第22話 封印された光景

「カルーナ」

「ようシオン」


 ブルニアと別れた後、俺は城内の見回りの途中でシオンと会った。

 史上最年少で騎士団長になったブルニアの弟、そして王国の大臣の息子と言う環境に甘んじずに努力し続けている優等生の模範みたいな奴だ。


「兄さんはまだ団長室かい?」

「ああ、建国祭にも行かずに黙々と書類とにらめっこだ」

「相変わらずだなぁ、兄さんは」


 呆れた様に言うシオンだが、その表情は嬉しそうだ。

 兄のブルニアをこいつは心底尊敬していた。

 次の戦では副官の一人として一緒に戦場に立つことも決まっている。

 目標としている兄と初めて一緒に戦い、その力となれることに大いに意気込んでいるともっぱらの噂だ。


「そうだ。兄さんに言われて調査をしてた魔王の根拠地の情報についてだけど……大当たりだったよ」

「見つけたのか?」


 シオンは自信を持って頷く。


「やったじゃねえかシオン。大手柄だ!」

「まだまだ兄さんには適わないよ」

「謙遜するな。誇っていいことだぜ」

「……でも、カルーナは超えたかもね」

「生意気言いやがってこの野郎!」

「あ痛たたたた! カルーナ、冗談だって!」


 家同士の対立を抑えた兄貴に魔王の根拠地を発見した弟。

 兄弟そろって本当に優秀だなこいつらは。

 こいつらと一緒にいると本当に飽きない。

 この成果を無駄にしないために、俺も討伐戦では大暴れさせてもらうぜ。


「よし、団長室に行ってブルニアを驚かせてやろうぜ」

「ああ。少しは兄さんに褒めてもらえるかな?」


 こいつは、世の評価より兄の評価の方が気になるのか。

 自分が果たしたことは人類史に残る偉業だぞ。

 まあ、名誉欲や権力欲に乏しいと言うのはいいことかもしれんが。


 団長室の前まで来た。

 中から物音はしない。

 相変わらず奴は書類に目を通しているのだろう。

 座り続けて膝が固まっちまうぞ。


「おいブルニア、朗報だ」


 俺は団長室の扉を開く。

 ――その瞬間に違和感に気付いた。


「真っ暗だね」

「妙だな。今日は外に出る予定はなかったはずだが……」


 足を踏み入れる。

 そして更に異様な雰囲気を感じ取った。


「シオン、中に入るな。ここにいろ」

「え?」


 血の匂いがする。

 城の中だぞ。

 しかもここは団長室だ。

 ブルニアはどこへ行った。


 扉の傍にランプを見つける。

 火を入れ、部屋の中へと向けた。


「――あ」


 最初に気づいたのはシオンだった。


「にい……さ…ん?」


 ブルニアは団長室の机に目を閉じて座っていた。




 その胸に短剣を突き刺された状態で。




「兄さん!」

「入るなシオン!」


 飛び出そうとするシオンを押し止める。


「兄さん! 兄さん!! 兄さん!!!」

「ダメだシオン。入るんじゃねえ!」


 シオンの叫び声にブルニアは全く反応を示さない。

 戦場で何度も見てきたから一目でわかった。

 ブルニアは……もう事切れている。


 だからこそ半狂乱のシオンを室内に入れるわけにはいかなかった。

 残酷かもしれないが現場を荒らすわけにはいかない。

 ここからは警察権を持つ治安維持部隊の俺の管轄だ。


「兄さああああん!」

「シオン!」


 突然シオンの全身から力が抜けた。

 気を失っている。

 あまりの衝撃に精神が耐えられなくなったのか。


「……くそったれ!」


 俺は倒れる兄弟を前にして壁に拳を叩きつけた。

 どこのどいつだ。

 城内で、しかも騎士団長の部屋で暗殺だと?

