第42話 暴走
どうしてこうなってしまったのだろう。
トウカは呆然とする中でそう考えていた。
――その者がいたと思われる場所が跡形もなく消えていました。
魔封じの腕輪も、夏から肌身離さずに身につけさせていた。
目立たないようにマリーの服装にも気を配っていた。
――魔力の暴走で、周囲ごと消し去ったと思うべきかもね。
魔王級の魔力が暴走すれば多くの被害が出る。トウカが愛した国、人々、何もかもが消えるかもしれない。そして何よりも、彼女にとって大切な娘だったから。
「マリー……」
目の前の光景が残酷な現実を突き付けていた。
マリーを覆う光の壁は徐々に大きさを増していく。時折放出される魔力に触れた木々は砕け、粉々になって落ちる。
マリーの優しさを知っているだけに、トウカは胸を痛める。無残に植物を傷つけるようなことをマリーが自分の意志でできるはずがなかった。
「トウカ!」
強引にトウカの体が後ろに引き倒され、その直後に立っていた場所から火柱が上がる。
「何をしている。呆けている場合か!」
オウカは焦った表情だった。魔力の塊が迫っているのにもかかわらず前に進もうとしていたことにトウカはやっと気づいた。
「二人とも危ない!」
ドラセナの叫びが聞こえる。光の壁を強引に突破するように次々と魔力の塊が飛び出し、無差別に周囲に着弾しては地面を瓦礫に変えていく。そして、その一つが倒れている二人に迫っていた。
「術式展開――――『付与』」
シオンが二人の前に飛び出す。魔力を付与した剣を振るい、魔力の球を空へと弾き飛ばす。
「すまん、シオン」
「ここにいたら危ない。一度退こう!」
「でも、マリーが……」
「闇雲に動いてもどうしようもない。まずはトウカ、話を聞かせてほしい」
既に事情を知っているフジ以外に隠していられる状況ではなかった。
魔力の放出による周囲の破壊。これだけでもマリーが尋常ならざる魔力量を保有している魔族であることは明らかだった。
「隠していたことを責めるつもりはないよ。でも、情報を共有しないと何も判断できない」
「わかった……」
シオンの説得に従い、ひとまず魔力が届かないと思われる場所まで下がる。だが、いつ状況が変化するか予断を許さない状況ではあった。
「時間がない。私から話そう」
トウカは動揺していて事情を冷静に話せる状態ではなかった。
そのため、オウカが代わって話すことになった。
マリーとの出会い、魔王が既に死んでいたこと。人間と魔族の確執を知らないマリーを魔族に請われて引き取ることになったこと。そして、夏ごろに魔力の暴走を一度起こしかけていたことを。
「フジも知ってたんだね?」
「僕は夏に現場に居合わせた。だから事情を知って以来マリーちゃんの主治医を務めているんだ」
シオンの問いにフジは頷く。
「ま、大方『目の前で苦しんでいる命を放って置けない』って理由でしょ? フジらしいわ」
ドラセナが仕方ないと言った感じで笑う。
「さて、その話を聞いた上で、僕とドラセナはどう判断するかだけど……」
トウカが恐怖を抱いた目で二人を見た。
秘密裏に魔族と共謀し、魔王の娘であるマリーを匿っていたことでトウカは国への反逆に問われる可能性がある。オウカとフジも協力者として裁かれる可能性もある。
そして、マリー自身もどうなってしまうのか。今、トウカには次から次へと不安が押し寄せていた。
「迷う必要なんてないんじゃない?」
「そうだね」
だが、その不安は二人の言葉でたちまち霧散した。
「私はマリーちゃんを助けるためにここへ来たんだから、騎士として誓いを覆せないわ」
「僕も、みんなの力になるためにここへ来たんだ。マリーちゃんの問題は別件だ」
「いいの……二人とも?」
魔王の娘を助けたとなれば二人も罪に問われる可能性が出て来る。
今回の騒動の主犯であるグラキリス家を加え、主要五家のうち四つが不祥事を起こすとなれば王国にとっても大きな痛手になる。
「はあ……トウカは作家なのにこういう心の機微には気づかないのね。建前で気づいてよ」
「え?」
「友達だからだろ、ドラセナ?」
「ちょっとフジ、言わないでよ!」
真っ赤な顔でドラセナがフジを小突く。
「……正直な所、魔族に対する世間の感情もわかってる。でも、トウカが守ろうとした子だから私は協力したい。あんないい子は死んでいい存在じゃないもの」
「僕も、君が見つけた新しい未来に賭けてみたい。あの子はまだ無垢な存在だ。良くも悪くも、これから次第だと僕も思う」
シオンもドラセナも迷いのない言葉だった。
確かに立場上、魔族であるマリーを討伐することもできる。だが、二人はトウカがどんな人間か知っている。その彼女が命を賭して少女を守ろうとした。昔から後先考えずに人を助けようとしてしまう彼女だが、裏を返せばどんな人へも分け隔てなく接することができるということだ。そこに魔族や人間だからという計算は存在しない。
「一度この旧態依然とした社会は壊した方がいいと思うんだ。家同士の争いなんてなければ、兄さんは……いや、今はその話はやめよう」
偏った価値観が支配する人間の世界では異質かもしれない。だが、世の中を変えることができるとすれば彼女のような存在なのかもしれなかった。
