第60話 大阪市中央区難波千日前の麦味噌カレーラーメン
地球との仲が、またしても深まってきてしまっていた。
適度に距離を取るべく糖質を控えたりしていて効果が出ていたのだが、だからこそ油断が積み重なってしまったのだろう。
そんな今日は、色々と発売するモノがあり、仕事帰りに日本橋へ寄る必要があった。
当然ここは、外食など控えて、それでいて適度に日本橋ウォーキングを行って健康的に過ごして帰るべきなのだ。それこそが、重力との適切な関係を保つためのたった一つの冴えたやり方。
そう、外食は、控えようと、思って、いた、のだ。
なのに。
仕事後の空腹を抱えて降り立った難波駅から地上に出てほどなく。
腹の虫が、騒ぎ立て始める。
「カレーが、カレーが無性に喰いたい……」
心の奥底から湧き上がる衝動が、止められない。
それもこれも、スープカレーを旨そうに食っていた井之頭五郎のせいだ。
しかも、求めているのは『カレーライス』ではない。今の私の腹の虫が求めているのは『カレーラーメン』だ。
「くっ……これを我慢するのは精神衛生上、宜しくない」
体の健康を維持するために心の健康を損なっては元も子もない。
そうだ、これもまた、健康のためだ。
勝手知ったる難波~日本橋界隈。カレーラーメンを食べられる店には複数心当たりがある。
「ならば……この機会に行ってみたい店があるぞ」
かくして、難波からオタロードへ向かう途上にある店へと足を運んでいた。
時間的に夜の部が始まってそれほど経っていないのもあって、厨房を囲むようにL字型のカウンターだけのこじんまりした店内は空いている。
迷わず店内に入り、食券機の前に。
食券機は、上段がラーメン、下段がカレーライスとなっている。
「ここ、昔は普通のカレー屋だったんだよなぁ」
実は、カレーだけの頃には何度か訪れたことがある店なのだが、何年か前からいきなりラーメンも扱いだしてからは初めてだった。
ここで扱うラーメンは、単なるカレーラーメンではない。
「麦味噌カレーラーメン、これしかないな」
そう、この店の基本は味噌ラーメン。それとカレーを合わせた味噌カレーラーメンこそが、この店の目玉商品……だと、私は勝手に思っている。
そんなわけで、目当ての食券を購入してカウンター席へと。
店員に食券を出してしまえばあとは待つだけ。座席に備え付けのコップを取ってセルフの水を飲んで一息。
ここは『ゴシックは魔法乙女~さっさと契約しなさい!~』をプレイしてリリーを愛でながら待ちたいところだが、初ラーメンで麺が出てくるまでの時間が読めない。
出撃中に出てきてしまうと色々と面倒なので、今日は我慢。
代わりに、やくざがオークに転生して女騎士と平和を護ったりする物語の二巻目を読んで待つと、ほどなく注文の品がやってきた。
「おお、見るからに個性的だ」
褐色のカレースープに細麺が基本だが、その表面には麦味噌、なんだか白いふわっとしたもの、薄切りのチャーシュー、そして、全体を覆うように刻んだ三つ葉が乗っている。
「いただきます」
まずは麦味噌を少し混ぜてスープを一口啜る。
「いいなぁ、これ」
スパイスの刺激を甘みのある麦味噌がまろやかに包み込んで、とても優しい味わいだ。カレーに味噌は隠し味として入れるという話も聞く。元々、相性がいいのだろう。
「この細麺もいい具合にスープに絡むな」
カレーライスではなく、カレーラーメンである意義を感じさせる味わいだ。
「で、この白いのはなんなんだ?」
とりあえず、スープに混ぜてみると、すぐに溶けてとろみに変わる。
口へ運べば。
「あ、芋か」
改めて店内を見ると、『マッシュポテト』の文字がある。マッシュというよりは、削ったような印象だが、だからこそ、スープにすぐに溶けていくのがいい。
カレーにジャガイモは否定派も結構いるらしいが、私はウェルカムだ。芋が溶けてスープが、なんというかどっしりしてくる。
「で、ここでチャーシューだ」
しっかりしたスープをまとわしたチャーシューを齧る。
「うん、ポークカレーだ」
いや、当たり前だが、素朴に豚の旨みが凝縮されたチャーシューの味わいがカレーに合わないわけがない。
味噌で少し和に寄りつつも、カレーうどんのスープよりはずっと印度な豚カレー味。
そこに加わる、一つの薬味。
「この爽やかというか若干の青臭さを感じる三つ葉、いい仕事してるなぁ」
見た目にも、印象的な緑は、味の中でも印象的だった。
単なる味噌カレーラーメンに終わらない、食の楽しみを与えてくれる。
カレーは、基本的になんでも包み込むものだ。ここまで食したことで、具材の味は全て混ざり合ったが、これが、完成形なのだろう。
「ならば、御託はもういらん。喰うぞ」
麵を啜りチャーシューを齧りスープを飲み薬味の三つ葉のアクセントを楽しむ。
いい、食の体験をしている。
あっという間に、麺はなくなってしまった。
そこで、入り口にある券売機の『替え玉』の文字に視線が引き寄せられるが、ぐっと我慢。あと一玉ぐらいなら、と思うが、そうなるともう一玉ぐらい行きそうな気がする。
いや、きっといく。
「ええい、スープがあるから迷うんだ」
替え玉への欲望を断ち切るため、スープをサクサクと飲み進める。
最後は、丼を持ち上げて一気に流し込む。
幸せな味わいが口内に広がり、ゆっくりと嚥下すれば、胃の腑へと去っていく。
スパイスの風味がツンと香る後味にしばし浸り。
最後は水を一杯飲んで未練を断ち切り。
「ごちそうさん」
丼とグラスをカウンターに上げて店を後にする。
「さて、予約してたBDをソフマップでゲットして、眼鏡的なコミックスを買うためにメロンブックスまで行こう」
食後の運動に、オタロードへと。
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