第47話 大阪市東成区深江南の辛麺(レギュラーこんにゃく麺5辛)
「もう、29回目か……」
関西では、かつては男性向け作品のイベントはオンリー系の小規模イベントが主体で、大規模イベントは女性向けの傾向の強いコミックシティだけだった。
そんな状況下で『関西でも男性向けのオールジャンルイベントを』ということで、インテックス大阪を舞台に始まった『こみっく☆トレジャー』。
かつてのオンリー系のスタッフが関わっているのだろう、同人誌即売会というだけでなく、イベント内ラジオがあったり、メイド隊がドリンクサービスしていたり、遊び心のあるイベントとして続いてきている。
かつて、第7回の開幕で『ウルトラセブン』を館内BGMとして流すようなイベントなのだが、本日の開幕が
寒波が来て関西各地でも雪が観測されていたが、大阪市内は積もることもなく、ただ、冷たい風だけが吹き荒んでいた。
そんな冷気に包まれながらも、様々な欲望が渦巻くインテック大阪のホールには熱気が満ち、盛会の内に幕を閉じた。
だが、イベントを終えて現世に還れば、冷気は未だに満ちているのは必定。開場からの帰宅の途で我が身はすっかり冷え、底冷えがする部屋の中で震えていた。
「こういうときは、あったまるもんを食うに限るな」
寒い外に再び出ることにはなるが、正直、自炊の後に洗い物で水を扱う方が辛い。
少し足を伸ばして、確実にあったまりつつ、風邪なども引かないように精のつくものを食べにいくとしよう。
「久しぶりだな」
かくして訪れたのは、赤を基調とした看板の出た、深い茶色の木造の店舗。こじんまりとした店ではあるが、関西では数少ない宮崎辛麺が食える店だったりする。
そう、寒いなら、辛い物を喰ってあったまるのだ。ニンニクとニラと卵という具材も精がついて風邪の予防に効果的でいい。実に、冬向けの食べ物だ。
あれこれ考えず、店内へと入る。寒いから。
「おわっ」
瞬間、目の前が真っ白に染まる。寒い室内から暖かい室内に入ったことで、一瞬で結露したようだ。
眼鏡者の宿命であろう。
できれば、己の眼鏡を曇らせることなく、めがねっ娘が同じような状況に陥ったときにすかさず「これでお拭きなさい」と眼鏡拭きを出すような漢でありたいところだ。
そんな妄想はさておいて、人数を聞かれたので一人と答え、取り急ぎ眼鏡をずり上げて確認すると、店員がカウンターの奥の席を手で示していた。
示された席へ向かうと、
「熱いなぁ」
暑い、ではない。厨房の中華鍋から立ち上る熱気が、いい感じに空気を熱していた。
コートを掛け、席に着くと、店員が水を出してくれた。
「レギュラー、こんにゃくめん、5辛で」
流れるように注文をする。
今までは、チャーハンセット+生ビールだったが、糖質を少々気にしているのでこのセットは控えている。
因みに、ここのシステムは、量(レディース/レギュラー)・麺(こんにゃく麺/中華そば/うどん/ごはん)・辛さ(5辛までは無料、以降、5辛ごとに+50、31辛以上は要相談)を選ぶシステムだ。
因みに、『レディース』が並に当たるので、『レギュラー』は一般的な店でいう『大盛り』である。
とはいえ、こんにゃく麺はこんにゃくではないにしろ、比較的糖質もカロリーも低めのそば粉をこんにゃく状に仕上げた麺である。大盛りでも、それほど問題にならないだろう。
注文を済ませれば、お冷を飲みつつ『ゴシックは魔法乙女~さっさと契約しなさい!~』を起動する。今の人の入りなら、一回出撃する程度の時間はあるだろう。
今回のイベントは、特に新しいめがねっ娘魔法乙女が追加されることもなく平穏なのであるが、せっかくなのでアクティブポイント報酬のスフレは三枚揃えておこうという腹づもりである。ゲームを楽しむには、目標が大切なのだ。
ボーナスステージでの稼ぎがメインだが、今の回復ペースなら一回余分に出撃出来るのでちょうどいい。
勿論、水属性が活躍出来るステージで、リリーメインの編成である。サイクロン、使い易い。
そうして、約二百万点ほどの更新で『 NEW RECORD SCORE 』を出して気持ちよく出撃を終えたところで、注文の品がやってきた。
「でかい、な」
丼が、である。さすがレギュラー。
セットメニューは標準サイズのレディースなので、二回りぐらい大きい。
その中は、赤黒いスープで満たされている。
「見るからに旨そうだなぁ」
溶き玉子とニラとニンニクと挽肉を孕んだスープには、食欲をそそられずにはいられない。
「いただきます」
レンゲでスープへダイレクトアタック。待てない。
「温まる……」
唐辛子の辛味は強いもののサッパリしたもので、その中に挽肉やら色々なものでとった出汁の風味が旨みとして伝わってくる。物理的な熱だけでなく、食の喜びにより心も温まる味だ。これぞ、旨辛。
次は、麺である。
「この麺の食感は、本当、他になくて楽しいなぁ」
そば粉で創ったこんにゃく麺は、糸こんにゃくよりもずっと腰が強い。なんというかぐにゅぐにゅとした食感で、柔らかいものをハサミで切るときに上手く力を掛けないとへにゃっとなって全然切れないのと同じように、上手いこと噛まないぐりゅっとなって全然噛み切れない。だが、その独特の食感が楽しい。
そこからは、玉子とニラとニンニクと挽肉の具材を交えながら、スープと麺を存分に味わっていく。
心身共に、心地良い熱が満ちていくのを感じる。
この喜びを与えてくれる店が、比較的近場にあるのは巡り合わせだ。何しろ、九州圏以外では、宮崎辛麺を出す店は非常に少ない。その一つが生活圏内に存在する有り難みを噛み締めよう。
そうして、ほとんど麺がなくなったところで、
「この穴あきレンゲの出番だな」
この店では、通常のレンゲと穴あきのレンゲの二つが付いてくるのだ。
スープの底に残った具材をサルベージしては、口に運ぶ。辛味が洗い流されつつも旨みだけが残った具材を、鍋物を浚える感覚で味わえるのが、とても嬉しい。
「残ったスープに、ごはんを入れたいところだが……」
恐らく、この道具にはそういう意図もある気がする。そもそも、麺の選択肢にごはんがあって、替え玉にもごはんがあるのだ。
スープにごはん投入は、この店のシステム上は基本動作の一つ。
だが。
「駄目だ……あと×キロ体重が落ちるまでは、我慢、すべき、だが……」
切実な理由でごはん投入を拒もうとしつつも、腹の底から湧き上がる欲望に負けそうになったところで、
「う、うぉあぁおあおあぁぁぁぁあぁあ」
丼を両手に持ち、残ったスープをごくごくと飲み干す。
「こ、これで、もう、ごはん投入は、で、できない、ぞ?」
私は何と戦っているんだろう? と思わないでもないが、目の前にあるのは空っぽの丼にも。もう、何もできない。
水を飲んで気持ちを落ち着け、
「ごちそうさん」
会計を済ませて店を後にした。
「寒っ!」
容赦ない冷気に巻かれながら、一刻も早く帰宅すべく家路を辿る。
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