第55話 大阪市浪速区難波中の野菜ラーメン

 一度開催中止になりつつも、今年で十三年目にして十二回目の開催となった日本橋ストリートフェスタ。電気街としての顔より、オタクの町としての顔が目立ってしまって何かと問題もありつつ、それでも、人が集まるイベントであることには変わりない。


 そんなイベントから一夜明けた連休最終日の午後。


 日本橋のオタロードに、私はいた。


 呑んで歌って連休を過ごした私は、端的に言って疲れていた。


 午前中はゆっくり体を休めて疲労を抜こうとしたが、それにも限界がある。


 そう、疲れを癒やすには、休むだけでなく、栄養を取ることも肝要なのはいうべくもない。


 だから、思い立ったのだ。


「よし、今日はチートデイにしよう」


 そうなれば、麺と米を同時に味わいたい。


 かくして、そのニーズを満たす遅めの昼食を摂るため、この地を訪れたのである。


 麺と米が食えるところなら幾つも候補があるが、今日は特にご飯と共に食べることが想定されている麺を選ぶことにした。


 目的の店は、オタロードに入って直ぐにある。


「ありゃ? そこそこ並んでるか……」


 昼食時を外しているにもかかわらず、十人弱の列ができていた。


 店内を確認してみると、少しずつ空きはできており、見る間に店員が入り口にやってきて二人が座席へ案内されていった。


 ちょうどいいのでその店員に状況を確認すれば、どうやらテーブル席の待ちが発生して集団ができているだけのようなので、一気に捌けそうな雰囲気だった。


 ならばと、食券を買って列に並ぶことにする。


「うん、野菜は大事だな」


 通常のラーメンに野菜をトッピングしたものを購入し、列へ並ぶ。


「さぁ、光の幸子を連れてラスボス闇の幸子を倒して幸子の想いを集めよう」


 『ゴシックは魔法乙女~さっさと契約しなさい!~』の舞台であるジルバラードには、現世から召喚されてしまった小林幸子が降臨していた。


 現世人がジルバラードへ迷い込むと、魔法の力を身に付けることがままある。『デススマイルズ』のフォレット、ウィンディア、キャスパー、ロザリーも、そうして現世から迷い込んで魔法の力を身に付けた『ロストチルドレン』と呼ばれる存在だ。


 特に、見知らぬ土地にいきなり放り込まれて魔法が暴走し、山を燃やしてしまったことがフォレットのトラウマになっていたのだが、ゴ魔乙のイベントで克服されたのはとてもいいことであろう。


