第46話 大阪市北区梅田の濃厚魚介つけ麺(ヤサイ増し増しニンニク増し増しカツオ増し増し)
例えば、だ。
家族のために金が必要だったとする。
少々汚い金でも仕方ない。
ちょっとしたコネを利用して、人様の家から盗んで小金を貯めていたとしよう。
そこで、一つの情報を得るのだ。
かつて、家族の不幸で示談金として大金を手に入れた老人のことを。
周囲は空き家ばかりの中に立つボロ屋に、一人で住むという盲目の老人のことを。
金は、どうやら、その家の中にあるらしいぞ?
更には、その家への侵入手段は確保できそうだとしたら。
どうする、どうする、どうする? 君ならどうする?
つい、魔が差してしまうこともあるかもしれない。
だが、その老人。
盲目とはいえ、湾岸戦争で中東で戦った退役軍人なのだ。
若者三人組の強盗団を撃退するのに、視力などいらぬ。
聴覚と嗅覚でどうとでも、なる。
カモだと思って飛び込んだら、そこに飛び込んだ自分たちこそがカモだった。
息を潜めろ!《ドント・ブリーズ》 でないと、殺られるぞ!
少しでも、いっちゃう? と思った諸兄は処刑されるところだったと反省すべきであろう。
この話から得られる教訓は、『泥棒、よくない』だな。
そんな痛快盲目老人無双活劇(?)『ドント・ブリーズ』を観た帰りのことである。
「腹が、減ったな」
仕事帰りにそのまま大阪駅の劇場で映画を観たこともあり、胃袋の中はすっかり干上がっているようだ。健康的に、腹の虫が鳴いている。
「でも、どこへ行ったものか?」
なんとなく、ラーメン……いや、つけ麺な気分だった。
なら、いつものあの店へ向かうべきか……でも、同じ店ばかりというのもなんだし。
ああでもないこうでもない、と思案しながら長いエスカレーターを降り、南へ歩き、更に降り、としていると。
「あ、降りすぎた……」
地表へ降りるつもりが、勢い余って地下までやってきてしまった。
「いや、このうっかりには意味があると考えよう」
地表のいつもの店は、今回は見送れという何かの導きだろう。
今の居場所を確認する。
目の前には阪神百貨店、右手には阪神電車の乗り場。
「なんだ、ここか」
よく知っている場所だった。ここから正面へしばらく歩けば、北新地の駅がある。
そうして、その途中には、
「駅前ビルが、あったな」
そのままのネーミングの駅前第一ビル~第四ビルの地下二階に、この通路は連絡しているのだ。
駅前ビルの地下は、飲食店が豊富にある。つけ麺が喰える店も、幾つか思い当たる。
「ならば、あの店に行こう」
思い当たった中では比較的新しい店へと、向かう。
「お、空いてるな」
半端な時間だけに、先客は一人だけ。
店頭の案内板をみると、
「お、梅田店限定、か……そうか、これを喰え、という導きだったんだな」
勢い余った理由を見出したところで、私は『濃厚魚介つけ麺』という、むしろつけ麺屋であればありふれた、だが、この系列の店ではないメニューを選んだのだった。
「ニンニク入れますか?」
食券を出す前にフライング気味に尋ねられるが、今の腹具合などを計算し、
「ニンニク増し増しで、あと野菜は増しで」
留めようと思ったのだが。
「あ、やっぱり野菜増し増しで、あとカツオも増し増しで」
やはり、増し増しにしてしまう。とはいえ、つけ麺はラーメンの半分ぐらいの量なので、問題ないだろう。
「それと、麺は温盛りで」
この季節、やっぱり温かい方が良い、というのもあるが、冷盛りは冷水でしめる分時間が掛かるから、という理由の方が大きい。私は、腹が減っているのだ。少しでも早く喰いたい、と思うのはごくごく自然なことであろう。
あとは、できあがりを待つばかり。
新イベントが開始した『ゴシックは魔法乙女~さっさと契約しなさい!~』をプレイして待つかと思ったが、
「あと一時間弱で限定ステージか……」
今、出撃してAPを消費するより、アクティブポイントが沢山貰える限定ステージで消費するべきだ。しかも、限定ステージはショットも『ブラスター』限定である。
そう、『エスプガルーダ2』より参戦のめがねっ娘、アサギを育てるのにちょうどいいのである。
ここは、ぐっと我慢すべきだ。限定メニューができあがるのを待ちながら、限定ステージの開始に備えて出撃を控えるのも乙というものだ。
代わりに、週刊少年チャンピオンでも読んで待とう。
「お、読み切りの主役はめがねっ娘か」
と期待したところで、注文の品がやってきてしまった。
めがねっ娘も、我慢しよう。
慌ててチャンピオンを鞄にしまい、やってきたブツを狭いカウンターに並べる。
