第71話 大阪市浪速区元町の辛麺(10辛)
「刺激が、欲しいな」
ここのところ仕事が忙しめで心身疲弊する日々が続く中、今日は早めに出ることができた。
日本橋へ買い物に寄れる上に、その前に何かを食いに行く時間もある。
忙しくなると、どうしても目先の問題解決に追われて前向きな刺激に乏しい日々を過ごしてしまいがちだ。
だからこそ、少しでも刺激になるべく行ったことのない店で夕食を食べてみようと思う。
更に。
「物理的な刺激もプラスすると、尚いいな」
そう思ったところ、一件脳内検索にヒットする。
「そうだな。難波だし、日本橋へ寄る前にもちょうどいいな」
かくして、私は大阪ミナミ、難波の地に降り立っていた。
「さて、店の場所は、っと」
ネットの地図で確認したところ、難波の西側。四つ橋を少し越えて西へ行った辺りだろうか?
どうあれ、土地勘のある場所だ。迷うことはない。
小雨が降る中、南海方面の出口から出、パークス前を電気街とは逆方向へ向かい歩くことしばし。
西へ歩道橋を越え、信号を南へ渡ってすぐに、目的の店はあった。
「なんだか、遠くまで来た気がするなぁ」
そこまで駅から遠いわけではないというか、多分、メロンブックスよりは近いくらいなのだが、繁華街から離れて静かな方面に来たからか、妙に旅してきた気分になった。これだけでも、いい刺激だ。
だが、それだけではない。
今日の目的の店は。
「宮崎辛麺……まぁ、何度か喰ったことはあるが、別の店は初めてだからな」
そう。物理的な刺激として求めたのは、唐辛子。
まだ新しい店だからか、こじんまりしつつも綺麗な店構えだった。
「さて、空いてるかな?」
中を覗いて見れば、厨房前に真っ直ぐ並ぶカウンター席には空きがある。
「ならば、入るまで」
かくして、初の店へと凸撃する。
外から見た印象よりも更に、小洒落た感じの店内だった。だが、場違いとは感じない。麺を喰える店なんだ。ならば、なんということはない。
かくして手頃なカウンター席へ着き、メニューを見れば、辛麺と、トッピング、サイドメニューと、これまたこじんまりとしつつも必要十分なメニューの数。ビールを始め、複数銘柄の日本酒と焼酎など、お酒もそこそこあるようだ。
とはいえ、今日はそれらは控えよう。
純粋に、辛麺を楽しむのだ。
とはいえ、
「どのぐらいにするべきか」
辛さは30段階ある。どうやら、真ん中の15辛がお勧めらしいが、ここのところ疲れが溜まっているのは事実。
刺激を求めて刺激に負けてはただの自爆。
ならば。
「辛麺10辛でお願いします」
少し、日和ってみた。まぁ、いいだろう。
出された水を一口飲めば、
「おお、レモンの風味」
こんなところまで洒落ているが、大丈夫、麺を食いに来たから場違いなんかじゃないぞ。
そうして、徐に『ゴシックは魔法乙女~さっさと契約しなさい!~』を起動する。
出撃する暇はないが、六月だけにウェディングドレス姿のリリーのおでかけを仕込んだりして一息吐けば、注文の品がやってくる。
「なるほど、宮崎辛麺だ」
赤いスープの中には、溶き卵。その中の、ニラの緑が鮮やかに映える。
「いただきます」
まずは、レンゲでスープを一口。
「うむ、なんだか、まろやかなような」
思ったよりも優しい味だ。辛味を抑えたのもあるが、それ以外も喰ったことのある宮崎から麺よりも、あっさり目。それでも、出汁の中に唐辛子とニンニクの風味が香る味の方向性は変わらない。
玉子はふんわりしていて、ボリュームがある。その中に混ざってくる、シャキッとしたニラの食感と癖のある味わいが楽しい。時々挽肉も絡んできて旨みが広がるのもいとおかし。
「麺は、やっぱりしっかりしてるなぁ」
宮崎辛麺といえば『こんにゃく麺』。とはいえ、蒟蒻芋が原料ではなく、そば粉をこんにゃく状にしたものだ。ぷるぷるして簡単にはかみ切れないだけに、見た目に貧弱ながら食べ応えがある。
「旨辛のスープを纏ったこの食感がいいな」
適材適所というか、そういう料理としてのまとまりというものがあるのだろう。
そうしている間に。
「暑い、な」
10辛で口当たりはそれほど辛味を感じないが、カプサイシンはしっかり仕事をしているようだ。
心地いい熱が体内からじんわり湧き上がってくる。
「まぁ、あれこれ考えず、喰おう」
レンゲで玉子を掬ったり、箸で麺を啜ったり、そこにスープ内に拡販された挽肉が混ざってきたり、ニラの食感がアクセントになったり。
カプサイシンの刺激は控えめだが、中々いい食の体験だ。
「さて、麺がなくなってしまったが」
替え玉や雑炊用ごはんもある。
「 | to eat or not to eat , that is the question.《生か脂か、それが問題だ》」
いや、今日ぐらいは脂肪フラグを回避しておこう。
だが、その分。
「このスープを完飲してもバチは当たるまい」
レンゲでスープに残った具を浚え。
後は丼を持ち上げてごくごくと飲み。
「ふぅ」
全てを胃の腑に収める。
最後に、いいタイミングで店員さんが入れてくれた水を一杯飲んで、カプサイシンに火照った身体を冷ます。
「ごちそうさん」
会計を済ませ、店を後にする。
「蒸し暑い、な」
店を出た途端、しとしと雨模様の中で汗が噴き出してくる。
だが、それもまた一つの刺激。
「日本橋へ、向かうか」
今日は、原作者が毎回妄想全開の特典マンガを付けている某アニメBD最新巻の発売日。
そこには、別の意味での刺激があるに違いない。
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