第24話 瓦解

「戻りましたか、アキレア。どうでしたか?」

「今のところ目立った動きはないな」

「そうですか」


 国境付近の隠れ家に身を潜めてから半年。

 アキレアのお陰で魔王軍の残党らの動向はほぼ掴めていた。

 大半は自分の気の赴くままに活動していることが分かっている。

 わざわざマリー様を担ぎ出して魔王軍を復活させようと目論む者はいないらしい。

 面倒な段取りなどは御免と言うことだろうか。

 利己主義の多い魔族の特性が私たちにとっていい意味で働いている。


「それで、例の方は見つかりましたか?」


 アキレアは首を横に振る。やはり難航しているようだ。

 最も警戒しなくてはならない者だけに、早くその足取りを掴みたい。

 あの人たちがマリー様の生存を知れば必ず利用する。

 何故なら彼らは――。


「ところで、随分熱心に読んでるな。何だそりゃ」


 アキレアの問いに調べ物の途中であったことを思い出す。


「魔族を研究していた人物の物ですね」

「そりゃまた奇特な奴がいたものだな」


 魔族にも色々な者がいる。

 好き放題に力を振るい、その結果人間と対立する者。

 私のように主君を得て忠誠を誓う者。

 そして、魔族自身を研究しようとした者もいた。


 私が手にしている研究書には、様々な情報が羅列されている。

 魔族がまとめたものだが、自分にとって利益が得られなかったりすることには見向きもしないが、一度惚れ込むと打ち込む辺り魔族らしい。

 いい意味で取れば研究熱心と言えるだろうか。


「私たち魔族は自分たちの事を知らな過ぎます。ですから、その関係の資料を集めている所です」

「そいつもマリーのためってことか」

「無論です」


 確かにこれは自由気ままに生きていれば必要のない情報かもしれない。

 だが、情報不足がたたって先日はマリー様を危機に晒したのだ。

 人間と魔族が共に生きて行くと言う希少なケースでは一つでも多くの情報が必要だ。


「で、何かためになる話はあったのか?」

「そうですね。先日のマリー様の件がありましたので、今は魔力の暴走に関する事柄を……」


 とある記述を前に手が止まった。

 文面に目を走らせる。

 いけない。これが事実なら看過できない内容だ。


「どうしたノア?」

「アキレア。申し訳ありませんが今すぐトウカさんの所へ行って下さい」


 この情報は一般的な魔族ならばまだしも、人間に非常に近い情動を持つマリー様には強く関わる事柄だ。

 何か起きてからでは遅い。この事は一刻も早くお伝えしなくてはいけない。

 アキレアなら走れば私より早い。ここからなら二日くらいで辿り着くだろう。


「――――」

「……おい、何でそんな重大なことが知られてねえんだ」


 アキレアが悪態をつく。確かに魔族は自分たちの事を知らなすぎだ。

 そして私の言葉を受けたアキレアは、血相を変えて飛び出して行ったのだった。




「どういうことだサンスベリア!」


 胸倉を掴んで噛みつかんばかりにサンスベリアに詰め寄る。

 ラペーシュ卿にとって今回の顛末は完全に予定外のものだった。


「よりにもよって儂の孫娘を攫うとは……」


 本来ならば今年養子に迎えられたというフロスファミリア家の子供を拉致するはずだった。

 そして、幼子を守れなかったと言うことでフロスファミリアの名誉に傷をつけようというものだ。

 当主グロリオーサは責任を取ってその立場を辞し、オウカが当主となる。

 そして、オウカを推したラペーシュ家が実権を握るという算段だった。


 だが、マリーの情報を知っている者は少ない。

 国王が彼女らの私生活に配慮したためだ。


 ラペーシュ卿もグロリオーサからの書簡で名前を知った程度だ。面識はない。

 だが、トウカとオウカがその保護者であることは知られていたため、環境の良い場所で養育するという先入観からオウカの下にいると思い込んだ。

 そのため、忍び込んだフロスファミリア家の屋敷にいた子供のどちらか、つまりキッカとレンカのどちらかが養子だと勘違いしたのだ。


「不手際は認める。だが、開放することはできん」

「何じゃと!?」


 ラペーシュ卿が声を荒げる。

 だが、サンスベリアはその怒気を前に冷静に答えた。


「予定の違いはあったが、人質として利用することはできるからな」

「貴様……っ!」


 ラペーシュ卿は手を放し、荒々しく扉を開けて部屋を出て行く。

 乱れた衣服を直しながらサンスベリアは呟いた。


「そろそろ用済みか……」


 同じ選民主義であったからこそ味方に引き入れたが、そもそもフロスファミリアとグラキリスでは利害の一致が起こりにくい。

 ここへ来てフロスファミリアを排除したいサンスベリアとオウカの当主就任を目論むラペーシュ卿との間には意見の相違が起きていた。


「ウォート兄弟」

「はっ」


 現れた男たちは昨日、屋敷を襲撃した二人だった。

 兄をバレン、弟をジョンと言った。


「手段は問わぬ、始末しろ」

「承知しました」

