第32話 背負ったもの
その戦いは一方的なものとなっていた。
「うおっ!?」
「カルーナ!」
ナイトの攻撃を受けたカルーナの槍が真っ二つにへし折れた。特別な魔法を使ったわけでもなく、ただの素手の攻撃で。
「ちっ、術式展開――」
「遅いよ!」
懐に飛び込んだナイトが蹴りを放つ。甲冑に跡がつくほどの強烈な一撃は巨漢のカルーナを易々と吹き飛ばした。
「――おっと危ない」
そして振り向きざまに体を傾け、飛んで来たドラセナの矢をつかみ取る。完全に気配も消し、完璧ともいえるタイミングで放ったはずの矢をあっさりと止められたドラセナが驚愕する。
「あははは。これって毒でも塗られているのかな。かすったら危なかったかもね」
「……くっ」
「ほら、返すよ!」
矢をドラセナに向け、ナイトはそれを猛烈な速度で投じる。赤い矢羽のついたその矢は毒矢を示す。ドラセナと言えど当たればただでは済まない。身をかわして斜線上から退避する。
「はい、引っかかった!」
「なっ!?」
しかし、逃げたその先にナイトが回り込む。かなりの距離があったにもかかわらずその距離はドラセナが一瞬隙を見せた間に縮められていた。驚くドラセナの胴に回し蹴りが決まる。
「がっ……っ!」
まるで小石を投げたように地面を跳ねてドラセナが飛ぶ。庭園の木に叩きつけられてようやくその勢いが止まった。
「くそっ!」
シオンが両手に剣を構えてナイトに向かっていく。しかしナイトが目の前で跳躍し、その姿が消える。
「後ろか!」
すぐさま体を左に反転させ、斬撃を繰り出す。シオンの頭を乗り越えて今着地しようとしているナイトには回避のしようがない。
「なっ!?」
「あぶなかったー!」
だがシオンの攻撃は通らない。ナイトは空中で体を反転させ、逆立ちになって指で剣を止め、その喜悦に染まった紅の瞳がシオンを見つめていた。
「お兄さんが一番強いのかな。でも――」
「うぐっ……あ!」
頭上から蹴りが降る。突き出していたシオンの左の肩口に強く衝撃が圧し掛かる。ナイトはその反動を使い、後方へと飛び退いて着地した。
「弱いなあ、僕よりは。あはははは!」
倒れるカルーナとドラセナ、そして膝をつくシオン。三人を軽く蹴散らしたナイトは高らかに笑った。
「さっきまでの強気はどこへ行ったのかな? 僕を倒すんじゃなかったの?」
「ちいっ……」
「シャレになってないわ……」
「まさか、これほどとは……」
ナイトが内包する魔力を解き放ってから明らかに強さの段階が引き上げられていた。魔王の血族だけが可能な莫大な魔力の制御。彼はそれを苦手な遠距離攻撃を補うためではなく、全て自らの身体強化に用いていた。
「力は力だよ。弱い者を踏みつけて自分の好きなことを押し通すためのね。現に君たちは僕一人に手も足も出ないじゃないか」
これまでも人間は鍛え上げた技と肉体を魔術で強化し、魔族の魔法をかいくぐり、防ぎながら戦う道を見出していた。しかしナイトの魔力はあっさりとその次元を超えてきた。自らを鍛えず、魔法の強化だけで王国騎士団屈指の実力を持つ三人を相手に圧倒して見せたのだ。
「それでも……」
左肩の痛みを堪えてシオンは膝に力を入れた。ここで屈することだけはできない。魔族との戦いのため、長年多くの人々が研究し、研鑽し、伝えてきてくれた叡智の証。人間の血と歴史を受け継いだ身としての誇りと使命。それが魔族に届かないと示すことだけは決して認めるわけにはいかない。
「届かせてみせる……人間は決して魔王にすら負けないんだって」
魔王討伐戦の全てを知る一人として、シオンもまた自責の念を抱えていた。兄の影を追い続けることにこだわり過ぎて、倒すべき魔王との戦いに臨めなかった悔しさ。魔王不在の事実を隠し、トウカとオウカに英雄の重責を背負わせ続けてしまった自分の不甲斐なさ。「シオン=アスターがいればこの国は大丈夫だ」と、何故人々に認めさせることができなかったのか。それさえできればマリーは二人の母の愛情に包まれて幸せに暮らしていけたかもしれなかったのに。
