第23話 暗躍
「あれから一週間だな」
「アスターの
「一命はとりとめたようだ。後遺症もない」
「運のいい奴だ」
ある場所で、会議が行われている。
出席者はいずれも名のある家の当主。
そして、今王都で起きている事件の詳細を誰よりも知る立場だった。
「だが、しばらくこれでアスターは動けない」
「あの家は兄弟の能力が突出していたために、分家では勢力は維持できん。他を処理した後にゆっくりと片付けられるだろう」
「ゴッドセフィア家も次期当主が拘束されていれば満足な働きはできまい」
「そもそも今回の件で疑いはかなり濃くなりましたからな」
メンバーの何人かが笑い声を漏らす。
全て彼らが目論んだ通りに事が進んでいたからだ。
「ウルガリスの小僧はどうだ」
「今は放っておいて良い。だが、捜査の網にかからぬように警戒は必要だ」
「そうですな。そもそも事件を解決できない時点で評判は下がっていく一方ですから」
「では、残るはフロスファミリアですな。サンスベリア卿」
「うむ」
上座に座るサンスベリアが腕組みをしたまま頷く。
その隣に座っていた初老の男が彼に言葉をかけた。
「待て、オウカ様に手出しされると私たちが困る」
「あくまで勢力を削ぐにとどめるつもりだ。ラペーシュ卿」
「しかし……」
「ここまで主要五家の内、目立った被害が出ていないのはフロスファミリアだけだ。怪しまれるのは貴殿等だが?」
「ぐっ……」
ラペーシュ卿と呼ばれた男は押し黙る。
「……くれぐれも死人だけは出さないでもらいたい」
「わかっている。お主に離反されては困るからな」
そうは言ってもここまで深く関わった以上、迂闊に抜けることなどできない。
既に彼らは何人も手にかけているのだから。
「具体的にはどうします」
「確か、フロスファミリアは――」
「――それを使おう。それならば異論はありませんな、ラペーシュ卿」
「……うむ」
最近の当主グロリオーサの行動は、彼にとって許し難いものだった。
家督争いも煮え切らない態度を続けるあの男にフロスファミリアの指揮は任せてはおけない。
家の主導権を我が物にし、オウカ=フロスファミリアを当主に立てて長きに渡った家督争いに終止符を打つため、彼はこの組織に参加したのだった。
「オウカ様、お茶をこちらに置いておきます」
「ああ、済まないレンカ」
「無理、なさらないで下さいね」
オウカの前に山積みになっている書類をみてレンカはため息を漏らす。
シオンが倒れてからと言うものの、団長代行を務めることになったオウカだが、その仕事量は尋常なものではなかった。
「シオンの奴。どれだけ仕事をこなしていたんだ……」
国のため、民のため。
そして兄を超えるためと言う目的のために日々研鑽に励んでいるシオンだが、この仕事量は常軌を逸している。
さすがにずっと城にいるのも限界だったので、今日は屋敷に戻って仕事を行っていた。
「これは、復帰したら何か埋め合わせをしてもらわないと割に合わないな」
不意に漏らしたオウカの言葉にクスクスとレンカは笑った。
「お、オウカ様……次の書類……です」
よろよろと危なっかしい足取りでキッカが書類を抱えて入室する。
「すまないな。手伝わせてしまって」
「いえ。オウカ様のために働けるのなら光栄です!」
強がっているがやはりキッカらは子供。疲れも見えていた。
「少し休もうか」
「そうですね」
残る仕事を考えて憂鬱になる。
まだまだ終わりは遠そうだった。
「あれ……?」
キッカが机の上に置いたばかりの書類の山を崩してしまった。
床に落ちた書類を拾うために屈み込む。
「もう、キッカ……何をし……て」
レンカは最後まで言葉を紡ぐことができなかった。
キッカ共々頭がぐらぐらと揺れる。
足取りがおぼつかない。
「あれ……」
「あ、あら……?」
二人が床に崩れ落ちた。
「どうした、二人と……うっ!?」
立ち上がろうとしたオウカだが、強烈な脱力感に襲われる。
