第4話 大阪市東成区深江南の宮崎辛麺(こんにゃく麺、5辛、チャーハンセット)

 夏の祭典が近づいてやるべきことが多く、休日も休めない日々の中。


 気分転換がてら昼食は外食で済ませようと思い立つ。


 容赦のない日射しはインドア作業に勤しんでいた身には応える。


「溶ける……」


 家を出た途端、排熱口の前にでも立ったように、熱気が全身を撫でる。


「暑い日には、辛いモノに限る」


 そう思い立ち、少し足を伸ばして辛味を求める旅に出る。


 暑さに蕩ける外なかった旅の道中の記憶は曖昧である。ただ、途中に涼を取るために立ち寄った本屋で『監獄学園プリズンスクール』の最新巻が発売していたことだけは覚えている。手ぶらだったので買わなかったが、まぁ、今度仕事帰りにでも購入しよう。


 そうして、辿り着いたのは唐辛子をイメージしてか赤を基調とした幟が出た店舗。宮崎のご当地麺である辛麺屋である。


 別に、昼を食べるために宮崎まで遠征したわけではない。宮崎周辺を中心とするチェーンの数少ない本州の支店に来たのである。


 店頭には、メニューの書いた看板が出ている。平日よりは割高だが、休日でも基本的なセットメニューがあった。


 餃子セット、チャーハンセット、からあげセット、加えて、土日限定のチキン南蛮セットがあるらしい。


「ここは、チャーハンセット一択だ」


 カロリーのことなど考えてはいけない。


 あの『 AIR 』の国崎行人が事あるごとにラーメンセットを食べたがるのは有名であるが、観鈴がごはんをチャーハンに変更するという条件で行人を買収しようという描写があった。やはり、チャーハンの方が高級なのだ。いや、よく考えてみれば、具材が入って調理のコストも掛かるのだから、当たり前だった。


 ともあれ、白いごはんも勿論いいが、チャーハンは更にいい、それだけのことだ。


 心を決めたところで、狭い間口だが奥行きのある店内へと入る。


 入ってすぐにテーブルがあり、その奥は、右手が厨房、左が奥まで伸びる通路に沿ってカウンターが並び、最奥には幾つか座敷がある造りのようだ。


 お好きな席に、ということなので入ってすぐのカウンター席に陣取ると、座席備え付きのメニューでシステムを確認する。


 辛麺を売りにしているだけあって、辛味は調整可能となっていた。5辛までは追加料金なしで選べ、それ以上は、50円追加+5辛までできるシステムだ。別にそこまでチャレンジングに行きたくはないのでノーマルで十分だろう。


 また、麺も選択制だ。こんにゃく麺、中華麺、うどん、ごはん。こんにゃく麺がデフォルトのようなので、ここは基本に従おう。


 このこんにゃく麺、『こんにゃく』というのは食感などの話で、実はこんにゃく成分は一切入っていない。そば粉を原料としてこんにゃくのような弾力のある麺に仕立てたものである。


 ほどなく、店員がやってきたので、


「チャーハンセット、5辛、こんにゃく麺。あと、生ビールを食事が揃ってから」


 と考えておいた注文を淀みなく告げる。熱い夏に生ビールは考えるまでもない。


「あ、忘れたか……」


 うっかりしていた。待ち時間で読みかけの本の続きを読もうと思っていたのだが、忘れてしまったようだ。


 ならば、思索に耽ろう。


 かつて、ギャルゲーには一人めがねっ娘が登場するのが常だった時代がある。


 しかし、いつの間にかその素晴らしい慣習は失われ、ヒロイン不在のゲームが大量に世に出るようになってきた。


 属性が多様化し、細分化され、眼鏡という至高の記号に頼らなくとも登場するキャラの多様性を表現しやすくなったという時代の流れもあるのだろうが、それでも切ないものだ。


 しかも、一転して、めがねっ娘を不人気属性扱いする嫌いもある。ライトノベルなどでは、表紙がめがねっ娘だと売れないなどという恐ろしい風説まである。


 だが、声を大にしていいたい。


 めがねっ娘の需要はあるよ、ここにあるよ。


 『ゴシックは魔法乙女~さっさと契約しなさい~』のためにガチャを回したのが記憶に新しい。


 もっと、多様化したなら多様性の中の解り易い需要に応え続けるのはマーケティング上大切なことだと思うのである。



 そんなことを考えていると、注文していた品が揃っていた。


 黄金色の水。


 茶碗で丸く固められたチャーハン。


 そして、通常の陶器のレンゲと、金属製の穴あきれんげが添えられた辛麺。


 さぁ、食事の時間だ。


 まずは、やはりメインの辛麺だろう


 醤油ベースのスープに、合い挽きの挽肉、ニラ、ニンニク、溶き卵。そして、半透明の黒っぽい細麺は、見た目もその名の通りのこんにゃく麺。


 名前の由来通り、目に見える形で轢いた真っ赤な唐辛子が一面に広がっている。


「おお、この歯ごたえは、中々」


 簡単にはかみ切れない弾力は、こんにゃく以上だ。だが、しっかりとスープを纏っていて噛んでいて飽きはこない。


 スープの味は、見た目の唐辛子の量ほどの辛さは感じず、それよりも独特の旨みが強く感じられる。ラーメンのスープというよりは、鍋物のスープのような味わいだった。


 そこでチャーハンを一口頬張る。真っ先に感じたのは、


「お、カニ風味か」


 そのものが入っているのかはよく解らないが、しっかりしたカニの香り。中華鍋で豪快に炒めて創られたパラリとした食感も心地良い。


 そうして、麺とチャーハンの味のハーモニーを味わったなら。


「旨い!」


 生ビールをグイッと一息で三分の一ほど豪快に呑む。キンキンに冷えて犯罪的な喉越しだ。濃厚な旨みとコクをメインにしたタイプではなく、スッキリしたキレ重視のタイプのビールなのも嬉しい。


 こうなれば、もう、後は勢いだ。


 チャーハンを口に含んだ状態で、スープを味わってみたり、辛麺の中にゴロゴロと入っている大ぶりなニンニクの風味を味わったり、穴あきのれんげで合い挽き肉とニラを掬って食べたり、心向くままに食を楽しむ。


「ああ、もう、終わりか」


 気がつけば、ビールは空に、麺の丼もスープを完飲して底が見えている。


 残るは、チャーハンマネジメントの結果として更に一口分だけ残ったチャーハンのみ。


 最後のチャーハンを口へ運ぶと、全てが空になる。



「名残惜しいが帰らねば」


 やることが沢山ある。


 のんびりできないのは残念だが、勘定を済ませる。



「ごちそうさん」


 店舗から出ると、再び溶けそうな夏の熱気が襲いかかってくる。


 だが、負けてはいられない。帰って夏の祭典の準備の続きをするのだ。


 そして、可及的速やかに完了後、『ゴシックは魔法乙女~さっさと契約しなさい~』の総選挙イベントでリリーを応援するのだ。聖霊石の続く限り、否、指が折れるまで、指が折れるまで。

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