「二人とも、まだ諦めるのは早いぞ!」
「わかってる……わよ」
「俺より若い奴に……負けてられるかよ」
ドラセナもカルーナもまだ諦めていない。五大騎士家の当主として多くのものを背負っているのは二人も同じだからだ。
「へえ、まだ立つんだ。じゃあ望み通り……もう少しいたぶってあげるよ!」
ナイトが地を蹴る。鳥が翼を広げる様に手を広げ、獲物を襲うように急降下しながらシオンに襲い掛かった。
「ぐあっ!」
剣でそれを防ぐが衝撃が肩に響く。骨か、靭帯か、少なくとも全力で剣を振るえる状態ではない。
「ほらほら、二刀流はどうしたのさ!」
「くそっ……このままじゃ」
「シオン!」
ドラセナが競り合う二人へと矢を放つ。毒矢ではなく、今度は火矢だ。しかしこの一射もナイトは魔力を操作して空中で動く方向を変えて避ける。
「そんなもの当たるか!」
「ええ、狙いはあんたじゃないもの!」
「なに?」
ナイトの背後で火矢が刺さる音がした。思わずそちらへと顔を向ける。ドラセナの矢は中庭の木に当たり、その枝と葉に火が引火していく。
「火をつけた……?」
薬剤が塗られていたのか、魔術が用いられていたのか、火は一気に燃え上がり木一本を丸ごと包み込む業火になっていく。
「ナイスだ、ドラセナ! 術式展開――――『
「しまった、そっちが狙いか!」
燃え上がる炎をシオンが魔術で自らに引き込む。全身を取り巻く様に炎は燃え上がり、傷つき使えない左腕を補うもう一つの刃となる。
「はあっ!」
右の刃と身に纏う炎。二つの力で再び斬り込んでいく。軌道の読める剣と違い、炎は縦横無尽に動き、その狙いが読めず遥かに厄介だ。
「うおおお!」
そこへ槍を修復したカルーナも加わる。前後から挟まれたナイトはたまらず空中へと飛び上がった。高く飛べば攻撃できるのはドラセナだけだと考えたからだ。
「ああもう、しつこい奴らだなあ! なんでそんなに諦めないんだよ!」
「諦めるだあ? 努力もしてこなかった甘えたガキにゃわからねえよ!」
カルーナが槍を地に突き刺す。魔術で土と石を分解、再構成して槍へと取り込み、その質量を増す。
「術式展開――――『練磨』『強化』!」
引き抜いた大槍を振り回す。大質量の一撃は食らえば地面に叩き落される。羽ばたいて逃れても、カルーナは自らにかけた『強化』で腕力を底上げし、ナイトを追って槍で薙ぎ払う。そして、カルーナの攻撃を回避するのに合わせてドラセナも矢を放つ。
「俺たちはなあ、魔族を倒すために、誰よりも強くなるためにずっと鍛えてきたんだ。誰よりも上へと行こうとした。誰よりもだ!」
「そうよ、王国最強の騎士……いつかはそう呼ばれるためにね。いつまでもオウカの代名詞のままで我慢できる人なんて、ここには誰一人いないのよ!」
「ちっ、面倒だなあ!」
空中にいる限り二方向からの攻撃にさらされる。特にドラセナの矢は毒矢の場合があるため、ナイトにとっては最も警戒する攻撃でもある。だが斜線上に味方を巻き込めばドラセナの矢は封じられる。苦肉の策だがナイトは地面に降りて戦うことを選んだ。
「二人の言う通りだ。みんな上を目指して続けているんだ。背負う物もなく、兄の強大さに臆して超えることを諦めたお前にはわからないだろう!」
だがそこにはシオンがいる。カルーナも魔術を解除して槍を元の長さに戻すとナイトに前後から攻め込んでいく。
誰一人心は折れない。誰よりも強くありたい。男として、女として、家名を受け継いだ当主として、使命として……背負ったあらゆるものに三人の騎士は突き動かされていた。
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