを仕込んでも、時間は余る。
「なら、続きを読むか」
思春期の少年が、サキュバスに転生して白濁液をゴックンしないと生きていけなくなってしまった御華詩を読む。あ、当然『白濁液』とは牛乳のことである。
ふむふむ、TSの勘所がわかりやすく描かれていて、色々と勉強になる、と思っていると、まとめて数人喰い終わったのもあって一気に列がはけ、
「こちらの席にどうぞ」
と座席に案内された。
サキュバスになった少年の物語を引き続き読み進めていると、先に注文を通してあっただけあって、ものの数分で注文の品はやってきた。
「ああ、この一般的な冷やし中華とは一線を画する見た目……美しい」
あgほぺあjtpへわjぱえ@がsdpgじょspq:抜きのおかげで、グロくない。むしろ、美しい。
褐色のタレを纏った豚焼肉に、白いガリ、そして、三分の一ほどを埋めるタルタルソース。さらに、薄切り焼肉の中に鎮座する、巨大な肉塊。
とても、冷やし中華には見えないのが、すごい所以だ。
「いただきます」
箸を手にして、まずは具材で見えない麵を引きずり出して啜る。
「うん、ベースはオーソドックスな冷麺の味なんだよなぁ」
甘酸っぱい、定番の味に近い。
だが、まず、麺がマシュマー・セロの愛機の一つハンマ・ハンマ、失礼、噛みました、バキバキである。ただでさえ固めの麺を冷水で締めているのだから当然だ。
この食感もまた、すごい。
「で、こいつらだな」
まずは、焼肉とともに麺を啜れば、酸味のあるタレに追加される焼肉のタレが合わさり、強烈な味になる。なんだか体に悪そうに感じるが、それはつまり、旨いということだろう。
そこに、更に重ねるタルタルソース。
卵白の柔らかい味わいと酸味を纏った玉ねぎのピリッとした風味とシャキッとした歯ごたえが楽しい。
最後に、ガリ。
箸休め的な意味合いではあるが、甘くキリっとした生姜は暴力的な味をいったんリセットして再度刺激を味わう助走になる。
とても、バランスがいい。完璧だ。あgほぺあjtpへわjぱえ@がsdpgじょspqなど邪魔なだけだ。
その中にあって、マシた豚に行ってみれば。
「あれ? 思ったよりこない?」
てっきりこれもタレに使ってガツンと来るかと思っていたのだが、ほろほろになるまで煮込まれたそれは、豚本来の味わいが口いっぱいに広がる素朴な味わいであった。
「なるほど。だからこそ、なんにでも合わせられる、ということか」
これは、ベースなのだ。
味は、それぞれのメニューの味に従う。それでいて、豚本来の味だけは決して弱めない。だからこそ、オールマイティなトッピングとして成立しているに違いない。
「うむ、冷麺のタレと焼肉のタレとタルタルソースの混合物に浸した、豚、いいぞ」
推理通り、酢入りの味にも問題なく馴染む心強い肉塊だった。これなら、豚マシマシでもいけそうだ。
そうして、何もかもが混ざり合った味の暴風雨の中をある程度進んでいったところで、
「これも入れねばな」
卓上の刻みニンニクを手に取る。
豚にニンニクが合わないはずがない。
「さぁ、難しく考えず放り込むぞ」
スープンで適当に掬い、適当に振りまき、適当に混ぜる。
それでいい。それがいい。
「ああ、タルタルの玉ねぎと混ざり合って、素晴らしいな」
玉ねぎとニンニクは同族だ。だからこそ、合う。
そこに、肉が麺がタルタルの卵白が、口内で絡み合いくんずほぐれつして、脳に多幸感を叩きつけてくる。
「ああ、すごい。すごい冷麺……冷やし中華だ」
冷麺の方がなじむので、ついつい冷麺と口にしてしまうのは許してほしい。これを文字に起こせば表記ゆれと取られそうだが、違うからな。
ともあれ。
「う~む、一気に行ってしまったな」
気が付けば麵も豚もいなくなり、白濁し褐色のタレが丼の底に残るのみとなった。ごっくんしてしまいたいが、さすがに全部は今更だが体に悪いだろう。
「一口だけ」
とレンゲで十口ほど啜り、多幸感の名残を味わい。
水を一杯飲んで口内をリセットして未練を断ち切り。
「ごちそうさん」
店を後にする。
これで、旅を乗り切る栄養は万全だ。
その万全の体調で、まずは神保町を歩くとしよう。
読子さんの息吹を、感じるために。
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