第5話 東京都千代田区神田駿河台のすごい冷やし中華
また、夏が来た。
『夏』のため、私は東京へとやってきていた。
「さて、ホテルに荷物を預けたところで、昼飯だな」
時は、丁度昼時。
やや雲が多いが、それでも日射しは強い。
「こんな日は、冷製のものにしたいが……」
ここで、問題があるのだ。
なぜか、この季節。冷製のものにはとんでもない頻度で毒が入っているのだ。
それは、蔓状の植物の細長い緑の実。残念ながら、あれを食い物と私は断じて認めないので、あくまで『植物』と表現させていただこう。
うっかり喰おうモノならリアルに嘔吐するレベルで駄目なのだから、私の主観において『毒』と表現することに些かも誇張はない。体質によって、毒になるものなど、誰しもあるだろう。
そもそも外食すると結構な頻度で遭遇するからこそ、毒がほぼ確実に入っていない麺類が主体で店を選んでいるという事情がある。決して、話のネタにラーメンばかり喰っているわけではないことを理解していただきたい。
そんな中、冷製の麺類だけは、高頻度で毒を含む。
それでも、挑戦したいメニューがあった。大丈夫、毒抜きが可能なことは、先人の言葉として確認している。タルタルソースに入っているのも、玉葱とピクルスで生の奴はいないことを確認済み。
私は、御茶ノ水へと歩く。ここへ向かうと、どうしても『 STEINS;GATE 』の牧瀬紅莉栖を思い出さずにはいられない。一枚絵などでは眼鏡を掛けた姿を披露しているのも中々に趣深い女性キャラである。
とはいえ、やはり『 STEINS;GATE 』のヒロインと言えば桐生萌郁をおいていないのである。本編では存在しない彼女のシナリオをきっとあると信じて数十時間を費やしたりしたが、ファンディスク的な『比翼恋理のだーりん』で生来のお茶目さが発揮されて格段に可愛いキャラとなり、『0』でも、また違った形で活躍を見せてくれる、とても素敵なヒロインである。
とはいえ、ソフマップに『比翼恋理のだーりん』の予約キャンペーンで予約した際に、推しキャラのアンケートに萌郁と答えたら受付の人に無茶苦茶驚かれてなぜか私が一人目だったことを告げられたのを今でも覚えている。その日限りの一日のイベント、開店からやってて閉店まで後一時間を切った時間だったというのに……。
いや、忘れよう。その後の活躍で報われているのだから。
そんなことを考えていると、お目当ての店についた。幸い、そこまで混雑して折らず、すぐに入れそうだ。
店内で、『すごい冷やし中華』と手書きされたボタンを押して食券を買い、ここまで歩いて乾いた喉をセルフサービスの水で潤す。
席に案内されるタイミングで、店員が食券を受け取りにきて麺の量などを尋ねられる。
「麺は400gで、●ュ●●抜きでお願いします」
不適切な言葉のため、伏せ字にしているが、当然店員には苦しみながらもまともに告げている。仕方ない。伝わらなかったら一大事だからだ。
そうして、席に着く。
「さぁ、フォレットゲットのために頑張らねば」
待ち時間を利用して、『ゴシックは魔法乙女~さっさと契約しなさい~』のイベントに励む。今回はイベントステージで黄色い猫を集めると『デススマイルズ』の火属性のロストチルドレン、丸さに定評のあるめがねっ娘のフォレットが手に入るのだ。頑張らない道理はない。
既に一枚ゲットしているが、猫を800匹集めれば4枚貰える。更に、アクティブポイントを75000稼げばあと1枚。同一カードを合成しての限界突破は最大四階なので、そこまでやれば最大まで育てられるという寸法だ。
一回の出撃で手に入る猫は最大6匹。それはパターンが完全に嵌まった場合の話であり、取りこぼしもそれなりにあるので平均すれば3、4匹。200回ぐらい出撃しないといけないのだが、まぁ、なんとかなるだろう。
そうして、3回ほど出撃し、13匹の猫を確保したところで、注文の品がやってくる。
「おお、これは、すごい」
冷やし中華といいながら、山盛りの麺の上には豚バラ肉の焼き肉とタルタルソース、そして、ガリが乗っている。毒がないモノトーンの見た目が素晴らしい。彩りなどどうでもいい。旨ければ。
さっそく、タレのよく絡んだ底の方から麺を引っ張り上げて口に運ぶ。
「なるほど、確かに冷やし中華だ」
見た目のインパクトに反し、非常にオーソドックスな酸味の効いた冷やし中華の味だった。
だけど、それでは済まない。
豪快に乗っかっている焼き肉を咀嚼する。
「この焼き肉のタレの味……旨くないわけがないな」
次は、卵白で創られたと思しき、白いタルタルをれんげで掬って食べてみる。
「うん、玉葱たっぷりでいいアクセントだ」
最後に、ガリも試す。
「この酸味も、タレの味とはまた違ってなんだかホッとする」
ベースは確かにオーソドックスだが、周囲を彩る味の花々。
気がつけば、ベースのタレにタルタルと焼き肉のタレが混ざり褐色に濁ったよく解らないスープが出来上がっている。
「お、おお、これは、凄い」
麺を食べれば、最初とは全く違う、ここまでの味が渾然一体となった暴力的な味がする。酸味に甘みに旨み。そこに混じるガリと玉葱それぞれの個性ある歯ごたえ。焼き肉の存在感。
何より、固い麺を咀嚼すると、否応なく口中に広がるそれらの未体験の味を堪能することとなる。
メニューの名前に偽りなしだ。
だが、これで終わりというのも、勿体ない。
「ならば、更なる高みを目指そう」
座席に備え付けの刻みニンニクに目を向ける。
「入れすぎると、全てがニンニクになってしまうから……」
スプーン一杯を試しに入れ、その周辺を掬って味見する。
玉葱と同系統であり、それでいてパンチの何倍効いたニンニクの風味が更にプラスされる。
「イケる!」
確信した。これは、旨い。
気がつけば、あと二掬いのニンニクを投入し、ガツガツと麺を囓り、ガリを咀嚼し、肉を食む。細かい事はいい。ただただ、この味の暴力に身を委ねるドMに、今は堕そう。
かくして、気がつけば、麺はすっかりなくなっていた。
「ああ、もう、終わりか……」
わずかに残る濁ったタレを名残惜しく啜る。
だが、何事も始まりがあれば終わりがあるのだ。
「ごちそうさん」
食事の終わりを示す言葉と共に、後ろ髪を引かれながらも私は席を立った。
「さて、腹ごなしに上野まで歩いて、めがね之碑を参拝して安全を祈願するか」
こうして、私の『夏』は始まった。
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