第25話 叛逆

「サンスベリア様」

「どうした」


 今後の打ち合わせを終え、会議室から出てきたサンスベリアに使用人が耳打ちをする。


「……実は、フロスファミリアの者が来ておりまして」

「何の用だ」


 フロスファミリアの名が出ただけでサンスベリアは露骨に不快な表情を見せた。


「それが、お嬢様が帰られないので迎えに来たと」

「フロスファミリアの娘がこの屋敷に?」


 この日の来客は会合に来た貴族諸侯以外にはいなかった。

 彼にはまったく覚えのない話だ。


「待てよ……そう言えばエリカが友人を招くと言っていたが」

「恐らく、その御友人がフロスファミリアの者ではないかと」


 やはり先日の違和感は確かだったことをサンスベリアは悟る。

 エリカは友人の名を偽って報告していたのだ。


「エリカを呼びなさい。きつく言い含めておかねば」

「それが……エリカ御嬢様もその御友人もお姿が見えなくて」

「何?」


 この屋敷から出ると言う話を彼は受けていない。

 その友人が連れ出した可能性も考えるが、それでもエリカならば書置きくらいは残す。


「フロスファミリアの者へはどうお伝えしましょう」

「何も知らぬ。そう伝えて帰って貰え」

「わかりました」


 何かがおかしいとサンスベリアは感じていた。

 計画は徐々に狂い始めていた。




 カルーナからの連絡を受けたオウカは城からフジの医院へと駆けつけていた。


「……大叔父上」


 ベッドに横たわるラペーシュ卿の姿にオウカは言葉を失う。

 かつて会った時の威厳に満ちた姿はどこにもない。

 衣服は破け、包帯は血に染まり、無残ともいえる姿をさらしていた。


「……先ほど、息を引き取られたよ」

「そうか……フジ、世話になったな」


 オウカの言葉にフジは首を振る。


「最後まで孫娘のことを案じていたよ。無念だったろうね」

「大叔父上はキッカを溺愛されていたからな」


 彼がキッカをオウカの傍に置こうとしていたのはわかっていた。

 家の繁栄が目的なのは間違いないが、一番はオウカに憧れる孫の願いを叶えてあげたいと言う祖父の想いからであったのだろう。


「傷口は綺麗にして差し上げて欲しい。身だしなみを気にされる方だったからな」

「わかった。後のことはやっておく」

「すまない」


 本来ならば涙の一つも流すべきなのかもしれない。

 だが、大叔父の無念を晴らすためにはまだやらなくてはならないことがある。

 キッカを救い出す。

 そのためにオウカは部屋を後にするのだった。


「……カルーナ。話を聞かせてもらうぞ」

「聡いな。ただの事故じゃないと見抜いたか」


 部屋の外で待機していたカルーナが言葉を返した。


「俺たちのミスだ。監視していながらみすみす死なせちまった」

「やはり大叔父上を監視していたのか」


 郊外の森で事故が起きてからあまり時間が立っていない。

 すぐにここへ運ばれたと言うことは、誰かが現場近くにいたと言う事だ。


「俺たちだって一年間何もしなかったわけじゃない。容疑者は絞り込んでいた」

「ドラセナの拘束は黒幕から目を逸らせるための工作だったと?」

「まあな。少しはあっちの狙い通りに動いてやらんとな」


 にやりと、カルーナは口元を吊り上げる。


「ドラセナも貧乏くじを引かされたものだな」

「まあそう言うな。嬢ちゃんを拘束したお陰でゴッドセフィア家は没落を恐れて動けなくなった。お陰で奴らも自分たちで動き始めた」


 加えてシオンやフロスファミリア家の襲撃事件もある。

 主要五家が狙われていることが明らかである以上、関係者をマークするのは当然とも言えた。


「大叔父上を殺した相手の目星は付いているのか?」

「部下の報告によれば、ラペーシュ卿の馬車が事故を起こす前に一人の男が馬車から離れて行ったらしい」

「何者だ」

「変装していて顔までは確認できなかったそうだ。だが……」


 カルーナが言葉を濁す。


「だが、どうした?」

「……グラキリスの屋敷にそいつは入ったそうだ」

「つまり、サンスベリア殿が黒幕か?」

「爺さんは中心人物の一人と見るべきだな。報告だと他にも様々な家の奴らが集まっていたらしいぜ。ゲンティウス卿、グーズベリー卿……後は主要五家の分家もだ」

「ゴッドセフィア家の毒が用いられていた理由はそれか」

「こいつらは本家にとって代わろうとしているみたいだな。あるいは家の中で主導権を握ろうとしていたかだ」

「大叔父上もその一人だったという事か」

「……ブルニアを殺した奴も恐らくこいつらだ。いよいよここまで来たぜ」


 槍を握るカルーナの手に力が込められる。

 まだブルニア殺害の真犯人は割り出せていないが、まずはラペーシュ卿殺害の容疑、シオン襲撃の容疑で捜査の手を入れることができる。

 だが、オウカは一つ気になることがあった。


「しかし、大叔父上がキッカの拉致を許すとは思えんな……」

「これだけの身分の人間を消す事態になると言うことは、予定外の事態だったんだろうな。たぶんそれで足並みが乱れたんだろう」

