第59話 大阪市天王寺区舟橋町の辛口炙り肉ソバ醤油 辛さLV3/しびれ度LV3/ニンニクLV3
気がつけば四月も後半。黄金週間が段々と近づいていた。
幸いにして、職場の方針で連休はガッツリ休み。文字通り丸々一週間が休みとなるのである。
その初日、東京で一大イベントが開催される。
先日『ゴシックは魔法乙女~さっさと契約しなさい!~』が二周年を迎え絶好調のケイブ主催の伝統のイベント『ケイブ祭り』である。
勿論、前回同様、始発連絡の新幹線で会場へ向かうつもりだ。
「そうだな。思い立ったが吉日。帰りにさっさと新幹線のチケットを確保してしまおう」
去年は直前に確保しようとしたら、一番早い新幹線が埋まっていて一本遅らせたしな。五分程度の差なので、傷は浅かったとはいえ、整理券確保のために少しでも早く会場に着きたいのは人情というものだ。
「そうだな、鶴橋のみどりの券売機でサクッと確保するか」
難波にもJRの駅はあるが、他の路線からかなり離れていて少々行くのが面倒臭い。その点、鶴橋は大阪市営地下鉄、JR、近鉄の駅が近い位置にあって寄りやすい。
そう思って地下鉄からすぐのJRの駅に着いたはいいが、
「あ……持ち合わせがなかった」
財布に金が入っていないというオチが待っていた。
「大丈夫。コンビニで下ろしてこよう」
幸い、コンビニに寄っても難波でJRの駅へ向かうよりは近いしな。
そうして、駅を出て少し東へ歩いたところのコンビニでお金を下ろし、再びJRの駅へ向かおうとしたのだが。
ぐぅ、と、腹の虫が一鳴きした。
「腹が、減ったな……よし、せっかく鶴橋で降りたんだ、何か喰って帰ろう」
鶴橋と言えば、なんと言っても焼き肉が有名だが、それ以外にも、ごちゃごちゃした駅周辺の界隈には飲食店が多数存在している。
その中でも、最近増えてきたのがラーメン屋である。
何せ、道路を挟んで向かい合うわずか一区画に、五件のラーメン屋が並んでいる。いや、一件は正確には中華料理屋だが、それぞれ違ったジャンルのラーメンという充実度。
ニンニクラーメン、濃厚鶏白湯、煮干し、中華屋、そして、
「辛口炙り肉ソバ……」
一際目を惹く派手なデザインのテントの店の前で、私は足を止めていた。ピンとくるものがあった。
なら、その閃きを信じよう。
「空いてる席にどうぞ」
厨房の前に真っ直ぐ伸びるカウンターだけのこじんまりした店舗だったが、幸い先客は少なく、入ってすぐ席に着くことができた。
メニューを開くと、辛口炙り肉ソバという枠の中で、醤油、味噌のラーメン、まぜソバ、他にもホルモンラーメンなど、思ったよりもバリエーションに富んだメニューが記載されていた。
「迷ったら、基本、だな」
かくして、注文を取りに来た店員に、
「辛口炙り肉ソバ醤油を」
サクッと注文を通……
「辛さはどうしますか?」
言われてメニューを見れば、辛さ、しびれ度、ニンニクの量が選べるようになっていた。最初の数段階は無料、後は段階的に数十円~百数十円の追加料金が掛かるシステムのようだ。
少し迷ったが、
「辛さレベル3、しびれ度レベル3、ニンニクレベル3で」
しびれ度とニンニクは若干の追加料金が掛かるが、レベル3で揃えることにした。フレアを喰らいそうだが、この店に青魔道士はいないから大丈夫だろう。
「あ、ごはんも並で」
小並大の三段階で全部同料金だが、小140g、並200g、大400gと明らかに大の量がヤバイので並に留めることにした。なんでいきなり倍なんだ? と思ったが、この界隈は中学高校密集地域だった。そりゃ、こうなるか。
かくして注文を済ませ、ゴ魔乙を起動する。
現在、二周年記念紅白総選挙。
勿論、リリーのいる紅組を応援しているが、劣勢である。
それでも、自分にできる限りの応援をすべく、出撃するのだ。アクティブポイント報酬がミュゼットというのも、モチベーションが上がる。
そうして、紅組会場:後半戦2 胸ドキ★リリー death に一度出撃を終えた辺りで、 注文の品がやってきた。
「おお、これは、いいビジュアルだなぁ」
黒い醤油のスープの上に浮かぶは、チャーシューというより角煮に近いでっかい豚に、薄切り肉。中々の肉度だ。
薬味として、刻み青ネギが添えられ、更に、角煮の上に赤い粉と黒い粉がまぶされている。辛さの唐辛子と、しびれ度の山椒だろう。
スープの中には、背脂と、恐らく油通しした焦がしネギがチラホラと浮いている。ニンニクの姿は見えないが、恐らくスープに溶かされているのだろう。
ともあれ、中々に旨そうな見た目だ。
「いただきます」
まずは、山椒と唐辛子を溶かしてスープを一口。
「おお、しびから旨だ」
唐辛子も山椒も主張しつつも、醤油タレのスープも存在感を示していて、更にそこへスープに溶け込んだニンニクが追い討ちを掛けてくる。
しびからに負けない力強い旨みがそこにはあった。
「あ、麺より先に米を食ってしまった!」
それは、ごはんにとても合う味だろうな、とか思ったら、手が動いていた。それぐらい、勢いづく味だ。
さて、米に合うなら麺にも合うに違いない。
改めて、中太ストレートの麺を啜れば。
「幸せな味だ……」
期待以上の相性だった。
スープの中の背脂、焦がしネギ、刻みネギが、それぞれの特性を活かした薬味として一緒に絡んでくるのがまた、いい。
一口ごとに、違った複雑な味わいがある。
己の閃きを信じて大正解。この時点で、大好きな味しかしない。
「ここで、角煮(?)もいっちまおう」
大ぶりな肉を持ち上げて齧り付けば、口内に広がる香ばしさ。
「なるほど、炙り肉ソバ、というわけか」
炙りがいい仕事をしている。
それでいて、肉自体の旨みが凝縮された味わいが、主張の強いスープの中では翻って癒やしになる。
「薄切りの方は薄切りの方で、スープを纏っていいな」
なんとも、計算された味わいを感じる。
こうしてそれを味わえるのは、辛味を適度に抑えたのも効を奏しているだろう。
辛党だが、だからこそ、無理矢理辛味を足しても仕方ないことを知っている。旨みが味わえるバランスとして、思いつきのオールレベル3は、本能的に導き出した最適解に違いない。
「なら、後はもう、その本能に従おう」
肉麺米スープ肉麺麺米スープスープ麺米スープ肉スープスープ麺米米麺スープ。
それぞれに薬味が上乗せされて、一口ごとに楽しみがある。
こみ上げる多幸感に任せて、箸とレンゲを動かしていると。
「……しまった。完飲してしまった」
丼を掲げて最後のスープを口に流し込んでいた自分に気付く。
まぁ、いい。最後の方は底に沈んだ刻みニンニクが中々強烈だったが、それさえも味わいの一部。
最後に、水を一杯飲んで、一息。
旨いラーメンに出会えた喜びを噛み締めてから。
「ごちそうさん」
会計を済ませて店を後にする。
「さて、新幹線のチケットを確保して帰るか」
鶴橋駅のみどりの券売機へと向かう。
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