第69話 大阪市中央区難波の鶏の唐揚げ・海老天セット

「半端な時間になってしまったな」


 ここのところ長引きがちな仕事を少し早めに終えることに成功したのはいいが、買い物をするには店も閉まりそうな微妙な時間になっていた。


「さりとてさっさと帰って何かをするにもどうも気乗りしないし……そうだな。開き直ってレイトショー観て帰るか」


 ちょうど観たいと思っていた映画のレイトショーには、途中で夕食を手早く済ませればギリギリ間に合いそうな時間ではあった。


 ならば、悩んでいる時間はない。


 サクッとタブレットでチケットを確保しつつ、食事の場所の検討だ。


 手早く食って満足するには、ラーメンに限るだろう。


「最近は入ったことのない店を積極的に攻めているが……ちょっと遠いな」


 前から気になっていた店の場所を調べてみるも、映画館から少し離れていて喰って往復すると上映時間には間に合いそうもなかった。


「となると、またいつもの店になりそうだが…ん?」


 そこでふと、通り掛かった地下街入り口の看板が目に入った。


「……そうか。ここの店には入ったことがなかったな」


 昔から馴染みのチェーン店ではあるが、この支店には入ったことがない。


「うん、条件は満たすな」


 幸い、目当ての映画館にも近い。さっさと地下へと降りて店を目指す。


「ここ、か」


 何分初めての店だから、少々迷ってしまった。新鮮な気持ちで、学生時代から親しんだ味を久々に頂こう。


「しかし……これ、食欲失せるからやめてほしいんだよなぁ」


 暑くなると、麺屋はこぞって冷某を始めるが、写真を載せるのはやめて欲しい。せめて、あの青臭い植物を写さないで欲しい。私の中ではあれは食物じゃない。ただの植物だ。雑草と変わらん。


 なので、あれが入っていると、虫が苦手な人が虫の入った食い物の写真を見たのと同様の嫌悪感が浮かぶわけである。


 とはいえ、ここで立ち止まっては映画に間に合わなくなってしまう。


 気持ちをリセットして、店に入るとしよう。


「お、空いてるな」


 半端な時間が功を奏したのか、すぐに入れるようだった。


 適当に、空いているカウンター席についてメニューを開く。


「店舗によって差があるのか、時の流れの変化か……」


 そこに乗っていたのは、微妙に記憶と異なる定食とセットメニューだった。


 いつも他の店舗で頼んでいたチャーハンセットがないのは、きっと最近また地球と仲良くなってきた私への神の戒めに違いない。


「ふむ、定食はごはん付き、セットはごはん無しでサイドメニューが二種類+デザート、か。麺は、微妙に値段に差があるが、しょうゆ・みそ・しおから選ぶシステムは、記憶にある通りだな」


 餃子が苦手なため餃子絡みは除外するため、いつもなら唐揚げ定食に行くところだ。だが、地球との付き合い方を改めて考えている私には、このセットメニューは中々いいのではなかろうか?


 よし。


「鶏の唐揚げ・海老天セット」


 麺の味は少し悩むが、


「みそで」


 ということで、注文を通す。


 久々なのでデフォのしょうゆも捨てがたかったが、単純にしょうゆ・みそ・しおと並べられるとみそが一番好きなだけである。ただし、某袋麺だけは塩一択だがな。


「さて、少しはイベントを進めたいところだが」


 『ゴシックは魔法乙女~さっさと契約しなさい!~』を起動するも、イベントステージへの出撃は時間的に微妙だ。なら、おでかけだけでも仕込んでおこう。


 その判断は正しく、ウェディングドレス姿のリリーと城へおでかけしたりしていると、注文の品がやってきた。


「おお、なんか、いい感じだ」


 ネギ、もやし、細切りの人参、そして、豚バラ肉のチャーシューが乗ったみそラーメン。なんというか、優等生な見た目のみそラーメンである。


 唐揚は結構いい感じのサイズのものが二つ、海老天もすり身を固めたっぽいころっとしたのが二つ、そして付け合わせにキャベツと人参の千切り、あと、水菜っぽい葉物野菜も入っている。