意識が朦朧とする。立ち上がれない。
(何だこれは……)
猛烈な眠気が押し寄せる。
キッカとレンカも床に倒れ込んで寝息を立てている。
(まさか…魔術……)
明らかに異常だ。
だが、大声が出ない。助けを呼べない。
「く……まずい……」
机の上に崩れ落ちる。
朦朧とする意識の中で、オウカは何者かが部屋に入ってきた気配を感じとった。
「他愛ない。王国最強の騎士と言えど、我が魔術の前ではこんなものか」
「誰だ……」
フードで顔は見えない。
だが、明らかに屋敷の者ではない。
「これは驚いた。それでも意識を保っていられるとは……だが、満足に動けはしないようだ」
「……何が目的だ」
「ある理由で屋敷に忍び込んだのですが……この分ならあなたを殺した方が手っ取り早そうだ」
懐から短剣を抜く。
「あなたを殺せば私が王国最強だ」
「――そう。それなら尚更黙って見過ごせないわね」
凛とした声が響く。
後方から現れたその人物に驚いた不審者は飛び退く。
「この屋敷に、そして私の娘に危害を加えるというのでしたら見逃す訳にはいきません」
「母上……!」
ローザの登場に不審者は狼狽を見せた。
「馬鹿な……この屋敷の人間はみんな眠ったはず」
「スカーレット家生まれの私に通じると思って?」
「そう言うことか……」
ローザの生まれたスカーレット家は魔術の大家の一つ。
生来強力な魔力を秘めており、魔術研究において多大な貢献を果たした一族だ。
フロスファミリアと婚姻を交わしてからは、ローザは家のために次々と魔術を編み出し、フロスファミリアの繁栄を築いた一因となっている。
オウカに術式の効果が薄いのもローザから受け継いだ耐性があるためだった。
「無効化したのか防御したのかはわかりませんが、放っておいてよい存在ではないようだ」
「いけない、母上……早く逃げてください」
「それはできません」
短剣を構える男の前でローザは毅然とした態度で言い放つ。
「私は母親です。子供が危険に晒されているのであれば命がけで守ります」
「ですが……っ!」
「大丈夫。頼りになる人がいますから」
そう言った刹那、ローザの横を一人の人物が駆け抜ける。
「――瞬華終刀」
「ぐうっ!?」
繰り出されたその一撃を男は受け止める。
だが、その剛剣の威力に弾かれて壁まで飛ばされる。
「父上……」
「無事か、オウカ」
ローザの夫であり、オウカの父。
フロスファミリア現当主グロリオーサだ。
「不覚をとったな」
「……面目ありません」
意識がはっきりしてきた。
どうやら魔術の効力が弱くなってきたらしい。
壁に叩きつけられた男が立ち上がる。
「ちっ……」
衝撃でフードが脱げ、その顔が露になっていた。
「現役を引退したとはいえ、フロスファミリア家の当主は健在ということですか……」
男が口元の血を拭う。
グロリオーサの技の威力によるものだった。
「……さすがに元騎士団長と現役の第一騎士団の長を相手にするのは分が悪い」
男が短剣を投げつける。
「ここは本来の目的だけでも果たさせていただきます」
グロリオーサを狙ったそれはあっさりと剣で弾かれる。
「……むっ!?」
続け様にもう一本、短剣がグロリオーサ目がけて飛んできた――男とは別の場所から。
とっさに避けたがグロリオーサが体勢を崩す。
その瞬間に男が駆け出した。
さらに、部屋の陰からもう一人の男が飛び出す。
二人はオウカとグロリオーサには目もくれず、床で倒れているキッカとレンカを抱え上げる。
「しまった!」
二人の侵入者は窓に向かって飛び出す。
「ま、待て!」
「術式展開――――『強化』」
「術式展開――――『強化』」
甲高い音とともに部屋のガラスが砕け散り、二人の男は着地と同時に走り出す。
「キッカ! レンカ!」
そして、二人の男はそのまま夜の闇に消えて行った。
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