第4話 次代の花
「ふふふ、王国騎士さんたち。守るはずの人たちに襲われる気分はどうかしら?」
中庭に下りる階段の中ほどで、フードを被った女性が呟く。
眼下には混乱の極致に陥っている式典会場があった。
舞台に群がる群衆を排除しようと騎士たちは力づくで引きはがそうとしているが、いずれも弾き飛ばされる始末。威嚇のために剣を抜いても恐怖する様子はない。
「……あら」
女性はふと気づく。バルコニーから中庭に降り立ったトウカが駆け出している。
混乱の中へ跳び込んでいく彼女の様子は、ある確信に基づいた動きに見えた。
「もうカラクリがバレちゃったのかしら?」
恐らく送り込んだ少女は取り押さえられ、錯乱状態になった理由も解き明かされたのだろう。
あちらはあちらでどんな苦労があったのだろう。こんなに早くバレるなら見届ければよかったと舌を打つ。
「まあいいわ。これはこれで見ものですもの」
最初の目論見は崩れたが、まだ興味は尽きない。
むしろ彼女は、目まぐるしく変わる情勢を楽しんですらいた。
「さて……“魔王殺し”のお手並み、見せてもらうわ」
その鮮やかな色を持つ瞳はトウカと、そして舞台上のオウカを見つめていた。
中庭に降り立ったトウカは、わき目も降らずに舞台へと向かう。
だが、その周囲には群衆が押し寄せており、蟻の這い出る隙間も見えない状況を前に足が止まった。
跳躍するにも舞台までが遠すぎる。この場所からでは群衆の中心に飛び込んでしまい、巻き込まれたら抜け出せるとは思えない。
「……どうしたら」
二の足を踏んでいると、正気を失った人々がトウカの存在に気付き、すぐさま群がってくる。
その顔にはいずれも見覚えがあった。
商店街でいつも明るい声をかけてくれる八百屋の店主。マリーが大好きなお菓子屋のおばさん。
日頃お世話になっているその人々が狂気の顔を向けて迫ってくる。そんな光景にトウカは心が痛み、歯噛みする。
「今、助けるから」
伸ばされる腕をかわし、相手の後ろに回り込む。首筋にはやはり光る針のようなものが刺さっていた。
迷わずに引き抜き、続けざまに迫ってきた相手の腕もかいくぐり、その脇を通る刹那首筋に手を伸ばす。
抜いた針がまたも光の粒子となって霧散していく。先程のエリカ同様に人々が崩れ落ちる様子を見届け、人々を狂気から解放する方法についてのトウカの推測は確信に変わった。
だが、数が多すぎた。
二人の相手を無力化したとはいえ、式典に詰め掛けていた群衆は数百人。
それら全てに同様のことをしていては時間がかかりすぎる。
舞台の上ではよじ登ろうとする人々の手をオウカが打ち払い、舞台上へ何としても上げないよう奮闘していた。
シオン、カルーナも同様に、国の要人らを守るため必死に対処をしている。
だが、あちらも押し寄せる数に対応しきれず、徐々に舞台上に上がる人々も出て来た。もはや防衛線も崩れかけている。
「何とかしないと」
トウカを視界にとらえた数人が彼女目掛けて突進してくる。
再びそれらを
あちらはトウカを掴まえればよいが、こちらは後ろに回り込み、針の位置を確認して首に手を伸ばし、抜く動作が要求されるため、どうしても対処が遅れてしまう。
四人目を無力化したところで後ろから襲われ、思わず飛び退く。
だが、その際に倒れている人に足が引っ掛かってしまった。
「しまった!?」
体勢を崩すトウカの下へ大柄な男が飛び掛かる――。
「てやああああーっ!」
その瞬間、掛け声とともに横から現れたキッカが男を蹴り飛ばした。
「大丈夫ですか、トウカ様!」
「あ、ありがとうキッカ」
「中庭が大変なことになっているって聞いて駆けつけましたけど、なんですかこれは!?」
吹き飛ばされた男が、なおも起き上がりキッカへ掴み掛かろうとする。
「させません!」