 更に、デザートに杏仁豆腐が付いている。一粒乗ったクコの実の赤がいいアクセントだ。


 などと、御託を並べていては映画に間に合わなくなる。


「いただきます」


 まずは、みそのスープをいただく。


「ああ、みそだ」


 ベースがとんこつだからだろうか、こってりした風味のみそが心地いい。


「しっかりした麺になじむのも考えられてるなぁ」


 丸い中太麺はこの店のこだわりだけあって、しっかりした食感と、何よりスープをガッツリ持ち上げて味わえるのが嬉しい。


「ここで、海老天行ってみるか」


 これは、正真正銘初めてだ。


「うん、あっさりしてていいが……ちょっと物足りないか」


 軽く塩を振って頂いたが、どうにもみその味に淡白な味わいが負けている気がしてしまう。


「なら、これを使うか」


 幸い、調味料用の小皿を出してくれている。


 そこに、醤油とラー油を入れて混ぜ合わせる。まぁ、餃子は喰えないが、そのタレを作ってみる。


「さて、どうなるか……」


 衣にしっかりとタレをしみこませて口に運べば。


「カドではないが、正解だ」


 味がしっかりして、これならみそと並びたてる。まぁ、二つしかないので、これで終わりではあるが、存分に味わえたからよしとしよう。


「さて、唐揚は後にして、チャーシューに行くか」


 チャーシューと言いつつ、寄せ鍋の豚っぽい見た目のチャーシューに行けば、


「うん、やっぱりチューシューというより、鍋の豚だな」


 見た目通りの味だった。とはいえ、このこってりみそ味で煮込まれた豚が旨くないはずはなく、変に味のついたチャーシューよりよっぽど相性がいいと言えそうだ。


 そこで、箸休めに付け合わせの野菜を食べて少し口内をさっぱりさせたところで。


「では、そろそろ、お楽しみの唐揚だ」


 餃子を排除すると、ラーメン屋定番のサイドメニューは唐揚だと思うのである。それぐらい、自然とラーメンに合わせたくなる食材。


「味塩が絶対に外さないが、ここはさっきのタレを試してみるか」


 そうして、残っていたタレを付けて一口。


「うん、悪くない、が……」


 と思ったときにはシャカシャカと塩を振りかけている自分がいた。


「うんうん、これだ、これ」


 サクッとしてカラッとしていてとてもいい。人によってはパサパサといいそうだが、ジューシーで脂っこい系の唐揚は苦手で某フォスターの名曲絡みのファストフードのチキンは1ピース喰い切れない身にはとても嬉しいタイプの唐揚だ。


 そして、そういう唐揚には、やはりシンプルに塩だな。これは、みそといい対比だ。

 

 そうなれば、勢いを止める必要などない。二つ目の唐揚も塩シャカシャカして、麺と交互にサクサクといただいてしまう。


 更に、付け合わせの野菜を食べ、麺の具材の野菜も食べ、白い中に小さな赤のアクセントのデザートの小鉢と、茶色いスープだけを称える丼に残るのみとなった。


 ここで、いつもの有名な戒めが浮かんでくる。汝、完飲するなかれ。


 だが、待ってくれ。


 ここにあるのは、みそラーメンのスープ。みそスープ。


 つまり。


「味噌汁なら、飲み干しても大丈夫だ」


 日本人の魂のスープだ。残すなんてとんでもない。


 地球との付き合い方も大事だが、それよりも、この日本国にあって誇れる自分であるために、私は味噌汁を飲むのだ。


 時間もないので、丼を持ち上げてごくごくと飲み干す。


「ぷはぁ」


 とても、いい。しょっからい口内を水で軽く流すが、


「いや、ここは、デザ-トにいくべきだな」


 小鉢とスプーンを手に、杏仁豆腐へと。


「すぐ終わってしまうが、うん、この漢方っぽい匂いと、クコの実の香りと食感がいいな」


 まさしくデザートだ。口直し、というとなんだか悪いモノを食べたみたいなので、口改めとでもいおうか? さっきまでのこってり責めが終わって、とてもホッとする味わいである。


 あっという間に食べ終えてしまうが、確かに心に刻まれる存在感の杏仁豆腐であった。甘露甘露。


 最後に、全てをまとめるように、水を一杯飲んで口を清め。


「ごちそうさん」


 会計を済ませて店を出る。


「さて、アライグマが銀河を救う映画を観に行くか」


 なんばパークスへ向け、慣れた地下街を歩く。

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