 ウルガリスの警備体制も問われる大不祥事だ。

 こんな事を公表できるわけがない。


 それに、問題は今後のことだ。

 ブルニアが仲を取り持った五家の関係も確実に亀裂が入る。

 特にブルニアを失ったアスター家と元々主要五家の協調路線に否定的なサンスベリアの爺さん率いるグラキリス家はこの件でどう動くか想像ができない。

 ウルガリス家は俺が抑えるにしても、シオンと次期当主の仲がいいフロスファミリア家、ゴッドセフィア家は共闘を断る可能性も十分に有り得る。

 特にフロスファミリアに対するグラキリスの嫌悪は目に余るレベルだ。

 最悪アスター、フロスファミリア、ゴッドセフィアとグラキリス、ウルガリスの陣営に国が真っ二つに分かれるぞ。

 それだけは何としてでも止めなくちゃいけない。


 まずは次の騎士団長の選定だ。

 ブルニアに比肩するほどの実力者が騎士団には少ない。

 いや、実力で言えば何人かいるが、主要五家の対立を引きずっている奴らが大半だ。

 ウルガリス家は治安維持部隊の任を担っているために団長職は許されない。

 騎士団は世代交代が始まったばかりで若い奴らが多い。

 揉めに揉めることは間違いなかった。


「冗談じゃねえぞ……」


 ブルニアは眠るように死んでいる。

 部屋も荒らされた形跡がない。

 王国最強と謳われた奴が無抵抗で心臓を一突きだ。

 抵抗の間もなく殺されたか、眠らされていたかのどちらかだ。

 

 瞬時に仕留めるとなればフロスファミリア家の者なら可能だ。

 あいつらは『加速』の術式をはじめとして、暗殺に向いている術式を数多く有しているし、相手の虚を突く事に長けている。

 眠らされたとすれば毒の知識があるゴッドセフィア家や医術のウィステリア家の関与も疑われる。

 そもそも動機で言えばグラキリス家が一番強い。

 何せ今年事故死した当主は騎士団長選定の時のブルニアの対立候補だ。

 ウルガリス家も俺の目の届かない傍流の家系までは方針を把握しきれていない。

 中には本家のグラキリスに臣従している奴だっている。


 ダメだ。全てが疑わしい。

 主要五家以外も考えたらキリが無い。


「……まさか魔術か」


 そうだとしたらお手上げに近い。

 捜査のためとはいえ、各家の秘術を易々と公表するわけがない。

 確実な証拠を押さえるまで長い戦いになりそうだった。




「……あとは知っての通りだ。ブルニアは病死とされ、騎士団長になったシオンがブルニアの穴を埋めて五家の対立を抑えて魔王討伐戦へ……だ」

「待て、カルーナ。それだと辻褄が合わない」


 カルーナの話によればシオンは第一発見者の一人だ。

 だが、彼は兄の死を病死と疑っていない。

 志半ばで病に倒れた兄を継いで奮闘しているという普段の言動と一致しない。


「まさか……記憶が無いんじゃ」

「さすがはウィステリアの嫡男。察しが良いな」


 フジの指摘にカルーナは頷く。


「……目が覚めた時、ブルニアが死んだと言う情報を初めて聞いたような反応だった。ゾッとしたぜ。あいつは事件のことを一切覚えていなかった」

「ショックが強すぎてお兄さんの死の光景の記憶を封印したのか……」

「ああ。『シオンに言うな』と言ったのはそういう意味だ。病死だって思ってた方が傷が浅くて済む……」


 シオンがこの事実を知ればどうなってしまうかわからない。

 何かのきっかけで記憶が戻ることは可能な限り避けなくてはならない。


「さて、シオンも無事だとわかったし、言うことも言ったから帰るぜ」


 カルーナは立ち上がる。

 彼の話は本来なら言う必要の無い事だ。

 だが、カルーナなりにシオンを心配してのことだとオウカは理解していた。


「……私はお前という人間を誤解していたようだな」

「よせよせ。お前さんはいつもみたいに俺に突っかかってくれる方が面白い」

「趣味が悪いな」

「性格が悪いだけだ。お前らもダチは大切にしろよ」


 言われるまでもないことだ。

 そうオウカは言おうとして止めた。

 カルーナは今でも友の仇を討つために戦い続けているのだ。


「大切にしろ」


 その言葉は誰一人欠けてはいけないと、言っているようにも聞こえたのだった。

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