大きな丼に盛られた、鰹の降りかかった麺。
小ぶりな丼には、『濃厚』は伊達じゃないポタージュも通り越したような、ペーストにさえ見える濃厚なつけ汁。ペーストに大量に紛れた黄色がかったツブツブは増し増したニンニクであろう。
そして、つけ汁と同じ小ぶりな丼がもう一つ。
そこには、てんこ盛りのもやしとキャベツ。頂上にはアブラが乗っており、更にその上には鰹がまぶされて醤油ダレが掛かっている。
「おお、いいねぇ、ほどよいねぇ」
ラーメンの増し増しは結構暴力的な見た目だが、こちらは比較的ソフトだ。
「さて、野菜を先ず頂いてみるか」
もやしが多めの野菜を一つかみし、つけ汁に浸して食べると。
「うお、これは、いいな」
とてもオーソドックスな魚介つけ麺の風味。
よくある味、といえばそれまでだが、安心の味、とも言えるだろう。
だが、そこには罠が潜んでいる。
「ガツンとくるニンニクが嬉しいねぇ」
そう、魚介のいつもの味と思わせて、増し増した奴らがドギツイパンチを口内に放ってきやがる。野菜の優しい味わいを、一変させる味の暴力である。
「お次は、麺に……まぁ、旨くないわけはないな」
温盛りにして締めていない分、少しゆるめの食感であるが、それでもモチモチとした太麺の食感は味わえる。そこに絡む、魚介の香りに、更には麺にまぶされた鰹の風味も合わさって、中々にバランスのいい味わいだ。
しばし、麺を啜り、野菜を食い、麺を啜り、野菜を食い、野菜を食い、野菜を食い……
「野菜うめぇ……って、しまった!」
気がつけば、野菜ばかり食っていた。つけ汁との相性がよかったのもあるが、それは、とんでもない過ちだった。
「なんてことだ……つけ汁マネジメントに失敗してしまった……」
元々、濃厚で絡みやすいつけ汁だ。
野菜ばかりバクバク喰っていたお陰で、未だ半分近く麺を残した状態でなくなりそうな勢いだった。
「いや、待て。まだだ。まだ、何とかなる……」
幸い、つけ汁に潜んでいた細かく切ったチャーシューやらメンマにはほとんど手を付けていない。つけ汁も、なくなりそうとはいえ、ゼロではない。
ならば。
思い切って残った麺を全てつけ汁に投入。
「つけるに足りないなら、まぜればいいじゃない!」
ここからは、まぜめんにチェンジだ。
つけ汁の量は少ないが、具材と共に麺に絡めれば、まだまだ行けるはずだ。
「さて、お味は」
混ざったところで一口喰らえば。
「……計画通り」
チャーシューの旨みと、既にバランス的につけ汁の風味を上回るニンニクの刺激。
「これはこれで、いいぞ」
麺を啜り、野菜を食べ……
そこで私は、自分の犯した過ちに、ようやく気付いたのだった。
「なんてことだ……何も付けなくても、いや、むしろ付けない方が、旨い、だと……」
「つけ麺だから汁につけないといけない」というトンデモない先入観を持っていた己の愚かしさに愕然とする。
わざわざアブラと鰹を載せているのだ。野菜から出た水分とアブラと鰹の出汁で、十二分に野菜の旨みが引き出されていた。
シャキシャキしたもやしとキャベツの食感。
口の中に広がる素朴な甘みと、そこに調和する出汁の風味。
「そうか、これ、そのまま食べればよかったんだ。こんなことではつけ汁マネージャー失格だ」
そんな役職に就いた覚えはないが、勢いである。
「くっ……次は、もう間違えないぞ」
とはいえ、増し増したお陰で、まだまだ野菜は口を楽しませ腹の虫を喜ばせてくれる。そこに、まぜそば状態の麺も加わり、胃の腑が満たされていく。
「さて、〆にスープ割り頼むか……いや」
割りスープを頼む必要などない。
野菜を食べ終わった丼には、いい感じに野菜とアブラと鰹の旨みの詰まった出汁が溜まっていた。
「これを使うべきだろうな」
もう、つけ汁はペーストのようにこびりついて残っただけの丼に、野菜の丼の残り汁を入れる。
両手で丼を持ち。
口へ運べば。
「ああ、正解だ!」
これまで食べた全ての旨みがいい感じにせめぎ合う絶妙な味わいのスープ割りが、口の中へと流れ込んでいた。
味わいながらもごくごくと、飲んでいく、呑んでいく。
そうして、味に呑まれていく。
カタン、と。
空になった丼をカウンターへと戻す。
「ふぅ……」
最後まで楽しんだ満足感に息を吐いてしばし余韻に浸り。
食器を付け台へ戻し。
「ごちそうさん」
店を後にする。
「さて、帰るか」
限定ステージが始まるまでに家に帰り着くべく、駅へと向かう。
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