第33話 憧れた背中

「なぁんだ……ノア、生きてたんだ」


 兄らによって始末されたと聞いていた魔族の出現を、アコは驚きよりも感心したような顔をもって迎えた。そしてその視線はキッカとレンカにも向けられる。


「きゃははは、やったやった! みんなが仕留め損なった奴がわざわざ殺されに出て来たんだもん」


 そしてもう一度その手に魔力を集めて行く。フジとエリカを狙った一撃とは違う、広範囲をまとめて吹き飛ばそうとする狙いだ。


「これで私の一人勝ちね!」

「そう容易く思い通りになると思わないことです!」


 それを見ていち早くノアが攻撃に転じた。生み出した火球を次々と放ち、アコを狙う。


「――息は真っ白手も震え」


 アコが歌って魔力を変異させる。周りに展開した白く発光する五線譜に音符が次々と並び、魔法が発動する。周りの空気が温度を急速に下げ、白い空気の層が彼女を取り囲んだ。


「氷に閉ざされ火も凍る!」


 襲い掛かる火球が次々とそれに受け止められ、空気の層を通過する途中で凍結して砕け散る。全ての火球が消滅するとアコはすぐに次の歌を口ずさむ。


「――真夏のお空に雪が降る」


 白い空気の層が分解され、再び魔力に戻したアコは新たに五線譜へ音符を配置していく。五線譜は変化し分裂し、それぞれ光が細長く巻き取られていくように形を変えていく。


「敵には氷柱が雨あられ!」


 アコの周囲に無数の氷柱が完成する。彼女の手が指し示したノアに向かってそれらは一斉に降り注いでいく。


「くっ!」


 火球を放ち氷柱を融解させていくがアコの莫大な魔力で生成された大量のそれに立ち向かうにはあまりにもノアの魔力では迎撃の手が足りない。そのいくつかが防御を抜き、ノアの体を切り刻む。


「きゃはは! 偉そうに出てきたくせに情けないのー! ノアの魔力じゃ私に勝てないのわかってるでしょ」

「それでも……立ち向かわねばならない時があるのです!」


 ノアの起こした風が大量の土砂を巻き上げる。煙幕の中にその姿が消え、アコの位置からは彼とその後ろにいた二人を視認できなくなる。


「あは、次はかくれんぼ? じゃあ私も楽しませてもらうね!」


 むしろ姿が見えない状況を面白がり、アコは光弾を乱射し始めた。降り注ぐ魔力の雨の中でノアは防壁を張り、傷ついたフジに治癒魔法をかけていた。


「私が時間を稼ぎます。あなた方は一刻も早くここから離れてください」

「……ダメだ。あの子は転移魔法陣で魔物を呼び出す。ここで倒さないと魔物をどんどん増やされて王都を守り切れなくなる」

「しかし見ての通り、私一人で容易に倒せる相手ではありませんよ」

「手なら……まだある」


 傷の塞がったフジが膝に力を入れる。だが体力が回復しきっていないのか足取りがおぼつかない。エリカが支えてようやく立ち上がることができていた。


「キッカちゃんとレンカちゃんがまだ残ってる。あの二人を回復させれば可能性は出て来るはずだ」

「未熟者二人が増えたところで何になると?」

「大丈夫。オウカとトウカが鍛えた二人だ。どちらにしろ戦力になるのはもうこの二人しかいない」

「……そこまで言うのでしたら。では可能な限り時間は稼がせていただきます。あちらは任せました!」


 煙幕が途切れかけていた。これ以上の問答をしている余裕がない。少しでも可能性を引き上げる余地があるのならそれに賭けるしかなかった。飛行魔法を発動し、ノアは煙幕から飛び出す。動き出したフジとエリカから注意を自分に惹きつけるために攻撃を仕掛けていった。


