第73話 大阪府大東市赤井のラーメン小ヤサイマシニンニクマシマシ
「まだ、好感度は下がらないのか……」
あれだけ踏みしめたにもかかわらず、地球の私への好感度はほとんど下がることはなく、未だに強い力で引き寄せようとしてくる。
これが人徳というヤツであろうか? 全く、困ったものだ。
そんな馬鹿馬鹿しいことでも考えて気持ちを切り替えつつ、私は所用で出掛けていた
それほど頻繁に出向く方向でもないため、こういうときは何かいつもと違うところへ立ち寄るのも一興だろう。
そう、まっすぐ帰るよりも、より大地を踏みしめて万有の力を少しでも弱める方がいい。
「さて、どこに寄るかだが、せっかくならおもしろい方がいいよな」
無難な方向を目指すよりも、おもしろい方を目指す方が人生は楽しいものだ。
変に我慢せず。心の赴くままに。
たとえ、
「これ以上地球の好感度を上げることになっても」
それもまた一興、と一笑に付す程度には、おもしろく行きたいものだ。
「なら、決まりだな」
ちょうど夕食時。中々行く機会のない店に向かうことに決め、私は大阪市内に達する前、大東市で電車を降りたのだった。
すると、何やら駅前の広場に屋台が出てちょっとしたお祭りが開かれていた。
今日は、ジャスティ・ウエキ・タイラーやホシノ・ルリの誕生日だと思っていたが、
「そうか、七夕でもあったな」
短冊の吊された笹が並べられた光景に、ピンと来た。
すっかりそういうイベントごとに疎くなって、言えない気持ちを抱いたまま地図にない旅を続けるダウンタウンダンスでわたしらしくありたい気分だ。
って、どういう気分だ、それ?
賑やかな駅前をそんな夢が明日を呼んでいるような気分で通り過ぎ、目的の店へと向かう。
微妙に駅から離れているが、道順はなんとなく覚えている。
ほどなく、目的の店へと辿り着いた。
「お、すぐ入れそうだぞ」
並ぶのを覚悟していただけに、これはありがたい。
すぐに店内へ入り、食券を購入する。
「流石に、麺は控えるか」
プラスチックの食券に、白い洗濯挟みを付ける。これで、麺は200g(=一般的なラーメン大盛りより少し多いぐらい)まで減量される。
そうして、セルフのおしぼり水レンゲ箸を確保して、L字型で厨房を囲むカウンター席の一角に座り、食券を出す。
トッピングは後になるので、今は待つだけのターン。
『ゴシックは魔法乙女~さっさと契約しなさい!~』をプレイして待ちたいところだが、移動中にAPを使い切ってしまっていた。今のイベントのスコアタステージが火と風でリリーの出番がない。
更には、それなりの難易度のために
そんな訳で、読書をして待つことにする。最近その中の一本が映画化された、寡作で知られるSF作家の短編集だ。翻訳されているのはこの一冊だけだが、アンソロジーにも同作者の作品が収録されているらしい。それは、すこしふしぎなめがねっ娘漫画で知識である。めがねっ娘漫画はためになるな。
そうして、なぜか『ばかうけ』を思い出していると、
「ニンニク入れますか?」
店員の確認が入った。どうやら、もうすぐ食事にありつけるらしい。
「ニンニクマシマシで、あとヤサイは……」
いつもならマシマシだが、今日は少しセーブしたい気分だ。
「マシで」
どうにか、踏みとどまることができた。
確認後、すぐに盛り付けは開始され、
「ヤサイマシニンニクマシマシです」
目の前に、完成した食事がやってきた。
野菜が山を形成してはいないが、麺が見えない程度に丼の表面を覆うぐらいの量は存在する。
その一角に、無造作に盛り付けられた大量のきざみニンニクの存在感もな中々のもの。
更には、大きく切った豚の肉塊もゴロゴロと乗っかっており、その上には黒くいかにも濃く味付けられたと見える背脂が回し掛けされていた。
「うむ、ヤバイな」
そうか。ここは頼まずとも脂が乗ってくるタイプの店だったか。
だが、それならそれで楽しめばいい。
「いただきます」
確保しておいた箸で、すぐに手を付ける。
「これだと、いきなり麺にいけるのはいいな」
天地を返すまでもなく、野菜の下に無造作にツッコンだ箸を引き上げれば、うっすら茶色く色づいた極太麺が簡単に釣り上がる。
勿論、その行き先は口の中である。
「あはは、そうそう、これが、やっぱり、面白い」
ゴワゴワとした麺をモッチャモッチャと噛み締める喜びは、一度味わえば癖になる。だから、この系統の店に通ってしまうのだ。
次は、迷わずニンニクをスープに溶かしてかき混ぜ、レンゲで一口。
「うんうん、いいぞ。ジャンクだ」
ニンニク醤油 with 豚出汁。ガツンときやがる。
更にその中から突き出てくるような、口内に残るいやらしいまでの旨み。
「これは、あの、白い粉……白い粉、ヤバイ」
タレと共に、無造作に丼に入れられていた、白い粉の、味だ。
俗に言う『化学調味料』だ。なんでもかんでも自然志向で化学調味料を嫌う人もいるが、自然由来だろうが人口的だろうが、化学式が同じなら同じ物質なのだ。
いつもいつも過剰摂取していてはよろしくないが、たまに過剰摂取するぐらい、どうということはない。人間は、そんなに柔じゃない。むしろ、耐性が付いて健康にいいんだ。きっと。恐らく。そんな気がしないでもないこともないかもしれない。
白粉でトリップしそうなスープを味わったら、箸休めに少し野菜をスープにたっぷり浸してジャンクに味わい、豚に齧り付く。
「くぅ……生きてる。命を喰って、生きてるぞ」
肉に齧り付くとき。それは、命を頂いていることを実感するとき。
それは己が生きている実感するときでもある。
思わず笑みが零れる。
「これでまた、明日からも頑張れる」
元気が出てきた。
箸とレンゲの動きが加速し、麺野菜スープ肉野菜麺肉野菜スープスープ野菜麺麺麺胴小手。
最後の方で変なものが混じった気がしないでもないが、生の喜び、おもしろさを感じながらの食は、あっという間のできごとだった。
「もう、ない……だと?」
麺を減らし、野菜もマシに留めたのもあるが、こんなに早くなくなってしまうなんて、あまりにもむごい仕打ちだ。
「うう、もう少し、もう少しだけ」
レンゲでスープを啜って名残を惜しむ。
だが、生は死があるからこそ輝くように、食い物も食べれば無くなってしまうからこそ煌めくのだ。
短くも充分に堪能したではないか。口内に残る、この得も言われぬどぎつくともすればわざとらしい暴力的な旨みが、その証拠だ。
「落ち着こう」
セルフの水を補充し、一杯飲む。
途中、
「あと、一口だけ」
とスープを啜ってしまったのはご愛嬌として、
「ごちそうさん」
コップが空になるとともに、店を後にする。
「さて、帰るか」
すっかり昏くなった大東市の夜の中、未だ聞こえる祭の喧騒へと足を向ける。
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