第53話 東京都千代田区神田駿河台のラーメン+たまねぎ入れ放題
今日は日帰り東京出張が入っていた。
そうなると自宅を出るのが早く、結果的に朝食の時間も前倒しになるため、昼前には空腹がやってくる。
だから、仕事場へ向かう前に早めの昼食を済ませておく方が効率がいい。
あくまで業務上の都合で昼休みを早めに取るのと同じことだ。
「勢いで、来てしまった……」
だから、仕事場への経路から十分程度外れた場所まできて昼を喰ったところで、罰は当たるまい。
そんな訳で私は今、御茶ノ水にいた。
「もう、開くよな?」
開店時間は11時。ついたのが10時50分。これぐらいなら待つが吉。『ゴシックは魔法乙女~さっさと契約しなさい~』をプレイしていればすぐだ。
今回のイベントは、早々に【書羽】ブライスが手に入ったのでとても平和だ。ショット限定アクティブポイントランキングなので、この機会に裸眼の使い魔も育てておこうと、まずはガトリングで周回中なのだ。
そうして、一度出撃している間に、店員が開店準備で出てきて、少し早めに店内へと通してくれる。
ありがたい。
そうして、食券機の前で何にしたものか考える。
ラーメン、つけ麺、まぜそば、冷やし中華 etc. 悩ましい。
これから仕事なのだ。チャレンジして折れたら大阪人としては美味しいかもしれないが社会人としては不味い。
「そういや、基本メニューを初回しか食ってなかったな」
ふと、そんなことを思い出す。
ならば。
「これだな」
控えめに、小ラーメンの食券を購入して、席へ着こうとしたところで、
「あ、せっかくだからトッピングもいっとくか」
たまねぎ入れ放題の食券も購入する。
そうして、席へ着いて店員に食券を渡す。
「トッピングどうされますか?」
「ヤサイマシで」
GAME OVER
「ヤサイチョいマシで」
GAME OVER
おや? なんだか不思議な感覚がした。
失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した……
みたいなイメージが頭を過ったのだ。
もしかしたら、選択を誤った世界線の記憶が見えたのかもしれない。リーディングシュタイナーは誰もが持つものというからな。
地理的に、牧瀬紅莉栖の宿泊していたホテルが御茶ノ水だったからな。そういうことがあっても不思議ではない。あと、紅莉栖はずっと眼鏡を掛けていたらいいと思うんだ。
閑話休題。
「トッピングはどうされますか?」
「全部普通で」
これが、たった一つの冴えたやり方。
仕事前に冒険なんてするものじゃない。
小ラーメンにしたのもそのためだ。小ラーメンの麺量はたったの200g。一般のラーメンの大盛りにプラスαした程度の量に過ぎない。
社会人としての節度は、きっちり持って昼を喰いに来ているのである。
セルフの水を入れていると、金属製の円筒形の容器が席へと用意されていた。
入れ放題の刻みたまねぎだ。
とはいえ、ラーメンの出来上がりまではまだ時間がかかるだろう。その時間は、ゴ魔乙ではなく、文庫本を読んで過ごすことにした。
最新の研究に基づく伊達政宗の本だ。なんでも、伊達政宗はエルフだったらしい。佐竹がアルラウネで上杉がマンティコアで武田がヴァンパイア、だったとか。
とても刺激的な研究内容を興味深く読んでいると、注文の品がやってくる。
「ああ、普通だ」
大きめの丼に五センチ程度の山となったもやしとキャベツ。「すべて普通」と言ったために普段は抜いている背脂がその頂点を飾っているが、これから仕事だから消費するに違いないので気にしない。
野菜の麓に覗くスープは、いい感じに乳化したミルキーな褐色。
また、野菜の隙間から豚が覗いている。結構大ぶりなものが野菜の中に埋もれているようだ。
だが、これではまだ不完全だ。
「何をおいても、たまねぎを入れないとな」
野菜の麓にスプーンで三掬いほどたまねぎを添える。
更に、
「これも、入れない訳にはいかないな」
席に備え付けられた容器から、ニンニクを同じく三掬いほどたまねぎの横に添える。
「う~ん、絵になる」
思わず見とれる光景だ。
だが、見とれていても腹は膨れない。
「いただきます」
まずはレンゲを手に、スープを一口。
「おお、まろやか……」
ジャンクに見えて、丁寧な仕込みによる豚の旨みを感じる味だ。
今度は割り箸を手に野菜を浸して喰うが、それもまた美味。
「で、初のたまねぎ行ってみるか」
ここまで、あえて避けていたたまねぎをスープと一緒に口へ運ぶと。
「これはいい。このスープ、たまねぎとの相性抜群だ」
たまねぎトッピングを提案した人に感謝だ。
今度はニンニクも合わせてみるが、同じネギの仲間同士、合わないはずがない。
「これに麺が調和しないなんてことがあるなんて、考えられない」
旨い。
普通のラーメンたまねぎプラス、とても旨い。
たまねぎだけで、これほどの多幸感を味わえるとは。『食戟のソーマ』だったらはだけてた。
「お、いよいよ豚の登場か」
麺と野菜をモリモリ喰えば、野菜の中から豚の塊が二つ、こんにちは、だ。
「こうしてやる」
豪快に端で掴み、入るだけ口に入れて噛み切る。
しっかり煮込まれた豚肉は、抵抗なく引き裂かれて口内にその旨みを惜しげなく広げてくれる。
豚本来の旨みが活きた素朴な味。
そこに、ニンニクとたまねぎの風味が加わったスープの旨みが+ワン。ねぇどうしてどうして教えて右と左が豚豚。
「あかん、箸が止まらん」
ずるずる麺を啜りわしわし野菜を喰ってもぐもぐ豚を齧る。
食の喜びを満喫できるひと時。
だが、そんな時間が長く続くはずもない。
「ああ、もう、終わってしまったのか……」
丼の中には、ミルキー褐色のスープのみ。
レンゲでついつい掬って飲んでしまうが、
「汝、完飲するなかれ、だ」
社会人としての節度が、ブレーキをかける。ニンニクを入れるときには働かなかった程度の性能のブレーキを。
「でも、最後にこれだけは試しておきたいんだ」
レンゲにスープを入れ、そこにたまねぎを一掬い。
更に、席に備え付けの酢を垂らす。
そのまま、口内に運び味わえば。
「ああ、やっぱい最高の味だ」
豚のまろやかな旨みに、たまねぎの辛味、それをぐっと占める酢の酸味。
全体の風味が変わってしまうので酢の投入は避けていたが、どうしても最後に試しておきたかったのだ。
「こんどは、麺がある間に酢の風味も試してみるか」
また次の機会に思いを馳せ。
「ふぅ」
最後に一杯の水で口を清め。
「ごちそうさん」
店を後にする。
「さて、お仕事お仕事」
仕事場へ向かうべく、JR御茶ノ水駅へ。
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