「キッカちゃん!」

「先生、レンカを!」


 二人の下へ辿り着いたフジはすぐに治療を始める。深いダメージを負ってはいたがレンカは命に別条がないことはすぐにわかり、フジはほっと胸を撫で下ろした。


「……全然歯が立たなかった。マリーよりも強さの次元が全然違う」

「仕方ないです。だって相手は……魔王の娘なんですから」


 悔しさに拳を握るキッカにエリカが声をかけた。だが彼女自身もその力の恐ろしさを目の当たりにしたばかりで満足に励ましの言葉が浮かばない。持てる力を使って人を翻弄する人間の世で当たり前に認識されていた魔族の姿。心を通わせた同じ魔王の娘、マリーとは明らかに異質な存在であった。


「……手は…あります」

「レンカ!?」

「気が付いたのですか!」


 目覚めたレンカが体を起こす。まだダメージの残る体で魔力を集中し、かずらを手元へと戻していく。


「あの魔法は、歌を魔法に用いています。なら……音としての性質も持ち合わせていると言う事……かずらの防御を、貫かれたのはそれが理由だと思います」

「そんなのって……音が聞こえる場所なら攻撃を防げないってことじゃない」

「それに、音は近くにいるほど大きく聞こえるじゃないですか。もしも音の性質が威力に反映されるのなら、近くほど威力が強まることになりませんか?」


 エリカの問いにレンカは首肯する。フジもその性質に気付いていたのかレンカの言葉を無言で肯定していた。


「ですから取れる方法は二つ。瞬時に接近しての攻撃か、遠距離からの攻撃です。ですが……」


 魔法が使える魔族にとって距離を取って戦うのは得意中の得意。ノアの援護があるとはいえ、その力が届いていないのは見ても明らかだ。


「接近して攻撃……それならフロスファミリアの得意分野ってことじゃない」

「はい。『加速』を使えば勝機はあります。ですが……」


 レンカが言いよどむ。士気を高めかけていたキッカは彼女のそんな様子に首をかしげる。


「……通常の速度では恐らく間に合いません。あちらの魔法と魔法の合間に瞬時に近づくにはオウカ様並の速度の『加速』が必要になります」


 オウカの『加速』には通常のものと、一気に魔力を解き放ち数倍の速度で敵に飛び込む二種類のものがある。前者はフロスファミリア家の騎士、剣士ならば誰もが使うことができるが後者はオウカが独自に編み出したものだ。

 それを生かし、目にも止まらぬ速度で瞬時に接近して敵を切り捨てる「瞬華終刀・鮮花」は彼女の切り札の一つだが、通常以上の魔力を制御し、訓練とは違い動く敵に対して高速で一直線に突撃し、完璧ともいえるタイミングで技を繰り出して敵に炸裂させることは決して容易なことではない。剣と魔の才能に加え何度も繰り返した厳しい鍛錬と戦場の経験とによって培われたオウカの努力と技術の結晶ともいえる技だ。


「……私にオウカ様の技を使えってこと?」

「この場で『加速』が使えるのは私たちだけ。でも剣の才能に恵まれなかった私では魔術が成功してもきっと攻撃が当たらない……でもあなたなら」


 幼い頃からオウカに憧れていたキッカは彼女の姿を理想に描いて来た。いつか彼女の様になりたいと思い、同じ力を振るいたいと願い続けた。その勇姿を何度も思い描いた。


「やるしか……ないのね?」


だからこそオウカの戦いぶりは誰よりもキッカのその眼に焼き付いている。フロスファミリアの最高傑作と謳われた、その理想の姿を目指したのは彼女しかいなかった。


「でもどうするの。攻撃するにもあっちは空中よ?」


 空中での戦いはノアが徐々に劣勢に追い込まれつつある。圧倒的な魔力の差を手数で何とか補っている状況だ。


「あなたにばかり無茶を強いるつもりはありません。私が何とかします」


 そう言ってレンカは再びかずらに魔力を流す。複雑に動く白銀の糸を思い描く形へと編み上げて行く。


「……あんた、それって」

「手はあると言ったはずです」


 キッカは完成したそれを見て驚く。かずらでそれを作り上げることができるのは彼女も知っているが、それは明らかに戦いの場に似つかわしくない代物だからだ。


「あの魔法が、音としての性質も持つならきっと――!」


 アコが新たに魔法を口ずさみ始めたその瞬間に合わせ、レンカは確信を持って逆転の一手を放つのだった。

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