第8話 東京都台東区上野のプリズマ☆麻婆ラーメン

 ときどき、問いたくなる。

 なぜに人は、呑むとラーメンが喰いたくなるのか?


 いや、アルコールの作用等色々と科学的に説明が付くことは知っている。

 それでも、だ。


 本能的に〆のラーメンを求めてしまう、そんな業について神話的に考えるのも楽しいのではないか?


 かくして私は、東京の地で旧友と旧交を温めた後、本能の導きに従うことにした。


「やはりここは、限定だ」


 一期一会を大切にする。


 プリズマ☆麻婆ラーメン。


 なんとも愉悦に満ちた名ではないか。これは神話的業に絡んで注文するに値する品だ。


 コンマ数秒の思考でメニューは決めつつ、とある作品に思いを馳せる。


 神話の登場人物達が現代の魔術師の元に集いて望みを掛けて争う『聖杯戦争』を描いた『 Fate/stay night 』だ。この作品のヒロインは『氷室の天地 Fate/school life 』の主人公である氷室鐘であることは『 Fate/hollow ataraxia 』での扱いも鑑みても疑いようもないのであるが、忘れてはならないのが遠坂凜である。


 彼女は、常に細かい作業をし続けるべき存在なのである。


 細かい作業を行うとき、彼女はヒロインとなるのだ。ヒロインとは、メガネを掛けることから始まるのは神話の頃から私の中では確立された理論である。


 そうして、気がつけば、注文の品が席に届いていた。


「見た目は……麻婆豆腐の載ったラーメンだな」


 つまりは、そのままである。


 他に、ゆで卵、刻みネギ、豚バラ肉の炒めたものが乗っている。


 当然のように、スープは真っ赤でアリその中に太麺が覗いている。


 見るからに、旨そうだ。夏らしい装いではないか。


 まずは、麺を一口啜る。


「ぶほっ」


 麺に絡んだスープを吸ってしまい、むせる。辛味を食すときによくやってしまうミスだからご愛嬌。


 気を取り直し、再び口に運んで食す。


「辛いが旨い。正に愉悦……痛い」


 とにかく愉悦を感じる味だ。


 激辛麻婆豆腐の味が、むしろベースのスープを円やかにしたかのような安心感。正に愉悦。


「このゆで卵が、箸休めとして生きているな。うん、痛い」


 辛味の浸透していない白身と黄身の風味が、箸休めというか舌休めとして働いているのだ。


 だから、この程度の辛さのスープ、まったくもって平気痛い。


「なら、この豚肉もいい感じ痛い」


 なんとも、旨痛い。


 よく解らない時間だった。


 どうして自分はこの店で痛い思いをしてまでこのラーメンを食しているのか? 痛い。


 とにかく、口に運んでしまう。痛い。


 スープさえも、啜ってしま痛い。


 円やかだからといって、辛くないとは一言も言っていな痛い。


 そもそも、レギュラーの麺のカップ麺版は相当手加減しているので、この限定の方がより辛痛い。


 二言目には痛いと出るのが痛い表現ではあるが事実なのだから仕方な痛い。


 だが、その痛みも反転して愉悦となるのだ。


 愉悦が愉悦して愉悦する、そんな味わいに満ちたとしか酔っ払いには表現出来ない、しかし、確かに旨い一杯であった。


「ふぅ、喰った喰ったらクタクタだ……ぷっ、くくく……」


 そんな『ゴシックは魔法乙女~さっさと契約しなさい!~』の氷の悪魔リリーのようなネタを口にして笑いが込み上げてしまうほどにグダグダだった。これではただ酔っ払いがクダを巻いてるようなものだが、それで十分か。事実だから。


「ごちそうさま」


 店を後にする。


 さて、ホテルに帰って黄色い猫を集めよう。全てはフォレットのために。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る