第72話 神戸市中央区北長狭通のラーメン並(ヤサイマシマシニンニクマシマシ魚粉マシ)
「いきなり夏だな」
七月に入るなり、日中の気温がお手軽に三十度を超えていた。六月は梅雨らしいジメジメした天気が続いていたのに、今日の日射しは中々挑戦的だ。
奇しくも今日は所用で神戸に出る用事がある。
なら。
「せっかくの機会だ。三宮に寄って昼を喰うのも悪くない。むしろ、暑い夏だからこそ積極的に喰いたいところだしな」
そんな訳で、余裕を見て三宮へと向かう。
「お、空いてるな」
昼時少し前だったのがよかったのか、並ばずに入れそうだった。
早速店内に入り、食券機の前に立つ。
「さて、カレー油そばにも引かれるが……今日は素直な気持ちでノーマルにしよう」
そうして、『ラーメン(並・中)』の食券を購入し、振り返れば、続々客がやってきて、すぐに席が埋まりそうな勢いだ。どうやら、ほんの僅かな時間差ですんなり入ることができる幸運を授かったようである。
かくして、空いているカウンター席へと着き、
「醤油で麺は並で、ヤサイマシマシニンニクマシマシ、あと……魚粉マシで」
とオーダーを通す。店舗によって若干違いがあるが、それで戸惑わない程度の経験値は既に溜まっている。
さて、『ゴシックは魔法乙女~さっさと契約しなさい!~』をプレイするかと思ったものの、移動中にAPを使い切っておでかけも仕込んであった。まぁ、今回の七夕イベントのリリーはスコアアタックにさえ参加すれば手に入るゆえ、のんびりできてとてもありがたい。
そういうわけで、「エルフは脱がす」……じゃなかった「ゴブリンは殺す」という男の物語を読んで待つことしばし。
注文の品がやってくる。
「おお、これはワイルドだ」
ほぼモヤシな野菜の山は、麓の部分であちこちにはみ出していてこぼれそうだ。だが、この料理には、この豪快さが似合う。
その裾野には、別の店舗とは異なる、『豚』と呼ぶべき肉塊ではなく、『チャーシュー』と呼ぶのがしっくりくるタレで色づいた薄切りの豚肉が載り、その上から魚粉がこれまた豪快にまぶされている。
そして、頂上にはこれは外せない、ニンニクの山。
さて、暑い夏はマシマシで乗り切ろう。
「いただきます」
最初からこぼれそうな野菜の山を慎重に崩しながら口へ運べば。
「お、魚粉味でいけるな」
スープに無理に浸さなくても、それなりに味がある。これなら、無理にスープへの導線を通さなくても野菜だけを消費していけそうだ。
ニンニクをこぼさないよう裾野に沈めつつ、野菜を早急に食べ崩してスープへの導線を確保の後、麺を引き上げて天地を返す。
戦略を立て、それを実現するための戦術を講じる。食は戦いでもあるのだ。
「とはいえ、もう少し変化を」
魚粉である程度野菜を消費したところで、薄切りなのを利用してチャーシューで野菜を巻いて口へ運ぶ。
「うんうん、いいぞ、これは」
これでチャーシューを食い尽くすのもマネジメント的に問題がある。
そうこうする間に、スープへの導線が通り、ようや麺へと辿り着く。
「ああ、醤油が立ってていいなぁ」
太く堅い麺の表面が黒く色づくほどに絡んだ醤油の風味が心地いい。その後から、豚の出汁が来るのも趣がある。
後は、レンゲで野菜を抑えつつ麺を引っ張り上げれば、ミッションコンプリート。
「クリア報酬は、思うままに麺をむさぼれること、だな」
ここまでくれば、零したりすることを気にせず、気ままに豪快に食の愉悦に嵌まることができるのである。
チャーシューを頬張り、
「薄切りなんで齧り付く楽しみはないものの、これはこれで味はしっかりしているからよし」
普段との違いを楽しむのも、
「ああ、やっぱり醤油がキツイ。だが、それがいい」
レンゲでズルズルスープを啜るのも、
「むが……」
麺と野菜とチャーシューを入るだけ口にぶち込んで咀嚼するのも、自由。
先の戦いは、この自由を勝ち取るためのものだったのだ。
一口一口に楽しみを見出し、胃の腑へと叩き落としていく。
なんとも幸福な時間である。
「とはいえ、始まりがあれば、終わりがあるんだよなぁ」
見れば、スープの中には僅かにモヤシが残るのみ。
代わりに、胃の腑がパンパンになっている。
ここからスープを飲むのは流石に塩分過剰だ。完飲するべからずという戒めに従うべきところだろう。
「で、でも、あと一口だけ」
レンゲでスープを飲み。
「いや、もう一口ぐらい、いいだろう?」
レンゲでスープを飲み。
「最後、これで、最後だから」
レンゲでスープを飲み。
「最後だといったが、あれは間違いで、これが最後だから」
レンゲでスープを飲み、した辺りで戒めに身をゆだねる。
水を一杯飲んで口内をリセットし、
「ごちそうさん」
丼とコップを付け台に戻して店を後にする。
「ふぅ、腹一杯だ」
がっつり食って少々地球の好感度が上がってしまった気がする。
「さて……思ったより時間が早かったからな、神戸まで歩くか」
少しでも地球をこの足で踏み躙って、好感度を下げるべく。
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