第56話 大阪市中央区日本橋のラーメン(160gヤサイマシマシニンニクマシマシカラメ魚粉)
「体が悲鳴を上げてるぜ」
なんだかバトルがフィーバーしそうな言葉が思わず口を衝いて出る時点で、疲れているのは自明だった。
そういえば、三連休は遊び倒してそのまま平均では無く賞味で睡眠時間が四時間を切っていた。単にあれこれやりたいことをダラダラやってしまっての寝不足だ。ついでに、酒量も格段に増えていた。
先月末に一つ大きな区切りを迎えて以来、少々緩みすぎていたのだろう。
その結果、限界を迎えて久々に熱を出してぶっ倒れてしまったのだ。
「不摂生のツケを支払うには、十分な睡眠と栄養を取ることが肝要だ」
なんとか日曜を潰して休息は取ってある程度は回復したが、独り暮らしの身では栄養面がどうしても足りなくなってしまう。
「ならば、野菜も肉も、しっかりと喰うべきであろう」
などと、整然とした理論を構築し、私は仕事帰りに日本橋のオタロードにほど近いいつもの店を訪れていた。
「お、すぐ入れそうだ」
開店から微妙に時間が過ぎてから訪れたのがよかったようだ。満席状態から最初のロットの客がバラバラと出てくるタイミングに辺り、ちょうど席が空いたところだった。
「なら、早速食券を……うん、今日はノーマルに行こう」
『ラーメン』の食券を購入したところで、奥の席に案内される。
「麺の量は?」
「160gで」
「ニンニクはどうしますか?」
「ニンニクマシマシで。あと、ヤサイマシマシカラメ、魚粉で」
サクッとお決まりのシーケンスをこなし、待つ間は『ゴシックは魔法乙女~さっさと契約しなさい!~』をプレイする。
おでかけを仕込み、終了間際のイベントステージに出撃してラスボス小林幸子を撃破したころ、注文の品がやってきた。
「ああ、いつ見ても健康的な食事だ」
山盛りのモヤシとキャベツでしっかり野菜を補給。麓にゴロゴロ転がる三つの豚肉の塊でタンパク質やビタミンB1もバッチリ。更には、感染症へのレジストを高めてくれる刻みニンニクが山頂に鎮座している。勿論、エネルギーとして最も効率的な糖質である麺も、野菜の下には埋もれている。これは、量を160gに減らすことで全体の栄養バランスも考えてある。
どこからどうみても、健康食品だ。今の私に、もっとも相応しい食事だ。
「いただきます」
レンゲと箸を手に、山へ臨む。
まずは、麓ににじみ出るスープをレンゲで掬い、
「ああ、命の水と言っても過言では無いな」
ショッカラい中に豚のまろやか出汁と調味料の甘みが加わった、脳天をとろかすような味わいが広がる。
「この味で、食う野菜など、旨いに決まっている」
スープを潜らせて野菜をモリモリと食べていく。表面に掛かった魚粉がまたいい仕事をして、強烈な旨みの中にも和の心を思い出させてくれる。
野菜を減らせば、麺への導線が開ける。
発掘した黄色く太い硬派な麺を口へと運べば、
「バキバキの噛み応えと麦の風味……糖質喰ってるんだって実感するなぁ」
普段糖質を取り過ぎないように気を付けている身には、なんだか背徳的な喜びさえ湧いてくる。
ここで、肉塊の一つを豪快に頬張れば、豚豚しくて頬が緩む。
肉と糖質。ああ、なんと後ろめたい。だが、それが旨い。
そのまま麺を喰らうべく野菜の下から掘り出していけば、ごくごく自然な流れで天地が返る。
麺をモリモリ頬張り、野菜を喰らい、豚を囓り、半分以上が減ったところで、
「そろそろ、違う味を足すか」
でも、計算なんて要らない。
一味を手に取り、バッサバッサとふりかけ。
胡椒を手に取り、ドバドバとかける。
更に、ぐちゃぐちゃと混ぜる。
刺激的な味わいをプラスして、箸を持つ手が加速する。
それだけではなく、香辛料は代謝を上げる効果もあるので、体の中の悪いものを追い出すのにも一躍買ってくれる。ちゃんと、そこは健康に気を使っているのだ。
いや、しかしこのラーメンは、本当にどこまで言っても健康的な料理だなぁ。
健康を祈願し、そのまま勢いに任せて喰らえば、終わりのときはすぐにくる。
「もう、ない、か」
丼の中には、茶褐色のスープが残るのみ。
レンゲで名残を惜しむように啜るが、最後の最後に「汝完飲すべからず」という戒めが頭を過ぎり、手を止める。
深呼吸して、気持ちを静め。
決意を固める。
レンゲから、手を離す決意を。
そうして、ゆっくりと。
レンゲから手を離し。
コップに水を注いで一息に飲み、強制的に口内の名残を洗い落とし。
食器とコップを付け台に戻し。
「ごちそうさん」
強い決意を込めて店を出る。
「ふぅ、これで、栄養もばっちりだな」
今日は何か発売しているだろうか?
店頭でまだ見ぬ新刊を確かめるべく、メロンブックス目指してオタロードを南へと。
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