だが、続いて現れたレンカがその勢いを利用して男の体勢を崩し、地面に組み伏せた。
それでも男は、エリカ同様に尋常ではない力でレンカを引きはがそうともがく。
「くっ……凄い力」
「レンカ、その人の首筋に針のようなものがあるはず。それを抜けば止まるわ!」
「は、はい。トウカ様!」
「キッカ。右側の人をお願い!」
「は、はい!」
トウカに言われた通りに首筋の針を発見し、レンカがそれを引き抜く。
キッカも自分に伸びる腕を回避して反射的にそれを取ると、そのまま相手を投げ飛ばす。
地面に叩きつけて動きが一瞬止まった隙を突き、首筋から針を引き抜いた。
その直後、激しく暴れていた人々はすぐにその動きを止めた。
「ほ、本当に止まりました……」
「……嘘みたい」
先程まで何をしても止まらなかった、暴走した人々があっという間にその動きを止めたことに思わず二人は拍子抜けしてしまう。
「トウカ様、これって一体……?」
「話は後。今はみんなを止めてオウカたちを助けるのが先決よ」
「は、はい!」
「承知しました!」
戦いの場でその身に纏う覇気はオウカと遜色がない。トウカの激に思わずキッカらは身を引き締めた。
本来ならキッカらは一般人たるトウカに避難を促す立場なのだが、混乱する現状を打破できる彼女は誰よりも心強い存在だった。
「キッカ。オウカの所まで行ける?」
「任せてください!」
キッカの最大の武器はその身軽さだ。
足場さえどうにかなれば舞台までは行けるはず。何よりトウカも、キッカならできると確信していた。
「レンカ、
「はい。任されました」
レンカが前へ進み出る。
そして、右腕に装着しているブレスレットを掲げ、魔力を励起させる。
「魔力注入――」
銀のブレスレットから何本もの蔓が空中に伸び、集って形を成して行く。
心を乱すようなことはない。その動きは精密で、しっかりと編まれた足場は人が乗った程度ではビクともしない強度となっていた。
騎士としての訓練を始めてからこの日まで、レンカはオウカに師事して魔力運用を徹底的に鍛えていた。
ロータスの家からは政敵に借りを作るような行動を咎められたが、彼女は強くなるためにその選択をすることに迷いはなかった。
「キッカ!」
「術式展開――――『加速』」
そして、キッカが展開するのはフロスファミリア家の騎士の証である魔術。
魔力を脚部に集中させ、瞬間的な加速を生み出す。
助走をつけてキッカが跳躍し、その足場に乗った。
その勢いのままさらに足場を蹴り、高々と宙に舞う。
眼下には詰めかけた群衆。そしてその先では遂に防衛線が破られ、舞台上に群衆が上りつつあった。
「オウカ様ーっ!」
「キッカか!」
空中から舞台上へ向かってくるキッカにオウカも気付く。
着地したキッカが転がりながらその衝撃を殺し、すぐさま立ち上がる。
本来なら着地で大怪我をしかねない行動。だが、何年も体術に磨きをかけて来たキッカにはこの程度は危険の内に入らない。
キッカが師事したのはトウカだった。
魔術の才能に乏しくともその体術を磨き上げて補う。
それはかつてラペーシュの家からは嘲笑された行為だが、事実トウカはそれによってオウカに匹敵する実力を身に着けた。血の滲むような努力の上に裏打ちされた実力であることを知った彼女は迷うことなくトウカから学ぶことを選択した。
「みんな首筋に刺さっている針に操られてます。それを抜いてください!」
それも全ては、かつて大事な時に皆を守ることができなかった過去の無力な自分を知っていたから。二度とそんなことを繰り返したくない。そんな一心で二人は心と体を鍛え続けたのだ。
「首だと?」
「おい、後ろだオウカ!」
カルーナの声が飛ぶ。
舞台に上り切った男がオウカに後ろから飛び掛かり――その体をすり抜けて床に倒れ込んだ。
「なるほど、こいつか」
