第45話 兵庫県豊岡市城崎町湯島の城崎流カニ塩らーめん
「久々の旅だ」
社員旅行と夏冬の聖戦以外では、十年以上ぶりの旅である。
仲間内でマイクロバスをチャーターし、カニを食いに兵庫県の香住へむかうのだ。
その途上でのことである。
城崎で一時自由時間となった。昼食は、そこで済ませることになる。
「カニは、夜喰うからなぁ」
飲食店の大半は、カニ料理推しである。総選挙なら、カニがセンターで間違いないだろう。
「そうなると、但馬牛か」
そうは思うが、なかなか強きの値段である。リーズナブルな値段の店を探しさ迷えば、
「お、ここはよさげだぞ」
千円代で、但馬牛の丼ものがある。これは、ありがたい。
「結構ならんでるが、まぁ、観光地の昼時だ。どこも同じだろう」
気にせず列に入り、『ゴシックは魔法乙女~さっさと契約しなさい!~』をのんびりプレイして待つ。
リリーと戯れていれば、時の流れは速い。
すぐに順番が回ってきた。
席に案内され、メニューを眺める。
「城崎流カニ塩らーめん! そういうのもあるのか!」
夜カニを喰うにしても、ラーメンとなれば話が違ってくる。
「城崎流カニ塩らーめんを」
注文を取りにきた店員に力強く告げていた。
「さて、どんなのが出てくるやら」
期待に胸を膨らませながら、待つことしばし。
「カニ塩ラーメンです」
「おお、確かにカニだ」
出てきた丼の中身は、とてもシンプルだった。
ベースはオーソドックスな薬味としてネギがチラされただけの細ストレート麺の塩ラーメン。
だが、その上に、カニの足が二本、更に、二つに割られた足の付け根の胴部分まで入っている。
他に具材はない。
潔いまでにシンプルなカニ塩ラーメンだった。
「いただきます」
カニは楽しみにしておいて、まずはラーメンの部分を楽しむ。
「上品な塩ラーメンだ……」
スープも麺も、変に癖のない、なんというか、典型的な塩ラーメンの味である。それゆえ、上品な味わい。ただその中に、黒胡椒が最初から入っていてアクセントとなっているのは、中々侮れない。
「さて、カニに行くか」
足を一本手に取り、関節で折り、身を引っ張り出す。
出てきた身を口に入れて、取り出せば、あら不思議。
身が無くなって筋だけになったカニの足が現れる。
身はどこに行ったのか?
「カニだ、久々の、カニだ……」
口内でじっくり味わった後、胃の腑へと落ち着いたに決まっている。
「しかし、この味わいとなると……」
そこでタイミング良く通り掛かった店員を、すかさず呼び止めた。
「すみません、香住鶴を」
これは、日本酒を飲まないとやっていられない。
どちらにしろカニを喰うのは時間が掛かる。
もう一本のカニの足から身を引き出している間に、日本酒がやってきた。
「ふぅ、やっぱり、カニには日本酒だ」
冷酒の香りと蟹の旨みが口内で合わさり、幸せな気分になれる。食の喜びがじわりと体に広がっていく。
「こういうのが、旅の醍醐味だなぁ」
チビチビと日本酒を呷り、カニの身を口にする。
時折、塩ラーメンも楽しむ。
どう考えても、ラーメンを食べるというより、カニを食べているという状態だ。比較的麺はのびにくいタイプのようで、そこは考えられているようで、塩ラーメンは塩ラーメンで美味しくいただけるので、問題はないのだが。
「ようやく、終わりか」
胴の部分に齧り付いて身を全てこそぎ取り、日本酒で流し込んで、一息。
「旨かったんだけど……なんというか、カニと塩ラーメンを食べた印象だな」
カニはカニ、塩ラーメンは塩ラーメンで楽しんでしまったが、このカニが存在感を主張して止まない部分が城崎流なのかもしれない。
「ごちそうさん」
会計を済ませ、店を出る。
「さて、温泉でも入って行くか」
小雨降る、城崎の街へと繰り出す。
だが、私はまだ知らなかったのだ。
宿で出される想像を絶するカニの量を。
その夜、もう当分見たくなるほどのカニの物量という暴力に晒されるのは、また別の話である。
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