 フォレットについては重要な情報なので特に長々と書いたとは思わないが、イベントの話に戻ろう。


 要するに、フォレット達と同じように小林幸子も魔法の力を持ってジルバラードへやってきたのである。


 しかも、その際、光と闇の幸子に別れてしまい、光の幸子と共に砦のような衣装に身を包んだラスボス、闇の幸子を倒すのが今回のイベントである。


 収集系のイベントなので、 easy を周回するのが一番効率がいい。


 そういう訳で、 easy でラスボスを一度倒した頃、早くも店内の準備が整ってきたようで、


「一名様、どうぞ」


 とカウンター席に案内された。


 案内した順に席を回る店員がやってきて食券を回収。


 その際にカスタマイズ内容を尋ねられたので、


「麺は硬め、脂は少なめ、あと、味は濃いめで」


 と応える。チートでも脂を控えるヘルシー志向だ。


 更に、


「麺は無料で大盛りにできますがどうしますか?」


「大盛りで」


 反射的に応えていたが、まぁ、いいだろう。今日はチートデイだ。


 だからこそ、その上に追加してもいいのだ。


「さぁ、米をよそってきてしまおう」


 ランチタイムでご飯は食べ放題。


 とはいえ、半端な量ではおかわりをしまくってしまう。


「うん、これぐらいで勘弁してやろう」


 深めの茶碗に、こんもりとご飯を盛り付けて席へと戻り、ラスボスをもう一度撃破して NEW RECORD SCORE を出したところで、注文の品がやってきた。


 白濁したスープ。丼の縁に並べられた三枚の海苔。うずら玉子。ほうれん草。チャーシュー一枚。


 所謂家系の定番の装いの中央に陣取るのは、お椀で纏められて丸く積み上がったモヤシの山。野菜ラーメンの所以である。


「久々の家系、楽しもう」


 白っぽいスープを少し混ぜれば、褐色が混じる。豚骨醤油の色合い。


「しょっぱい……」


 だが、それはモヤシを混ぜることを組み込んでのこと。


 改めてモヤシを浸して食べれば、ちょうどよくなる。


「麺も行っちゃおう」


 天地を返すほどの量でもないので、丼の隅から中太麺を引っ張り上げて食べる。


「やっぱり、固めだなぁ」


 噛めば噛むほど味わいが増す楽しみを味わえるのだ。


「で、この味が残っている間に……米を喰らってやる」


 茶碗からごっそり米を箸に取り、口へ放り込む。


 途端に、全身が弛緩するような快楽が突き抜ける。


「そうだ。幸せとは、こういう気持ちのことを言うんだ」


 米の魔力。家系ラーメンは関東由来の割に元々ご飯と食べることが想定されているらしい。

 

 だからだろう、店内にはご飯と楽しむための手段が幾つか掲示されている。


「海苔か、これは活用せねば」


 ご飯に軽く胡椒をふりかけ、スープを浸した海苔で巻いて口へ放り込む。


「うむ、海苔とごはんの鉄板の組み合わせに加わる豚骨醤油の味わい……素敵だ」


 他にも、胡椒の代わりに豆板醤というパターンもある。


「海苔はまだある。試さない理由はないな」


 ご飯に豆板醤を載せ、スープを浸した海苔で包んで食べれば、


「ああ、こっちの方が好みかも」


 辛党の身には、この露骨な豆板醤の絡みを海苔の風味と豚骨醤油のオイリーな味わいが包み込むのが心地いい。


 そんな訳で、最後の一枚も同様に食べて、ご飯をある程度消費したところで、


「麺だ。次は麺にいかないと」


 特に工夫は必要ない。


 豚骨醤油をまとった麺は腹の虫を問答無用に喜ばせてくれる。


 米を挟んで麺を喰える、ダブル糖質による強烈な多幸感は、段々と思考力を奪っていく。


 ある程度食べたところで、


「やっぱり、これもいかないと」


 おろしニンニクをスプーン一杯、スープへと放り込んで混ぜる。


 旨みが加速する。


 その旨みで麺と米をガッツリ食って多幸感がどんどん高まっていく。


 今の気持ちを端的に表現するなら、


「すごーい! おいしーい!」


 そんな感想しかもうでてこないフレンズになっていた。


「あれ、もう、ない?」


 旨みに溺れていると、あっという間の出来事だ。


 米も、麺も、具材も全て消えていた。うずら玉子とか、チャーシューとか、いつ喰ったかよく覚えていないが、幸せに包まれて食べたことは間違いないから別に問題ないだろう。


 残るは、スープ。

 

「うん、これは、ちょっとサッパリさせてみよう」


 席に備え付けの酢を一回しして、レンゲで味見。


「計画通り」


 酢の酸味がいい仕事をして、飲みやすい味になっていた。


 そのまま、丼を両手で持ち上げ、


「ぷっはぁ」


 一気に飲み干す。


「まくり券どうぞ」


 その姿をみた店員がすかさずサービス券を持って来てくれる。麺大盛りなどが無料となる一ヶ月有効回数無制限のサービス券だ。しかも、枚数を溜めると特典もある。


 ありがたく頂戴したまくり券をしまい、水を最後に一杯飲んで一息。


「ごちそうさん」


 荷物を纏めて、店を出る。


「……ちょっと、食い過ぎたか」


 食べているときは気がつかなかったが、少々胃が重い。


「腹ごなしがてら、メロンブックスいくか。買いたい本もあるしな」


 かくして、新ヒロインにして真ヒロインのハジメちゃんが表紙の『だがしかし』を買うべく、オタロードを南下していく。

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