第74話 兵庫県尼崎市南塚口町のはまぐりごま味噌ラーメン

 面白そうな映画の情報を観て、「お、これは観に行かねば!」と思ったものの、最寄りの劇場での上映が終わってしまってがっかりする、なんて経験はないだろうか?


 最近、私もやらかしてしまっていたのだが、どうやら神は私を見放していなかったらしい。


 少し遠いが、現在尼崎でその映画が期間限定上映しているという情報を掴んだ私は、


「来てしまった……」


 仕事を無理矢理終えて隣県まで足を伸ばしていた。


「ま、こういうのは勢いが大事だからな」


 かくして私は、久しぶりに阪急電車に揺られ、数え切れないほど通り過ぎたがほとんど降りたことのない夕暮の塚口駅に降り立っていた。


「それはそうとして」


 仕事を終えてそのまま来たのだ。


 時間もちょうど頃合い。


「腹が、減ったな……」


 幸い、目的の劇場はショッピングモール、というかなんだかデパートという方がしっくりきそうな雰囲気の施設の中にある。


 食事処には困らない。


「少し歩いてみるか」


 飲食街らしき一角へ足を向け、うろつくことしばし。


「お、ここはなんかよさげだな」


 少し奥まったところにある、賑やかにあれこれメニューの書いたポップが並ぶ店舗に目を留める。


 味噌をメインに、つけ麺、醤油に塩に、ワンタン麺。


 これなら、選択肢には困らない。


 余裕があると言っても、厳選しているほどの時間はない。インスピレーションを信じてこの店に入るとしよう。


「いらっしゃいませ」


 一人だということで、手近なカウンター席へ案内される。


 小さなテーブルと、厨房を囲むカウンター席。壁に沢山貼られた様々なラーメン屋一品のメニューが並ぶ。なんだか、ラーメン屋というよりは中華料理屋という風情だと思っていたら、


「ん? 隣の中華料理屋のメニューも頼めるのか」


 というか、どうやら隣接する中華料理屋とは姉妹店のようだ。


 そうして店内を見渡していると、店員がお茶を持って来てくれる。


「ご注文はお決まりですか?」


 ということだが、実は店の前で気になるメニューは決めていた。


「はまぐりごま味噌ラーメンを」


 貝出汁ラーメンはそこそこ店舗はあるが、はまぐり味噌は初めてだ。ならば、行くしかないだろう。


「あと、ミニチャーハンも」


 セットにすると安いので思わず頼んでしまう。並や大にしなかっただけ、節度があるというものだ。


 そうして、待ち時間に『ゴシックは魔法乙女~さっさと契約しなさい!~』をプレイしたいところだが、今日から新イベントということで起動すると更新が走ってしばらくはプレイを開始できない。更新中に麺が来てしまうと色々とややこしいので、リリーの姿を拝むのはぐっと我慢して、ジャンプを読む。


 今週の『潔子さんを探せ!』に挑むも見付けられずに落胆しつつも、他にも最近のジャンプはめがねっ娘が豊富で充実しているなぁ、とか思っていると、注文の品がやってきた。


「ふむ、これは中々壮観だな」


 そのままといえばそのままだが、味噌ラーメンの上にずらりとハマグリが乗っている。チャーシューメンで丼の外周に沿ってぐるりと盛り付けるのがよくあるが、あのチャーシューがハマグリになったような見た目、といえばイメージできるだろうか?


 丼の中心には太いモヤシがたっぷり。その上には刻みネギが塗されている。この辺りは、オーソドックスな味噌ラーメンだ。


「こっちは、ミニだけあって小ぶりだな」


 チャーハンは、小皿に丸く盛り付けられた半膳ぐらいの量。これが節度だ。


 更に。


「お好みでどうぞ」


 と店員が追加で席に置いていったのは、薬味の入った缶だった。これは、後の楽しみにとっておこう。


「いただきます」


 腹の虫に急かされ、箸でそうそうに麺を啜る。


「硬めの極細麺か……うん、こういうのもスープがしっかり絡んでいいな」


 これまで、味噌だと柔らかめの太麺が多かったので、新鮮な食感だ。


 味はごまの風味を感じられる看板に偽りのない味噌味。そこまで濃くなく、比較的あっさりしている印象だ。入っているのはハマグリだが。


「ハマグリ……なんか、完全に味噌汁食ってる気分だが、これはこれでいいな」


 身を外して殻をガラ入れに移しながら、二つほど食べてみる。ハマグリの出汁がどうこうよりも、ハマグリと共に食すのがいい感じだ。


「この中で、太もやしは存在感あるなぁ」


 定番の具材だが、シャキシャキした食感が楽しい。


「さて、チャーハンは……」


 中華屋と一緒になっているので、強火でパラパラにしてる系かと思ったら、しっとり系だった。


 味はありふれた素朴な中華味というか。だが、それがいい。


「では、そろそろ、出番かな」


 半分ほど食べたところで、薬味に手を付ける。


 それは、少し弱めに感じたスープに足りないモノをきっと補ってくれるであろう魔法の薬味。


 剥きニンニクとクラッシャーのセットだ。その時点で、とても強い。


「おお、これはこれは……」


 クラッシャーにニンニクを一欠片セットし、挟み込んで潰していけば、外側の穴からすり潰されたニンニクがジワジワと溢れてくる。ついでに、強烈に匂いも漂ってくる。


 素晴らしい。


「もう一欠片いっちゃうぜ」


 なんだか楽しくなってきて、更に追加。


「ふふ、これは、きっと、凄いぞ」


 手早くスープをかき混ぜ、麺を啜る。


「これだこれだ。ニンニクが加わって、新たなステージに突入したぞ」


 完全に姿を変えたスープは、文句なくガッツリ系の味わい。味噌の風味なども引き立てられて、先ほどよりも濃くコクが感じられる。


「このスープの味が残る状態で食うチャーハンも素晴らしい」


 こうなれば、当然、食べるペースも上がっていく。


 あっという間にチャーハンを平らげ。


 ハマグリの殻がガラ入れに山盛りになり。


 丼の中身から、固形物が姿を消していく。


 だが、そこで止まらない。


「これは、食後の味噌汁だ」


 だから。


「全部飲むのが当たり前だろう?」


 ニンニクをたっぷり含んだ強烈な味噌スープを丼を抱えてゴクゴクいく。背徳的な多幸感が脳内に溢れてくる。


「ふぅ……」


 カウンター戻した丼は、空っぽだ。


 最後に、お茶を一杯飲んで一息。


「ごちそうさん」


 会計を済ませ、店を後にする。


「しっかり活力を補充したところで、映画に臨むか」


 待望のボリウッド映画を観るべく、劇場へと向かう。

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