一瞬で後ろに回り込んだオウカがその男の首を改め、針を抜いた。
「ったく、
「何だカルーナ、私を心配してくれるのか?」
「いや……王国最強の騎士さまにするだけ無駄か」
「違いない」
思わずオウカは笑ってしまう。
こんな緊張感の中でもカルーナの軽口は雰囲気を和ませてくれた。
「気を抜くのは早いよ二人とも。後ろには陛下をはじめ王国の要人たちがいる。一人たりとも通したりはできないからね」
「無論だシオン。この面子がそろっていながら指一本陛下らに触れさせてなるものか」
確信をもってオウカはシオンとカルーナに目配せする。
暗に与えられるプレッシャーに、二人も思わず笑みを零していた。
「言ってくれるじゃねえか。こいつは俺も気を引き締めねえといけねえな!」
「さあキッカ、行くぞ!」
「はい、オウカ様!」
かつて未熟だった少女は、憧れた人がその隣に立つことを認めてくれているまでに成長していた。
喜びはある。だが、その期待に応えるためにキッカは身を奮い立たせる。
シオンとカルーナを加え、オウカとキッカは再び迫りくる群衆の前に立ちはだかるのだった。
キッカが舞台へと消えるのを見届けたトウカも前を見据えて構える。
「レンカ、来るよ!」
「はい、トウカ様!」
群衆の矛先が二人へ向く。怒涛の如く押し寄せるのを前に、レンカは一歩も引かず立ちはだかる。
「レンカ、動きを止めることできる?」
「……得意分野です!」
もう一人の未熟だった少女は、主と仰ぐ人から信頼される実力を備えた。
かつて宣言した。魔術をもって力となるというその誓いを果たすため。
だからこそ、トウカの期待に応えるために
「拘束して、
レンカが魔力を注ぐと、空中に作られた足場が再び無数の糸にほどけていく。
彼女の意思に従い、拡散して一本一本が雨の如く人々に降り注ぎ、そして腕や脚などに巻き付いてその動きを縛る。
「今です、トウカ様!」
トウカが駆ける。
「レンカ、次!」
「はい!」
無力化した人々を開放し、次の波へとレンカは蔓を再び飛ばしていく。
トウカの死角から襲い掛かってくる相手は
その鮮やかな連携は周りの騎士たちの目を引き、彼女らの行動に気付いた騎士たちも次々と人々を解放し始めていく。
そして情勢は次第に騎士側へと傾き、夕暮れには鎮圧が完了するのだった。
「くく……くくく……」
目の前に繰り広げられる、互いの無事を喜び合う人々の姿。
状況の推移を最後まで見届けていた女性は、こみ上げる笑いを堪えきることができなかった。
「あははははは!」
彼女が求めていたのは一人、また一人と守るはずの人々に攻撃され、飲み込まれていく騎士。あるいは知人や守るべき国民を騎士自らがその手にかけるという絶望の光景を目の当たりにすることだった。
だが、あっさりと人々が暴れ出したカラクリは解かれ、無傷で次々と解放されて行った。誰もが無傷での解決。それは彼女にとって最も好ましくない結末だった。
「面白い! ああ、面白い! なんてこと!」
それでも、彼女の腹の底から飛び出したのは愉悦と歓喜に満ちた笑い声だった。
己の目論見が崩れたことへのつまらなさは既に失せていた。
あるのは新たな楽しみを見出したという歓喜。
それに比べれば先の失敗などもう興味の外に出てもおかしくないほどだった。
「“魔王殺し”のオウカとトウカ……次は、もっと楽しい趣向を用意してあげるわ」
喜悦に満ちた声を上げ、彼女の体が足元から伸びた影に覆われていく。
「ふふふ……面白くなりそうだわ。アハハハハ!」
そして、その姿が溶け込むように消えていく。
その視線の先に、事態が収まり無事を喜び合う姉妹と、そこへ駆け寄る娘の姿を最後までとらえて――。
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