「口封じ……という事か」


 だが、そうなると別の問題が発生する。

 屋敷が襲撃されたあの日、賊は『本来の目的だけでも』と言っていた。

 そもそも誰を拉致する予定だったのか。

 キッカとレンカを拉致したことが予定外であるなら他に狙っていた子供が屋敷に、あるいはオウカの傍にいたことになる。


「まさか……」


 そう考えれば恐ろしい事実に辿り着く。

 キッカ達を除いてオウカに関わりのある子供は一人しかいない。


「狙いはマリーか……!」

「おい、オウカ!」


 居ても立っても居られなかった。

 オウカはすぐにでもトウカとマリーを保護すべく医院の外へ飛び出した。


 外は暗くなり、いつの間にか雪も積もっていた。

 この場からトウカの家まではどのくらいかかるのか。

 一刻も早く二人の無事を確認しなくてはならなかった。


「……オウカ?」


 馬に乗ろうとするオウカの背に、馴染みのある声がかけられる。

 振り向く彼女の前にいたのはトウカだった。

 だが、その傍には娘の姿が無い。


「マリーはどうした」

「……助けて、オウカ」


 今にも泣きだしそうな声だった。

 縋り付いてくるトウカを受け止める。


「マリーが……どこにもいないの」

「何だと……」


 オウカは愕然とする。

 最も恐れていたことが既に起きていたのだ。


「グラキリスの家に遊びに行くって……でも、来てないって」


 雪に塗れたトウカの体は冷え切っていた。

 一体何時間マリーを捜して街を彷徨っていたのか。


「中に入ろう。話を聞かせてくれ」

「うん……」


 泣き崩れそうなトウカをオウカは支える。

 トウカはしきりに「ごめん」と謝っていた。

 それはマリーにか。それとも協力をしているオウカへか。

 だが、オウカはそんな妹を優しく宥めていた。


 そうしていないと、間に合わなかった自分自身に、そして関係ないはずのマリーを巻き込んだ事への怒りを抑えられそうになかった。




「……今、何と言った」


 ウォート兄弟からの報告を聞いたサンスベリアは怒りに打ち震えていた。


「ラペーシュの爺さんは始末した」


 ジョンからの報告は命令の完遂だった。

 馬車が森で事故を起こし、車内にいたラペーシュ卿は車体に押し潰されるように巻き込まれた。

 担ぎ込まれた病院で亡くなったという情報はサンスベリアも得ていた。

 余計な言葉も残さず、意識のないまま孫娘への謝罪を繰り返していたという。

 それ自体は満足のいく働きだった。

 問題はその後のバレンの報告だ。


「マリー=フロスファミリアの身柄を確保致しました……エリカお嬢様も一緒にですが」

「そんな指示はしていない!」


 バレンは余裕の表情を崩さず、言葉を返す。

 その手には彼の言葉を裏付けるかのように、エリカの髪飾りが握られていた。

 あれは、亡き彼女の母が付けていた肩身の品。

 エリカにとっては宝物だ。他人に貸す代物ではない。


「マリー=フロスファミリアのすぐ傍に居たため。我々の顔を知っているため。機密保持のためには致し方ない措置だと思いますが?」


 バレンは丁寧な言い回しで報告を続けるが、立場は明らかに逆転している。


「ご安心を。大事なグラキリスのお嬢様です。丁重に扱わせていただきます……貴方次第ですが」

「何が望みだ。地位か、金か。それとも組織の椅子か」

「組織の活動に口出しする気はありません。関係は今まで通りで構いません。殺せと命じられれば殺しますし、人を攫えと言うなら攫います。貴方様もご自由に暗躍なさって下さい」

「こちらも、使い捨てにされたくはねえからな」

「ええ、あくまでこれは我が家再興のための保険……そう、保険なのですから」

「家のことならば誓約書を書いても構わん。だから孫娘だけは……」


 バレンもジョンも彼の姿に笑いをこらえていた。

 主要五家筆頭のグラキリス家の家長が、孫娘一人でこうも狼狽えるのかと。

 当然だ。グラキリス本家の直系はもはやエリカしかいない。

 サンスベリアは、そしてグラキリス家はエリカを絶対に失うわけにいかないのだ。


「今後のことを見て検討させていただきます。行くぞ、ジョン」

「ああ、兄貴」

「待て!」


 バレンは口元に指を立てる。


「いいのですか、そんなに声を荒げて。人が来ますよ?」

「俺たちは捕まるかもしれねえが、色々と表沙汰になるぜ?」

「ぐっ……」


 ついに我慢ができなくなった二人は笑い出す。

 そして、皮肉たっぷりにサンスベリアを激励するのだった。


「天下に名だたるグラキリス家は、我々のためにもその地位を守っていただかないと」

「そうそう。長生きしろよ、爺さん」


 二人が笑いながら部屋を後にする。

 静寂が戻った室内でサンスベリアは嘆く。

 しかし、もう誰もが戻れない場所へ来ていた。

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