第54話 大阪市西区西本町のみそラーメン(麺少なめ野菜増し増しニンニク増し増しカラメ増し増しカツオバカ増し)
「くっ……カレーの匂いは、時に凶器になるな」
仕事を終えた帰り道。
健康のために歩けるだけ歩いて帰ろうとしていた最中のことである。
突如、どこからともなく漂ってきた旨そうなカレーの匂い。恐らく、近くの飲食店からのものだろう。
だが、腹の虫が疼くこの時間帯にこれはキツイ。一気に腹の虫の奴がその活動を活発化させ、盛大に騒ぎ出したのは必然であろう。
「いかん。なんだか、ガッツリ喰いたい気分になってきたぞ」
とはいえ、重力に抗う身としてはカレーをたっぷりは危険だ。
カレー自体も脂質高めで高カロリーな上に、糖質である米を大量に食ってしまう。今の気分だと大盛り以下はあり得ない。特盛りまである。
ならば、野菜をガッツリいって腹の虫を黙らせるのがヘルシーというものだろう。
「ちょうど、この辺りにあったなぁ、そういう店が」
もう、他のことは考えられない。
あの店で、喰う。
野菜、喰う。
最短距離で黄色い看板のお目当ての店へ。
「……少しは変化を付けて、みそにするか」
みそラーメンの食券を買い。
「ニンニク増し増しで。あと、麺は少なめ、野菜増し増し、カラメ増し増し、カツオはバカ増しで」
オーダーを通し。
「イベントの谷間で、今日は平和だなぁ」
明日から小林幸子とのコラボイベントが始まる『ゴシックは魔法乙女~さっさと契約しなさい~』を起動して、おでかけを仕込んだりまだ育て切れていないリリーをアイテムでレベルマックスに持っていったりしていると、
「来たな……」
お目当てのブツがやってきた。
「こいつは壮観だ」
水の入った中ジョッキの倍はあろうかという高さまで積みあがった野菜マウンテン。間違いなくガッツリ行ける。
その表面はたっぷりのカツオ節で茶色く染まり、その麓には二枚のチャーシューと、五センチ四方ぐらいを埋め尽くす刻みニンニクがこれでもかと盛り付けられている。
中でも、麺少な目にするとサービスで追加される煮玉子が一つ、半分野菜に埋まった形で中腹に刺さっているのが目を惹く。本当に『刺さっている』以外に表現しようのない見た目。貴重な光景だ。
いつもより凝縮されたヘルシーさの塊だ。
正に今の気分にピッタリ。ご機嫌マシマシだぜ。
「流石に、これは喰うのが大変だが……何、取り皿が用意されているんだ。活用しよう」
雪崩のリスク回避のため、箸とレンゲを使って山を崩していく。
表面のカツオコーティングもはがれ、段々と白いもやしが姿を現すのが風情があっていい。
そうして、三分の一ほどを崩せば、ようやくスープへの導線が出来上がった。
「ここからが、本番だ」
野菜を存分につかみ、茶色い豚骨みそスープへと浸して喰えば。
「これだよこれ。今の私に必要なものが、全て詰まってやがらぁ」
野菜をガッツリ。これ以上ない味だ。
手が止まらない。
モリモリモリモリ野菜を食べる。
ある程度減ったところで、取り皿に分けた分を戻して、更に食べる。
そうして、不意に気付く。
「そうか、これ、ラーメンだったんだ」
野菜の下から現れた、黄色い太麺。
「うむ、ここで喰う糖質のなんと甘美なことよ……」
背徳的な旨さがある。何、少なめにしたのだ。これぐらいで重力の奴が寄りを戻そうとダンスってきたりはしねぇよ。
安心して、麺を頬張る。
「このために、私は働いてたんだな」
喰うために、というのは比喩ではなく事実なのだ。
仕事の疲れもスパイス。
そして、スパイスの香りがここへ私を導いたわけだが。
「おっと、チャーシューも残ってるとはな」
野菜に夢中で肉が見えてなかったようだ。
この派手な野菜の中にあって、ほろほろと口の中で崩れて広がる静かな豚の味わいは、むしろ箸休めと言えよう。
「煮玉子。普段は避けているが、最近の学説ではコレステロールに気を使うからと極端に玉子だけを避けることはないらしいからな」
思い切って半分がぶりといけば。
「……背徳的な旨さだ」
滅多に食わないだけに、こうして喰うだけで一大イベントだ。麺少な目のお蔭で味わえる、楽しみ。
残りも、迷わず口へ放り込む。
そんな風に食の喜びを存分に味わっていれば。
「もう終わり……だと?」
スープの中から固形物はなくなっていた。
「我、完飲せず」
思わず丼を持ち上げそうになった左手を、右手で押さえる。
これ以上、いけない。
水を飲んで気持ちを落ち着け。
「ごちそうさん」
迷いを断ちきり店を後にした。
とても健康的に腹を満たした充実は、
「ふぅ、ちょっと苦しいな」
腹ごなしも兼ねて、日本橋へ買い物にいかないとな。
今日は『この世の果てで恋を唄う少女YU-NO』、『風夏』サウンドコレクションと、欲しいものが色々出ている。
食欲を満たした私は、物欲を満たすべく、日本橋へと向かう。
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