第42話 届いた言葉
「術式展開――――『伝心』」
背中の痛みに耐え、決死の想いでトウカは魔術を行使した。マリーを抱く肉体を通じて魔力の波動が伝わっていく。
「この魔術……!」
そしてすぐにマリーは変化に気付く。目の前にいるトウカの声が聞こえてくる。だがそれは言葉としてではなく、想いが心に直接響いていた。
「この術式は、フロスファミリア家の秘伝の術式の一つなの。共に戦う相手と心を繋げて、心を一つにして戦うためのもの」
『加速』による高速移動での戦いが主となるフロスファミリア家の剣士にとって判断の速度は何よりも大事になる。一瞬のミスが連携の失敗を誘い、命取りに繋がる。そしてそれは戦闘の難度が上がるほどにそれは困難になる。
「だからお互いの想いを共有する術が作られたの。心の中を全部知られちゃうから軽々しく使えないんだけどね……」
それ故に真に信頼しあうパートナー以外に施せば却って危険を招きかねない。ちょっとした嘘偽りが致命的なミスを招く恐れがある。使いどころと人選が問われる魔術でもある。
「でも、もうマリーに何も隠したりしない。全部伝える。だから……受け取って」
「……うん」
目を閉じ、マリーは心の声に全ての意識を向ける。トウカは心の中にあった全ての想いを魔術に乗せてマリーの心へ送っていく。
出会ってからのこと。マリーの知らなかったノアたちとの誓い。オウカの想い。そして、みんなで過ごしたこの五年間の想いを。
「何をする気か知らんが、思い通りにはさせんぞ」
だが、それを悠長に待つアザミではない。空中に展開していた刃へ一斉に発射の命令を出した。今術を解く訳にいかない。トウカは歯を食いしばってその痛みに耐えようと覚悟を決める。
「……?」
だが、いつまで待ってもその時が来ない。恐る恐るトウカは背後を振り返る。
「……貴様」
「あなたは!?」
そこには魔力で作られた蔓が絡む巨大な壁があった。アザミの放った刃はすべてそれに絡めとられていた。そして、その前には一人、銀色の髪の女が立っていた。
「カレン!?」
カレンは懐から腕輪を取り出し、トウカに投げ渡す。オウカとの戦いで起こしていた魔力の暴走は止まっている様子だった。
「一度だけ、その腕輪の借りは返すわ。私が時間を稼いでいる間にマリーの記憶を取り戻しなさい!」
「何のつもりだ、カレン!」
アザミが腕を振る。魔力の刃の動きが変化し、カレンの築いた防壁を切り刻む。すぐさま魔力の蔓はバラバラにされ、霧散した。
「ちっ!」
「もう一度聞く、何のつもりだカレン。人間に与するなど気がふれたか」
「何のつもりですって……それはこっちの台詞よ」
指の間にカレンは魔法で棘を生成する。アザミもまた次の刃を生成し、周囲に展開させる。
「言ったはずよ。マリーに変な真似をしたら許さないって!」
「お前の今の力で私が倒せるとでも思っているのか!」
二人の魔族は共に魔法を放つ。しかしカレンの棘はアザミの刃とぶつかると破裂するようにかき消され、刃がそのまま彼女の肩口に突き刺さる。
「ぐうっ……!」
「深手を負っているお前では魔法の精度が私に及んでいない。最初から勝負になどなっていない!」
魔力の刃を自身の魔法で消し去り、止血を施しているカレンにアザミは冷静に事実を突きつける。カレンはオウカと戦った時のような圧倒的な力を振るえていない。それは腹部を貫かれた傷が塞がっていないためなのか。だがカレンはトウカの前で立ちはだかったままで歯を食いしばってアザミを睨みつける。
「だから何? マリーの命を狙うのなら、あなたは私の敵なのよ。生かしておけないわ!」
カレンを中心に暴風が吹き荒れる。魔力を解き放ち、周囲に紫電を走らせながらカレンは魔力を更に底上げする。
「はああああっ!」
