第21話 ブルニア=アスター

 シオンが危機を脱したのは明け方のことだった。

 疲労困憊のフジが処置室から出てきてオウカとカルーナに告げた。


「もう心配いらない。だけど後遺症の検査や傷の経過を見るためにしばらく入院してもらう」

「いい機会だ。この所働きづめだったからな」

「さすがにシオンも医者の言うことに逆らったりはしないみたいだよ」


 窮地を脱したことでオウカは安堵の表情を見せる。

 その姿をカルーナは見つめていた。


「……何だ?」

「いや、そんな表情もできるんだなと思ってな」

「どういう意味だ」

「褒めてるんだぜ、自信家で見下し屋の鉄仮面女だった奴が随分柔らかくなったものだ」

「……褒めているようには聞こえんが」


 相変わらず意図の掴めない男だとオウカは思った。


「春までのお前は自分の強さ以外を信じないような奴だったが……噂に聞いた妹との関係修復とやらの影響か」

「人の家の問題がどれだけ知れ渡っているんだ……」


 トウカとオウカの英雄譚の中には姉妹の確執についても触れられていた。

 その確執を乗り越えて魔王を討伐したことも、人々を引き付ける要素となっていたのだ。


「少々歴史家にはプライバシーと言うものに配慮してもらいたいものだ」

「ま、有名税って奴だ。諦めな、救国の英雄姉妹さんよ」


 納得がいかないと言ったように憮然としてオウカは椅子に座った。

 話がひと段落したところでカルーナが話を切り替える。


「さて……まずはシオンをやった犯人を捕まえねえとな」

「カルーナ。その口ぶりは犯人がドラセナではないと言っているように聞こえるが?」


 オウカに指摘され、カルーナの表情が険しくなる。


「俺は一度もドラセナ=ゴッドセフィアが犯人だと言った覚えはないが?」

「さっきのやり取りだと、どう見てもドラセナが犯人扱いだったぞ」

「俺はあくまで容疑がかかっていると言っただけだ。無関係だと分かれば放免だ。連行しなかったのはそういう意味もある」

「そうか……てっきりこの機に乗じてゴッドセフィア家を潰そうという腹かと思った」

「おいおい勘弁してくれ。俺は家同士のごたごたに巻き込まれるのはごめんだ。そう言うのは苦手なんだよ」


 カルーナが大げさに手を振って否定する。

 誤解は招きやすい口の悪さだが、裏表のない人物だということはオウカも知っていた。


「ウルガリスはグラキリスの分家じゃなかったのか?」

「分家でも爺さんの意向にいちいち従う義理はねえよ。治安維持部隊が家の損得で動いたら世の中が滅茶苦茶になる」

「まったく、紛らわしいことを……」

「話を最後まで聞かないで剣を抜こうとした奴に言われたくはねえな」

「まあまあ二人とも」


 険悪な雰囲気になりつつある二人をフジがなだめる。


「……ま、シオンを助けてくれたことには感謝する。何かあったらあいつの兄貴に顔向けできねえからな」

「ブルニア騎士団長にか?」


 それは、意外な人物の名だった。


「ああ、あいつとシオンとは古い付き合いでな。だからこそ、ブルニアがあんなことになったもんだからシオンを放っておけなくてな」


 その言葉に、オウカは違和感を覚えた。


「カルーナ。『あんなこと』とはどういう意味だ」

「……口を滑らせちまったな。まあいい。シオンの友人のお前らは知った方がいいだろう」

「どういう事だ。ブルニア騎士団長は病死じゃなかったとでも?」

「……先に行っておく。これは、絶対にシオンに言うな」


 カルーナが声を落として二人に告げた。


「ブルニアは病死じゃない。何者かに殺されたんだ」




 一年前の建国祭二日目。

 多くの騎士が休暇を取り、城の中もいつもの賑わいはなかった。


「よう、オウカ」

「……カルーナか」


 廊下でオウカと偶然遭遇する。

 彼女は城に残った側の一人だ。


「お前さんは建国祭へ行かねえのかい?」

「興が乗らん」

「勿体無いねえ……おたくがその気なら放っておく男はいないだろうに」

「魔王との戦いも近い。色恋に現を抜かしている余裕はない。鍛錬でもしていたほうがマシだ」

「鍛錬ねえ……そんなに強くなって誰か倒したい奴でもいるのか?」

「……貴様には関係のない話だ」