「これ以上ミスは許さん。そのつもりでいろ」

「はい。その代わり……」

「ああ、全てが終わったらお主等の家の再興は約束しよう」

「その言葉があれば私たちは必ずやお応えしましょう」

「失礼します」


 そして二人も部屋を出ていく。


「落ちぶれたハイエナどもが」


 かつては主要五家の一角だったウォート家だが、今や見る影もない。

 失った名誉と家の再興のために強い勢力に利用される存在と化していた。




「バレン兄貴……本当にいいのか、これで」

「他に方法がない以上仕方ない、ジョン」

「だけどあの爺さんにいいように使われてるだけじゃ……」

「ジョン」


 バレンは愚痴を零す弟を宥める。

 彼自身この状況を良しとしているわけではない。

 全ては家の再興の為。その為には手段を選んではいられなかった。


「それよりその腕、やっぱり……」

「ああ。昨日の件で折れているな」


 昨晩グロリオーサの一撃を受けた右腕は手首を包帯で固めていた。


「彼が現役だったら首が飛んでいたかもしれん」

「とんでもねえオッサンだな……」

「さすがは主要五家と言った所か」

「兄貴、それ冗談にしては笑えねえぜ」


 もともと自分たちの立場を奪ったのはフロスファミリア家だ。

 トウカとオウカの祖父が若い頃にフロスファミリア家が主要五家に名を連ねた。

 ウォート家は権力の座から後退し、そのまま凋落の一途を辿る。

 兄弟二人の代になった時には、かつての所領もほとんど残っておらず、傭兵や暗殺などの裏の仕事で生計を立てる始末だった。


「まずは主要五家の一角を崩せばその地位に就くことができるかもしれない。それからだ」

「ああ……」


 渋々ジョンも頷く。

 彼自身、それしか手がないことを理解していたからだ。


「こんにちは」


 二人の前に少女が姿を現す。

 サンスベリアの孫娘、エリカだった。


「エリカ、この人たち誰?」


 その後ろにはもう一人少女がいた。

 少女の言葉を受けてエリカは兄弟を紹介する。


「こちらはお爺様のお客様のウォート様よ」

「ああ……まあな」


 エリカの紹介にジョンが言葉を濁す。

 自分たちよりも、サンスベリアの方が仕事を頼む客と言えるからだ。


「御用はお済みなのですか?」

「ええ、サンスベリア様にお仕事を頼まれまして……そちらは?」

「はい、私のお友達でマリー=フロスファミリアと申します」


 その名を聞いて二人は驚く。


「今……マリー=フロスファミリアと言いましたか?」

「はい。ご存知でしたか?」


 首をかしげるエリカ。


「……ジョン。サンスベリア殿からの仕事はお前に任せる」

「それは構わねえが……兄貴?」


 その名前は昨日依頼された二人のターゲット。

 更に言えばその隣にいるのは自分たちを利用する男の孫娘。


「そうか……その手があった」


 バレンの口元が悪意に歪む。

 まだエリカもマリーも彼の様子の変化に気づいていない。


「エリカお嬢様……お爺様のお仕事をお手伝いされる気はありませんか?」


 そして、悪意を持った誘いが二人の少女に持ちかけられる。

 敬愛する祖父の裏の顔を知らないエリカは満面の笑みで頷くのだった。




「何故こんなことに……」


 走る馬車の中でラペーシュ卿はひとり、孫娘を案じていた。

 彼にとって、孫娘は目に入れても痛くないほど大切な存在だ。

 ゆくゆくはラペーシュの家を継がせ、当主となったオウカの側近とする予定だった。

 それ故に危険な目には遭わせたくない。巻き込むつもりはなかった。


「キッカ……」


 だが、現実には対立するロータスの家の娘と一緒にキッカは人質になり、目の前で拉致を許したオウカの評判が下がってしまう可能性も有り得る。

 サンスベリア達の次の一手によっては自分の身の振り方を考える必要があった。


「……む?」


 ふと、窓の外を見た時に異変を感じた。


「運転手。道が違うのではないか?」


 見慣れない風景が広がっていた。

 ラペーシュの屋敷へ向かうにしては随分と郊外へ向かっている気がする。


「いや、合っていますよ」


 運転手は振り向き、馬車の中の彼に顔を見せた。


「アンタを始末する場所だからな」

「貴様、サンスベリア子飼いの!?」


 驚きを見せるラペーシュ卿だが、その言葉にジョンは顔をしかめる。


「……間違っちゃいねえが、その言い方は気に食わねえな」

「何をする気だ、やめんか!」


 ジョンは馬車のスピードを上げる。

 馬車の扉を開けようとするが外側から細工されているらしく、ビクともしない。


「じゃあな」


 そう言い残してジョンは馬から飛び降りる。

 暴走した馬はそのまま森へと飛び込み、大木の根に乗り上げて車体が浮く。


「――っ!」


 天地が反転する中、彼が今際に思ったのは行方知れずとなった孫娘の無事だけだった。

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