「まあ……先に魔族だって知っていたら、こうは考えなかったかもしれないけどね」
「……耳が痛い話だ」
ドラセナの言葉に苦い顔をする。それは、オウカが歩んだ道だった。
「それに、どのみちマリーちゃんの魔力の暴走がどれほどの規模になるかわからない以上、放置していい問題じゃない」
マリーの暴走は徐々に激しさを増して行く。
魔族の暴走による被害はかなりの大規模なものが予測される。仮にその威力が魔力量に比例するとなれば、この森にいる彼らもただでは済まない。
「その腕輪を使えば暴走も収まるかもしれないんでしょ?」
「……あくまで可能性の話だけど」
「でも、仮に殺したとしても魔力の暴走は止まると言う確証はない。マリーちゃんを死なせず、暴走を止めるとしたら君の持つ腕輪を使う事が一番可能性は高い」
シオンが迷うトウカの背中を押す。命を失って魔力の歯止めが効かなくなるのか、暴走の果てに命を失うのかがわからない以上、マリーを殺した所で止まる確証はない。
「騎士団から応援を呼ぶ時間はない。僕たちで解決するんだ」
「そうね、誰かがマリーちゃんの所まで腕輪を持って行く。それが私たちの解決手段よ」
「ありがとう……二人とも」
「良い友達を持ったな……私たちは」
トウカは頭を下げる。そんな彼女の肩を、オウカは優しく抱いた。
「フジ、君はこの子たちを連れて避難して欲しい」
「わかった……正直逃げても大丈夫かわからないけどね」
話を聞いていたキッカたちは何も言わない。
魔王の死の事やマリーの素性、王国や家で信じられてきた姉妹の英雄譚の真実は子供の身では受け止めるにはあまりに重い話だったからか、トウカたちも今は何も言えないでいた。
「さて、あとはマリーをどう助けるかだが――」
話は唐突に遮られた。
マリーを覆う光の壁が膨れ上がり、そしてその中から飛び出した魔力はさらに巨大なものへと変わっていた。
「フジ、早く子供たちを!」
「わかった!」
魔力で作られた光球は先程よりも勢いを増し、射程外と思われていた皆のいる場所まで飛んでくる。
「オウカ、トウカ。二人は『付与』で剣に魔力を。ドラセナは矢で撃ち落としてくれ。まずはフジたちの避難の時間を稼ぐ!」
シオンが指示を飛ばす。トウカとオウカは『付与』の術式を使い、武器に魔力を込める。ドラセナは矢をつがえ、飛来する魔力の襲撃に備える。
通常なら魔力弾は着弾と同時に炸裂するが、魔力同士ならばぶつけ合うこともできる。まずは魔力から身を守りつつ、機をうかがう必要があった。
「全員散開。各自の距離に注意しつつ、魔力弾を跳ね返す!」
「了解した!」
「わかった!」
「オーケー、シオン!」
オウカ、トウカ、ドラセナが動き出す。
迫り来る光球を次々と跳ね返し、ドラセナは矢を当てて空中で爆発させる。シオンも炎上する森の木から炎を集め、『
「……今のうちに離れよう。走れるかい?」
「……はい」
「行きましょう」
いまだ意識の戻らないレンカを背負い、フジはキッカたちと走り出す。
四人が魔力の攻撃を防いでくれてはいるが、防ぎきれない分は森へ次々と落ちていく。
「くっ……数が多すぎる!」
「これじゃ近づけない!」
オウカが光球を跳ね返し、次に迫り来たものへぶつける。衝突した二つの玉は互いに力を出し合い、数瞬後に大きな爆発を起こす。
トウカもその剣速をもって次々と空へ打ち上げていくが、その数は一向に減らない。
「……」
シオンはその中で考えていた。
飛び交う魔力とマリーを覆う光の壁の関係に違和感があった。
何故、一気に魔力が放出されるのではなく、断続的に放出されるのか。暴走で周囲が吹き飛ぶと言うのならもっと早く力が収束し、爆発してもおかしくない。
「待てよ……もしかしたら」
そして、一つの仮説に思い至る。それは、シオンだからこそ気づけたことでもあった。
原理が似ている技を持つ彼だったからこそ――。
「フジ、危ない!」
ドラセナの叫び声でシオンが我に返る。
光球が複数、空中で衝突して唐突に動きを変えた。それは、運悪く木々の間を縫って走るフジたちに向かっていた。
「まずい!」
遠距離攻撃の可能なシオンの位置からは木々が邪魔をして正確に撃ち落せない。仮に撃ち落とせたとしても爆発の余波でフジたちまで巻き込みかねない。
「伏せて!」
フジたちは咄嗟に地に伏せる。ドラセナが弓を引き絞り、次々と矢を放つ。矢は正確に光球を射抜き、次々と爆発していく。
「た、助かった……」
フジが顔を上げる。どうやら全員無傷で済んだらしい。
「ふう……よかった」
ドラセナは全ての玉の爆発を確認し、安堵する。
……だがそれは、たった一瞬の隙を彼女に生じさせた。
「ドラセナ、後ろ!」
無事を告げるため振り返ったフジの声が飛ぶ。
ドラセナが振り返る。彼女の後ろには、無数に襲来する光球があった。
「――やば」
弓を構える間もなく、着弾する。一つの光球が爆発すると、爆発の威力に反応して他の光球も次々と誘爆して行く。
「ドラセナーっ!」
フジの絶叫が森に響いた。
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