 オウカから不快を通り越して憎悪に近い類の殺気が放たれる。

 この話はこれ以上続けてはいけない気がした。


「失礼する」


 カルーナの脇を通り抜け、オウカは去っていく。

 やれやれと手を広げてその後姿を見送った。


「よう、ブルニア」

「ああ、カルーナか」


 ブルニアを訪ねる。

 いつ見ても相変わらず机に向かって仕事の最中だ。


「まだ仕事か。おめえも真面目だなぁ……」


 魔王の戦いが迫っている雰囲気は騎士団の間に漂っていた。

 特に最近、魔王軍の根拠地にまつわる重要な情報が入ってきたため、ブルニアはその検証に毎日忙しそうだ。


「ちったあ息抜きしておけ。気持ちはわかるが魔王と戦う前に死んじまうぞ」

「逆に、君はもう少し任務に真面目に取り組んだほうが良いと返答させてもらおうか」


 このやり取りは昔から変わらない。

 優等生のブルニアと武闘派の俺。

 性格も家も違う俺たちだが何故か気が合った。


「例の件だが、どうやら間違いなさそうだ。魔王の根拠地の詳細が分かり次第、決戦の準備を始める」

「よっしゃ、腕が鳴るぜ」


 魔王討伐戦ともなれば多くの魔物や魔族との戦いが想定される。

 この国の命運をかけた戦いに胸が躍ると言うものだ。


「戦いは激しいものになる。だから精鋭で挑もうと思っている」

「人数は足りるのか?」

「基本的に主要五家とその分家や傍流が中心になるだろう。だが、優秀な人材は一人でもほしい。騎士団を引退した者や、家を出奔した人物なども呼ぶつもりだ」

「なるほどな」


 これまでのように対立していれば魔王を倒すことは難しい。

 主要五家の対立を収めようとしていたのはそのためでもあるのか。


「で、魔王との決戦になった時は誰を向かわせる気だ?」


 現在、騎士団ではその噂で持ち切りだ。

 魔王を倒せば家の名は国中に轟く。

 逆に、討伐に失敗すれば家の恥となる。

 下手な人選はできない。


「そこが悩ましい所だ。家同士のこともあるし誰を選んでも角が立つ」

「騎士団の中ではお前かフロスファミリアの嬢ちゃんが最有力候補だ」

「彼女は少々危なっかしい所がある。気を張り詰めすぎというか……」

「だが腕が立つのは確かだ。時々お前とあいつのどっちが上か部下たちが騒いでるくらいだ」

「妙な所で騎士団の士気を乱すようなことは望ましくない。彼女とは一度勝負をしたほうがいいかもしれないな」


 穏健派のブルニアらしからぬ過激な発言に俺は笑う。


「王国最強の誉れ高い騎士団長と第二騎士団部隊長の対決か……金が取れる組み合わせだぞ」

「また闘技場みたいに……そうか。それはいい考えだ」


 ブルニアの奴は一人で何かを思いつき、頷いている。

 どうも俺の言葉に何か着想を得たらしい。


「武術大会だよ。王国主催ともなれば騎士たちは誇りをかけて戦う。その上で頂点に立った者に魔王討伐の決死隊を任せる事にすればいい。それなら誰もが納得する」

「なるほどな。武術大会ともなれば国王と国民の前で戦うことになる。騎士たちにすれば名を売る絶好の機会って訳か」

「私たちの知らない有望な人材が発掘できるかもしれない。国民の娯楽にもなる。互いにメリットが大きい話だと思わないか?」

「いいな。楽しくなってきたじゃねえか!」


 魔王討伐の前哨戦だ。

 俺も存分に楽しませてもらうとしようじゃねえか。


「そうそう、カルーナ。君は遠慮してもらいたい」

「は、何でだよ?」

「君は高揚してくると手加減できなくなる。参加すると確実に殺し合いに発展するからね」

「ちっ……だが、討伐戦では大暴れできる場所に配置してくれよな」

「ああ。君の働きには期待しているからね」


 話が盛り上がってきた所でブルニアに新たな書類が送られてくる。

 また仕事に戻るため話を打ち切って俺は団長室を後にした。


 この三か月後、初春に武術大会は開催される。

 だがそこに発案者のブルニアの姿はなかった。

 俺もこの時は全く考えもしなかった。

 この時の会話がブルニアとの最後のひと時になると言うことを。

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