第75話 大阪市浪速区日本橋の肉そば(冷)大
無限に広がる大宇宙……というとあまりに陳腐な表現だとどこかの上司に恵まれたのか恵まれないのか遺伝子にまで服従を強いられた一族の始まりがそんなことを言っていた気がする。
最近、その新作がテレビアニメで復活しているらしいが、それはまた別の話として。
人類の平常運用である戦争を宇宙でも繰り広げられる物語の世界ではなく、未だ地球外生命体との邂逅を果たさぬ地球人類。
近隣の惑星である火星探査がようやく現実化し、大地のサンプルを得ることに成功する。しかも、その中には、未知の生命体がいたのだ。
初の地球外生命体との出会いに熱狂する地球人類。
だが、その生命体は、やがてクルー達に牙を剥き……
という感じの映画を休日の朝を利用して観た帰りのことである。
ついでに、夏の準備でカタログも買ったりして、午前中であるにも関わらず既に充実した休日を過ごした感満載であった。
だが、だからこそ。
「腹が、減ったな……」
朝早めに出たので、必然的に朝食も早い。昼前ではあるが、お腹かが減ったときが飯時なのだ。
「よし、何か喰って帰るぞ」
そうして、普段とは少し違う方面に足を運ぶと。
「こんなところに、新しい店ができてたのか」
ちょっと変わった蕎麦を出す店のようだ。ラーメンな気分だったが、どうやらラー油も入っているらしい。ラー油と麺類があれば、ラーメンに他ならないから、大丈夫だろう。
何かに言い訳するようにそんなことを考えつつ、店に入ることにした。
厨房を囲むL字型のカウンターのみの構造。新店だけに、とても綺麗な店内だった。
さて、まずは食券だ。
「って、解り易いメニューだな」
肉そばの冷か温かだけ。後はサイドメニューやトッピングというシンプルさ。
暑い季節だここは、
「肉そば(冷)……大だな」
何、特盛りまであるから、これは実質中盛りだ。
そうして、手近なカウンター席に着いて食券を出す。
開店から少し過ぎた程度の時間で、先客が多い。しばらく時間が掛かりそうだ。
いつものごとく『ゴシックは魔法乙女~さっさと契約しなさい!~』を起動する。今月は毎週土曜のスコアタの報酬が七夕リリーなのである。頑張らねばならないが。
「うげ、ミスった……」
欲が目を眩ませたのか、ソードのラナンが被弾してスコアは伸びず。とはいえ、ランキングに入れなくても、毎週参加すれば一枚はもらえる良心的なイベントなのでよしとしよう。
そう、自分を慰めていたところで、注文の品がやってきた。
「これは、中々個性的な蕎麦だな」
麺の上には、豚肉がどっさり敷かれて更にネギと海苔が山盛りになっていた。
汁は、ラー油が入っているからだろう。ざるそばの汁とは違って見るからに脂ぎっている。
食欲を刺激するビジュアルに居ても立っても居られない。
「いただきます」
箸を手に、肉の下から蕎麦を引っ張り出して汁に付ける。
「って、蕎麦太っ!」
今までみたことのない太さの蕎麦だ。そのもの、つけ麺の麺の蕎麦版といった風体。
「しかも堅っ!」
やたらモチモチとしていて、食感も普段食べている蕎麦とは一線を画する。
「ともあれ、旨い」
ラー油の入った汁は、焼き肉のタレとかを感じさせる甘辛い味わいで、存在感のある蕎麦に全く負けていない。
「肉も、勿論合うな」
というより、それに合わせた味に思えてくる。完全に焼き肉感覚で喰える。
「しかも、天かす入れ放題、か」
ならば入れねばなるまい。
「なるほど。味のプラスもあるが、それより、サクサクした食感がいいな」
ふやける前に蕎麦に絡んでくるのがとても嬉しい。
「次は、ローストガーリックもいってしまおう」
小瓶の入った褐色のニンニクを汁に振りかける。
「ああ、焼き肉食ってる感が更に増幅される」
香ばしさでニンニクのドギツサが中和されていて、おやつのようにそのままポリポリいけそうなお味だ。
とにかく、食が進む。
大ボリュームの蕎麦だが、それでも、箸が止まらない。
「……だが、そうなると、これも行きたいなぁ」
諸事情あって、普段は卵を一切食べないようにしているのだが、この店の売りは卵も入れ放題だと言うことだ。
この店の味は、卵を入れて完成する、とも言えるだろう。
なら。
「入れないのは、失礼に当たるな」
何年ぶりか解らない勢いで卵を割り、汁に入れる。店員には黄身だけをお勧めされて白身用の容器まで用意されているが、汁も減ってきていたので、伸ばす意味合いで白身ごと投入する。
ぐちゃぐちゃと混ぜれば、あっという間に黄色くとろみを帯びる汁。
「さて、お味は……」
掴めるだけの蕎麦を掴み、汁を潜らせ、口へ運べば。
「卵って、本当、凄い食料だなぁ」
久々に味わう卵に、妙な感動を覚える。
そして、この瞬間、さっきまでの焼き肉感覚が、すき焼き感覚に切り替わる。
蕎麦の器から肉を取って入れれば、完全にそんな感じだ。
「……あれ?」
気がつけば、蕎麦の器は空になっていた。
そういえば、あれだけ騒いでいた腹の虫もすっかり大人しくなっている。
やはりこれは、蕎麦というよりラーメンつけ麺側に属する食物だ。
「とはいえ、まだだ、まだ終わらんよ」
汁はまだ残っている。そこに、天かすを足し。
「これが、あるんだ」
備え付けのポットから、そば湯を注ぐ。
「あ、なんか、ホッとする匂い」
そば湯は生姜が入っているようで、その香りが、これまでがっついていた己の心を少し落ち着けてくれる。
急に趣を変えたそば湯割りを、レンゲで掬って口に運べば。
「う~ん、最後は、ひやしあめ、だな」
甘辛い味に、生姜の風味が合わさって、本当にそういう味に感じられたのだ。
これまで新鮮な味わいを感じていたのに、ここで懐かしい味わいになるとは、とても楽しい食の体験である。
レンゲで掬うのも面倒になり、器を掴んで口に運び。
飲み干す。
「あ、底にガーリック残ってる」
レンゲでそれも掬って救い口へ。
完全に、器は空になったところで、
「ごちそうさん」
店を後にする。
「お幸せに」
どうやら幸せに拘りのある店のようで、そんな言葉が返ってきたのもまた、新鮮だった。
「さて、帰るか」
夏が近い。夏に向けての準備が、まだまだある。
ライフに寄って夕飯の食材でも買って、帰るとしよう。
家路を辿るべく、駅へと向かう。
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