第70話 大阪市中央区難波のラーメン(並)+焼豚丼

「お、間に合いそうだな」


 少々の残業を経て、なんとか会社を出たところで時間を確認すると、今週で終わりの見たい映画のレイトショーに間に合いそうな時間だった。


 ふしぎなもので、早く帰れないときの方が熱心に映画を観に行っている気がしないでもないが、人間、いつでもやれる状態より、ある程度制限がある状態の方が何事も気合が入るというものだ。限定販売なんて、その最たるものであろう。


 などと考えつつ、難波に降り立ったところで。


「とはいえ、映画の後まではこの腹の虫は黙っちゃいないな」


 今は低い声で微かになく程度の虫の音だが、時間につれてその声は大きくなるだろう。映画を観ている最中になっては周りに迷惑というもの。


「あまり時間もないし、手早く立ち食いそばでも食って行くか」


 と思い、その最寄りの出口へ向かったのだが、


「ん? ここ復活したのか……いや、新しいラーメン屋か」


 最近店じまいしてしまった長年営業していたラーメン屋があった辺りに、小綺麗な店が出来ていた。


 どうやら、梅田にもあるチェーンのようだが、こうしてタイミング良く新規開店間もない店舗に通りがかったのも何かの縁だ。


「ここなら劇場も近いし、喰ってくか」


 そんな訳で、新しい店で気合が入りまくった店員の愛想良くも少々力の入り気味の接客を受けつつ、空いていたカウンター席へと着く。


 ラーメンは、野菜ラーメンと二種類あるが、ここはやはりオーソドックスな通常のラーメンにいくところだろう。


 だが、ちょっとそれだけでは我が腹の虫は納得してくれなさそうな勢い。サイドメニューを探してみるが。

 

「チャーハンはないのか」


 なんだか、前もそんなことを考えた気もするが、代わりに丼が幾つかある。玉子やマヨネーズは、あれだ、地球との付き合い方を少し気にして遠慮して、それでも白ごはんでは寂しい。なら、ここはシンプルな焼豚丼にしておくか。


 という訳で、ラーメン並と焼豚丼をオーダーする。


「さて、この待ち時間をどう過ごすか、だが」


 そんなに時間が掛からないタイプのラーメンだけに『ゴシックは魔法乙女~さっさと契約しなさい!~』をプレイするには時間が足りないだろう。イベントも終盤で、自分との戦いのスコアタを楽しむためにメイドリリーのDDPドキドキパワーアップレーザーで稼いだりしているから、尚更だ。


 だから、サクッとネットでチケットを確保していたりしていると、注文の品がやってくる。


「う~ん、獣臭い。だが、それがいい」


 豚骨醤油を売りにするだけあって、最初に香ったのは豚骨の獣のワイルドな匂い。人によると豚骨敬遠する所以とも言えそうな匂いながら、この荒々しい風味こそが豚骨の魅力だろう。


 改めて、様子を伺う。


 白湯豚骨醤油の褐色のスープには、チャーシューが二切れ、太めのメンマ、そして、ネギ。とても、シンプル。


 焼豚丼も、その名の通り、米の表面を覆うようにたっぷりの焼豚が敷き詰められちる。


「いただきます」


 まずは、レンゲでスープを頂けば。


「見た目の割に、バランスいい味だなぁ」


 匂いはドギツイが、口に入れるとそこまでのこってり感はなく、豚骨醤油の旨みを素直に楽しめる味わいだ。


「麺も、うん、こうだよなぁ」


 丸い中細麺は、細すぎず太すぎず、しっかりとした食感でスープに絡んでくる。ここのところ太めの麺を好んで食べていた気がするが、こういうのもやっぱりいいな、と再確認する。


 また、薬味のネギも、このスープには抜群に合う。臭みもなく、ピリッとしたネギの風味だけが豚骨醤油の中のアクセントになっている。


 食べでのある太めのメンマもあっさり目の味ながらこの中にあってはそのコリッとした食感がいい変化だ。


「チャーシューも、あっさりめで、このスープと合わせてちょうどいい感じだ」


 そのまま、焼豚丼へ行くが。


「うん、同じ味だ」


 当たり前が、麺に乗っているのと同じ焼豚がごはんに乗っているだけだ。だが、それがいい。


「気分はチャーシュー麺だな」


 麺の上のチャーシューを食べても、まだごはんの上にある。たっぷりの焼豚を楽しめてしまう。タレが控えめに掛かっているだけで、余計な味付けがないのもいい。


「とまぁ、基本の味を楽しんだところで」


 半分ぐらい食べたら、席に備え付けの調味料で味変のときだ。


 辛味が好きなみとしては、うま味唐辛子、いかないわけがない。


「お、ペーストか」


 一味のようなものを想像して蓋を開けると、唐辛子味噌のようなものだった。


「入れすぎて元の風味が消えても哀しいから、軽く」


 器に吐いている小さい匙でひと掬いだけ、スープに投入する。


「さて、どんなお味になるか……」


 しっかりと箸で混ぜ、褐色がうっすら赤味がかってきたころ。


「頃合いか」


 レンゲでスープを味見する。


「おおう、これでも結構な唐辛子味になるな」


 辛味ではなく、唐辛子そのものの味がガツンとくる。なるほど、うま味唐辛子とはよくいったもので、辛味ではなく風味で勝負か。いや、多分、私が辛味耐性があるだけで辛くもあるのだろうが。


 とはいえ、味変して、また新鮮な気分で食べ進めることができるのは僥倖だ。


 麺だけでなく、ごはんも進む。


 そうして、焼豚丼を先に食い終わり、麺も心許なくなってきたところで。


「さて、そろそろお楽しみの時間か」


 そう、基本を楽しんだら、後はこの店の売りである、ネギだ。


「ようし、たっぷりいれちゃうぞぉ」


 この店は、ネギが入れ放題だ。さっきいい薬味になると言ったが、そのネギが、席に備え付けの調味料と同じ扱いで大ぶりの容器に入れておいてあるのだ。


 もう、これは、最後にネギラーメン、いや、ラーメンネギにしてくれと言わんばかりのサービスではないか。


「唐辛子にネギ、刺激がぶつかり合ってなんだかいい気分だ」


 もう、麺もほとんどないが、それでも、この味わいはとても幸福を感じさせてくれるものだ。


 そうこうしているうちに、丼の中身は、すっかり空になってしまった。


「完飲、してしまった……いや、いいだろう。これはあれだ。刺し身を食ってたら醤油皿の醤油がなくなってしまったような、ネギを食べていたらうっかりタレを使い切ったとか、そんなことだ」


 だから、大丈夫だ、問題ない。


 そうして、最後に水を一杯飲んで一息入れ。


「ごちそうさん」


 会計を済ませて店を出る。


「すごい、ネギの味がする……」


 水を飲んだぐらいでは抜けないネギの残り香りを口内に宿したまま。


 宇宙人との異文化コミュニケーションを行う映画を観るべく、私は映画館を目指す。


 

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