第41話 戦いの先に

 オウカとトウカが魔物に向かうと、シオンはドラセナに声をかけた。


「ドラセナ。悪いけど火矢を何本か撃ってもらえるかな?」

「あの魔物に通じるとは思えないけど?」


 相手は表面が岩だ。

 火矢を放ったところで効果はない。


「いや、撃って欲しいのはこの辺りの木にだよ」

「木に?」


 シオンの技は火を魔術で操って威力を増幅させるものだ。

 故に、火力が重要になる。

 先ほどの天昴烈火の爆発の残り火では心もとない。


「あの魔物を倒すには火力が足りない。乾燥しているから木も燃えやすいはずだ」

「でも、森に付け火って……まずいんじゃないの?」

「そこは僕の権限で何とかするよ。伊達に騎士団長じゃない」


 シオンから出た言葉に驚く。

 少なくとも最近までの彼からはあり得ない発言だ。


「……あなた、何だか不良になってない?」

「吹っ切れただけさ」


 子供のように無邪気にシオンは笑う。

 ドラセナはその笑顔に溜息をつく。


「はいはい。それじゃ騎士団長様のお墨付きも出たし、存分にやらせてもらいましょうか」

「頼んだよ」


 何だか子供の頃のいたずらを思い出したドラセナだった。




「シオンはああ言ったけど、そんなに凄い技なの?」

「ああ。気を付けないと巻き込まれるぞ」


 重量を乗せた魔物の腕が叩きつけられる。

 二人は左右に分かれ、その攻撃を回避する。


「だが恐らく、魔力の消費も激しい。だから一撃で決める必要がある」

「オッケー。じゃあ魔物の体勢を崩そう」


 これだけの巨体だ、脚にかかる重量は相当なものだ。

 片方だけでも砕くことができれば、たちまち動けなくなるはず。

 そこから再び分裂を始めても時間がかかる。

 シオンの技を打ち込む時間は十分にあるはずだ。


「私がやろう。だが、『剛華絶刀ごうかぜっとう』でも何発必要になるか……」


 あまり時間をかければ狙いに気づかれる可能性もある。

 可能な限り速やかに成果を上げなくてはいけない。


「私もやるよ、オウカ」


 トウカの言葉にオウカは驚く。

 魔物の腕が横薙ぎに振るわれる。

 二人は跳躍し、それを回避するとまた集まる。


「お前は『剛華絶刀ごうかぜっとう』を使えないだろ?」

「……使えないわけじゃないけどね」


剛華絶刀ごうかぜっとう』は複合術式による技だ。

『加速』の術式と『硬化』の術式を発動していなければいけない。

 だが、もしもトウカがこの技を使えれば、一瞬で何発も打ち込むことができる。


「オウカほどの威力は無理だけど、やり方はあるから」


 オウカが笑みをこぼす。

 単独術式しか使えない妹。

 だが、その剣の力を生かすために工夫を凝らしているのは知っている。


「……なら見せてみろ。最後の一撃は私がやる」

「任せたよ、オウカ」


 トウカが離れる。

 そして、ドラセナに向けて叫んだ。


「ドラセナ、一瞬でいい。魔物の動きを止めて!」

「オーケー、任せて!」


 弓を引き絞る。

 魔力を矢に込める。


「術式展開――――『閃光』」


 矢が放たれる。

 狙いは魔物の顔面。

 魔物は効果のない矢の一撃など気にも留めていない。


「みんな、目を閉じて!」


 ドラセナの声に、皆が目を閉じる。

 その瞬間、矢が強く光を放つ。

 夜の闇に慣れた魔物の目に閃光が突き刺さり、動きを止めた。


「術式展開――――『加速』」


 トウカが目を開く。

 走り出す位置は通常よりも後方。

 術式を展開し、速度を増しながら一直線に突き進む。

 そして最高速度に達したその瞬間、トウカは魔物に向かって跳んだ。


「術式解除」


『加速』の術式を解除する。

 だが、空中のトウカが魔物に向かう速度はそのままだ。

 慣性を利用して距離を詰めるその中で、もう一つの術式を発動する。


「術式展開――――『硬化』」


 剣に魔力が注がれる。

 硬度が増し、岩に打ち付けても砕けぬほどに強化される。


「――砕け散れ」


 剣を振るう。

 正式なやり方ではない。

 踏み込んでいないから威力も本式より小さい。

 だが、亀裂を入れて耐久を下げることくらいはできる。


剛華絶刀ごうかぜっとう彩花さいか!」


 速度を加えて威力の増した剣が連続で繰り出される。

 打たれた場所は次々と陥没し、広範囲に渡って亀裂が入って行く。


「オウカ!」


 トウカが着地と同時に離脱する。

 既にオウカは術式を展開していた。

 入れ替わるようにオウカが同じ場所へ飛び込む。


「――砕け散れ」


 トウカの技で耐久力の下がった魔物の脚へ、オウカが渾身の一撃を放つ。


剛華絶刀ごうかぜっとう!」


 トウカは広範囲に、そしてオウカはそれらによって脆くなった一点へ。

 オウカの一撃が入った場所から亀裂が広がり、トウカのつけた亀裂と結びついてさらに崩壊が広がる。

 自重に耐え切れなくなった魔物の体が横転した。


「決めろシオン!」


 オウカが離れ際に叫ぶ。

 シオンは炎上する木々から既に『纏化てんか』の術式で炎を集めていた。

 魔力で更に底上げし、彼の周囲で爆発的に燃え上がる。