踏み込むと同時にカレンの姿はアザミの前に出現する。だが出力が足りないのか、トウカの目でもその軌跡を追える。アザミは余裕を持ってカレンの放つ魔力を障壁で受け止める。
「カレン!」
「私に構わないで! 早くマリーを!」
魔王クラスの力と力が衝突し、空気が、城が震える。力尽くでアザミを抑え込みにかかるカレンにトウカは背を向ける。それは必ずマリーの記憶が戻るまで彼女が時間を稼いでくれるという信頼の姿だった。
「マリー……あなたのお姉さんが頑張ってる。だから私も頑張るね」
出血が続き、トウカも気を抜けば意識が薄れかけるような状態だ。それでもマリーを抱く腕の力を決して緩めはしない。もう二度とその手を離さない。そんな強い意思を込めて魔術を行使し続ける。
「本当はね、ずっと謝りたかったんだ……ずっと嘘をついていたこと」
両親の死をずっと隠したままマリーの母親代わりを務めてきた。いつか出会えることを夢見ていたマリーに真実を隠し続ける日々はとても胸が痛んだ。
魔王を倒した英雄と呼ばれ、いつマリーが自分の出自に気付くのか、不安を抱いた時もある。真実を告げた時に拒絶されるかもしれないと恐れていた。
「でもね、幸せだったよ。マリーがいて、オウカがいて……私たちを見守ってくれるみんながいて。魔族だとか、人間だとか、そんなことを意識する必要なんてどこにもなかった」
仕事で構ってあげられなくて泣かせてしまったり、ケンカした日もあった。イタズラをして叱ったこともあった。初めの子育てで慣れない日々に自信を失いかけたこともあった。でも、喜んでくれた時の笑顔は何よりも自分を元気づけてくれた。
「そんな当たり前な日々をこれからもマリーとずっと一緒にいたい。本当の
共に歩んできた五年間の歳月。いつだってマリーといた。その成長を見守ってきた。これからもその成長を見ていきたい。
「私のエゴだってわかってる。
あの日、二人の出会いから全てが始まった。ノアとアキレアに託され、オウカが加わり、キッカやレンカ、フジ、ドラセナ、シオン、エリカ……たった五年で自分たちを取り巻く人たちがどんどん増えて日々が彩られていった。
「でも、一緒にいたいの。あなたを守りたい。
花畑のようにたくさんの人たちが彩り築く未来。マリーとならきっとそこへたどり着ける。だから――。
「お願い……戻ってきて、マリー」
体力が限界に近かった。痛みと出血で意識の集中が乱され、術が徐々に維持できなくなっていた。
「……初めて出会った日も、こうやって抱き締めてくれたね」
「……え」
「嬉しかった。家も壊れて、世界に置いて行かれたような不安な気持ちだったのに、お陰で私は笑顔でいられた」
胸元で熱が高まっていくのを感じる。トウカの体に働きかけた力はその身を包み込み、体の傷を塞いでいく。
「これって……!」
「ずっと笑顔で、ずっと傷つきながら、私を守り続けてくれた……私の大好きなママ」
痛みが消える。体力も回復していく。それどころか使い果たされなかった力が体の中に行き渡り、魔力までもが回復していく。
「だから、ママのことは私が守る。私を落盤から守ってくれたあの日みたいに」
「マリー……あなた」
「全部思い出した。あの日、何があったのかも。その時、私がこうやって傷を治したのも」
思わずマリーの顔を覗き込む。初めて出会った時のように純粋さに満ちた紅の奇麗な瞳がトウカを見上げていた。
「ただいま、迷惑かけてごめんなさい」
「お帰りなさいマリー。待ってた。ずっと待ってたんだから……」
「痛いよ、ママ」
「うん、ごめん……でも、許して」
トウカが嬉しさで強くマリーを抱きしめる。マリーもトウカを抱き返して応える。愛しさと優しさに満ちたそれは確かに彼女が彼女である証明だった。
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