「術式展開――――『圧縮』」


 炎がほどけ、左右の剣へと集る。

 シオンが走り出す。

 魔物はその体を分裂させ、群れに戻り始めている。


「――嚙み砕け」


 手加減は一切ない。

 オウカに放った時よりもさらに威力は上だ。


緋炎双牙ひえんそうが!」


 魔物の懐へ飛び込み、左右から炎の剣を交差させる。

 圧縮された両方の火球が衝突し、溢れ出した力が相乗効果を起こして一気に放出される。

 爆発に巻き込まれ、魔物の体が崩壊していく。

 閃光が収まったとき、シオンの前には瓦礫となった魔物の跡だけが残されていた。


「……ふう」


 シオンが剣をおさめる。

 その手際の良さにドラセナも称賛を送る。


「お見事」

「……シオン。やりすぎ」


 充満する煙にせき込みながらトウカが姿を見せる。

 硬い魔物を倒すためとはいえ、少し威力が大きすぎたようだ。


「ごめん、まだ加減が難しくて」

「とは言え、これで片付いたな」


 オウカの言葉に皆が頷く。

 やり遂げた気持ちを抱きながら、皆で拳を打ち合わせた。




「凄い……」


 夢のような光景だとキッカは思った。


 魔王を討伐した、王国最強の誉れ高い女騎士オウカ。

 魔王討伐のもう一人の英雄であり、オウカの双子の妹トウカ。

 主要五家アスター家次期当主であり、史上最年少の騎士団長シオン。

 第三騎士団副部隊長であり、主要五家ゴッドセフィア家次期当主ドラセナ。

 宮廷医師ウィステリア家の嫡男フジ。


 オウカが言った「仲間」はいずれも有名人ばかり。

 それが肩を並べ、見事な連携で魔物を撃破したのだ。


「本当、凄いよね」


 放心状態のキッカに、フジは声をかけた。

 彼も穏やかな表情をしているが、戦いの中で周囲に常に気を配っていた。


「みんなが力を合わせれば、怖いものなんてないよ」


 それは、暗に今の社会のことを非難しているようにも聞こえた。

 全員が同世代だということはキッカも知っていた。

 だが権力争いの続く王国で、この五人が親しい友人関係であることを知る者は、当時の学友を除いて少ない。


「……シオンのお兄さんが見たかったのはこんな光景だったんだろうね」


 魔王軍に対抗するため、家同士の力を合わせることに尽力したブルニア。

 偶然その時期に机を並べていた同世代の五人。

 最初は対立していたが、今ではかけがえのない仲間だ。

 もしかしたらブルニアは新世代に希望を見出していたのかもしれないと思うのは考えすぎだろうか。


「……私たちに似ていますね」


 エリカがポツリとつぶやく。

 対立しているラペーシュ家のキッカとロータス家のレンカ。そしてグラキリス家のエリカ。

 そして、魔族のマリー。

 一人一人の力では状況を打開することなどできなかっただろう。

 だが、不安な時も支え合えた。

 力を合わせたことで小屋から脱出できた。


「でも、私は……」


 キッカは俯く。

 果たして、これから共にやって行くことなどできるのだろうか。


「喧嘩でもしたのかい?」


 キッカもエリカも、フジがマリーの素性を知っていることを知らない。

 故に深くは語れない。

 だから、キッカは頷くだけだった。


「ぶつかり合うのも時には必要だよ。その後ちゃんと謝って、お互いに認め合えればいい」


 爆発の余波で充満していた煙がようやく晴れてきた。

 集まっているトウカたちの姿もはっきりと見えてきた。


「君たちが大人になる頃にはもっといい世の中になるように、僕たちもこれから――」


 言葉が止まる。

 フジの顔色が変わった。


「みんな、まだ終わってない。マリーちゃんが!」


 シオンの技の影響で夜の闇に眼が慣れるまで時間がかかったのもあるだろう。

 だが、その間に動き出していた魔物の生き残りに気付くのが遅れた。

 崩壊寸前の体を動かし、魔物は気を失っているマリーの所に辿り着こうとしていた。


「マリー!」

「しまった!」


 トウカとオウカが弾かれた様に走り出す。

 だが、距離がありすぎる。

 どれだけ急いでもここからでは間に合わない。

 魔物の手が上がる。


「マリーッ!」


 トウカが叫ぶ。

 動かないマリー目がけて岩の腕が振り下ろされる。




 ――その瞬間、誰もが目を疑った。




 ――閃光とともに魔物が粉々になって消滅したのだ。




「え……?」


 魔物に着弾して、消滅させたものは魔力の塊だった。


 あり得ない。


 何故それが。


 マリーから放たれたのか。


「トウカ、離れろ!」


 異変を感じたオウカが叫ぶ。

 マリーの体が不自然に発光する。

 周囲に紫電が走り、彼女を中心として球状に光の壁が覆って行く。


「マリー……?」


 光の壁に触れたマリーの背後の木が砕け散る。

 それは、明らかに魔力を用いた破壊力。

 だが、彼女は意識を失っている。

 つまり、勝手に魔力が放出されたということだ。


 見たことはない。

 だが、トウカとオウカ、そしてフジの三人は直感した。


 ――暴走だと。

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